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里山の暮らしと農業を歌う シンガーソングライターChojiさん

里山の暮らしと農業を歌う シンガーソングライターChojiさん

2017年11月29日

全国各地のお寺や彼岸会、棚田のイベントなど、地域のコミュニティがある場所で歌うシンガーソングライターがいます。歌のテーマは「自然の中で生きる人たちの暮らし」です。田んぼの四季やバギーを押して町中を歩くおばあちゃんの話、みかん狩りをする恋人たちなど。日々畑で作物と向き合う生産者にも熱心なファンが多いというChoji(チョージ)さんの活動を紹介します。

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お客さんの顔が見える、双方向のライブで日本をまわる

Chojiさん
2017年9月、奈良県宇陀市にある報恩寺で開かれた「宇陀歌彼岸会2017」で歌声が響きました。歌い手はシンガーソングライターのChojiさん。

全国各地を旅し、各地の人と触れあいながらその土地に生きる人たちと自然のつながり、農や暮らしに関わる題材を歌にしていて多くのファンがいます。報恩寺での彼岸会ライブには、奈良県はもちろん和歌山県、大阪府、神奈川県など各地から30人近い熱心なファンが訪れました。

Chojiさんが取り上げるテーマは農作業や祭り、地域のつながり、自然、そこに暮らす人の営みなど。日本の原風景が多く出てきて、歌を聞いているとまぶたの裏に農作業などの風景が浮かんでくるようです。

代表作の「田んぼオブザワールド」は田んぼの四季を歌ったもので、支持するファンが特に多いです。田んぼで感じる楽しさや大変さ、心地よさを見事に表現しているため、田んぼで仕事をする人が聞くと、「うちの田んぼの歌だ」と感じるそうです。

「僕は自分で体験しないと歌が書けないんです。『田んぼオブザワールド』は仲間から誘われて、田んぼでの作業を手伝った経験の中で生まれました。横浜に住んでいるときに、和歌山県伊都郡高野町の富貴・筒香という集落まで通いました。農作業を体験し、その地に生きて作業をしている人たちと交流し、酒を飲み交わす中から生まれてくるのが僕の歌なんです」。

田んぼ
大学在学中からミュージシャンとして活動していたChojiさんは、プロになったばかりの頃は都市生活のワンシーンを歌にすることが多かったそうです。インディーズ系ミュージシャンとして、1,000人規模のライブハウスで初のソロライブを行うなど、メジャーな活動も行っていました。しかし、大規模会場でのライブが終わった後に、ふと達成感がないことに気がついたのです。

「大都市のライブハウスをまわるだけでは、なかなか各地の風土を感じられず、そこに生きる人の姿も見えない。旅をしてもあまり景色が変わらないように感じたんです。そこでもっと小さい町で、お客さんの顔が見えて双方向のコミュニケーションがとれるライブができる場所をまわるようになったのです」。

農作業を体験して歌を収穫

Chojiさん
各地の人々との交流が深まると「歌を作ってほしい」という依頼がくるようになりました。

あるとき、和歌山県橋本市西畑の農事法人から、「『はたごんぼ』の歌を作ってほしい」と依頼されました。「はたごんぼ」とは長さ1メートル、直径が8センチにもなる巨大なごぼうで、もともと西畑の名産品でした。しかし粘土質の斜面で育てるため、掘り出すのはかなりの重労働。栽培に手間がかかるため、西畑の主要作物は果樹に代わり、いつしか「はたごんぼ」は作られなくなっていたのです。

耕作放棄地の増加や地域の高齢化などの問題を抱えるようになった西畑では、「地域を元気にしたい」と、「はたごんぼ」を復活のシンボルにして、2008年から再びはたごんぼの栽培に取り組み始めたのです。Chojiさんへの依頼はこの復活ストーリーを歌にして欲しいという要望でした。

依頼の手紙には、復活のいきさつや地域の思い、歴史が詳細にしたためられていましたが、Chojiさんはすぐに歌作りは行いませんでした。

「やはり僕は体験しないと書けないので『はたごんぼ』の種を蒔くところから始めました。8ヵ月かけて育て、収穫し『雑事のぼり(※)』のために『はたごんぼ』を背負って、みんなと一緒に8時間かけて高野山を登りました。その道中でメロディと歌詞が浮かんだんです」。

※雑事(ぞうじ)のぼり:野菜が採れない高野山のために、高野山のふもとの里から人々が農作物を背負って登り、金剛峯寺に奉納していた行事。西畑では「はたごんぼ」とあわせて、この行事も復活させました。

雑事のぼり
「くにぎの山に 雲が広がる
男たちは、かついで登る
この豊かな土に、手足を触れて
太陽と共に、暮らし生きていた…」

一歩一歩進めていくうちに、そんな歌詞とメロディが浮かびました。そこからじっくりと曲を練り上げ、できあがったのは1年後。依頼されてから2年の月日が経っていました。完成した歌を聴いた西畑の人々は「はたごんぼ作りの風景が浮かんでくるようだ」と大喜び。

歌の根源は里山にある

Chojiさん
Chojiさんにとって忘れられない1つの歌があります。

田んぼ作業のため和歌山県の筒香に通っていたとき、伊都・橋本地方に古くから伝わっていた「やっちょんまかせ」という民謡の存在を知りました。音頭取りが順番に歌い、周囲で人々が踊ります。筒香では4人の音頭取りのうち3人は他界し、残る一人も喉を痛めていたことから、音頭取りによる「やっちょんまかせ」は長らく歌われませんでした。

そんなとき、数十年前に録音された「やっちょんまかせ」を聴いたChojiさんは「この曲を歌ってみたい」と思いたちます。唯一の継承者である音頭取りのもとへ通い、歌を教わりました。そして、夏祭りで「筒香のやっちょんまかせ」を復活させたのです。

しかし翌年、この歌の底力を知ることになります。Chojiさんに歌を指導してくれた音頭取りの方が「歌ってもええよ」と、何十年かぶりにマイクに向かったときのことです。喉を痛めているため、絞り出すような声で、一つ一つの文句を歌ったのですが、テクニックや表現を超えた素晴らしい力を持っていました。

「鳥肌が立ちました。今まで僕が歌ってきた歌は何だったのか?!と思いましたね。よくある『メッセージを伝えたい』『人を元気にしたい』とかそんな思いは一切なく、歴史を歌うだけなんですよ。そこに描かれているのは当時の暮らしです。それは歌の根源ですよ。歌はこうやって生まれたんだと思い震えました。一番憧れる歌、目指したいのはそういう歌です」。

農業は大変な労働であったため、かつてはどの土地でも農作業に歌がありました。全員のリズムを合わせ作業を効率化させるだけでなく、気持ちを一つにする仕事歌です。また、土地の風習や自然を歌う民謡、祭りの音頭にもその土地の歴史が刻まれています。そんな歌を目指したいとchojiさんは語ります。

これまで横浜と三重県松阪市を活動拠点としていたChojiさんは、2017年6月から住まいを三重県津市美杉町に移しました。目の前に田んぼがある、築150年の古民家で暮らしています。これからも、心待ちにしている人のもとへ歌を届けるため、Chojiさんは全国各地をめぐります。

Choji オフィシャルウェブサイト

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