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生産者の試み

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伝統野菜に宿る遺伝資源 育て食べて命をつなぐ

伝統野菜に宿る遺伝資源 育て食べて命をつなぐ

最終更新日:2018年09月25日

品川カブ、滝野川ゴボウ、早稲田ミョウガ、谷中ショウガ、八王子ショウガ、千住一本ネギ、馬込三寸ニンジン、青茎三河島菜、奥多摩ワサビ、練馬ダイコン。これらは皆、東京地域で生まれ育った伝統野菜「江戸東京野菜」です。
安定生産・安定供給の時代の波の中で、一度大きく衰退した各地の伝統野菜の存在が見直されています。そこにあるのは単なる嗜好の変化や過去への郷愁だけでなく、これからの生き方を模索する人々が求める価値観があるからです。

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命を繋げる伝統野菜への回帰

農業

激変した農業ビジネス

こうした商品価値を持った新しい野菜の登場は、日本の農業を大きく変えました。
一代雑種は二つの固定種を掛け合わせて作られ、双方の親の良いところを受け継いだ種です。その名の通り一代限りで、この一代雑種同士を掛け合わせてもタネはできません。
生産者は、固定種のタネを採取し管理する種苗商、いわゆる「タネ屋さん」から毎年タネを購入して栽培します。種苗商の中には大規模な企業に発展したところもあります。この半世紀ほどの間に日本の農業にはこうしたビジネスシステムが構築されてきたのです。

伝統野菜を栽培する農家は激減

昭和30年代(1960年代前半)まで日本の野菜は固定種ばかりでした。江戸東京野菜といった呼称もまだなく、皆、その地域でとれる旬の野菜を当たり前のように食べていました。
しかし、生産性の高い一代雑種(交配種)が普及し始めると、生産者はどんどんそちらへ移行していきました。でなければ農業を続けるのが困難な状況になっていたからです。
こうした流れの中で昭和が終わる1980年代後半には、東京をはじめ、全国各地で伝統野菜を栽培する農家は激減していました。

野菜を育てる=命を繋げる

固定種、すなわち伝統野菜には貴重な遺伝資源が宿っています。
その昔、野菜を育てるという行為は、タネを蒔き、大きくなったものを収穫して食べ、そこからタネを採種して、また蒔き、また大きくするという循環を意味していました。あまりに自然過ぎて、ほとんどの人たちは気づくことはありませんでしたが、それは命を脈々と未来へ繋げる営みだったのです。

「江戸東京野菜」という名前の誕生

時を経て、経済の成長が止まり、人口が減り始めた少子高齢化社会。その中にあって人々の価値観は大きく変わりつつあります。
人口が膨らみ、大量生産・大量消費型ビジネスが奨励された時代に、物質的な豊かさを追求する過程で失われた「命を繋げる」という営み。昔ながらの伝統野菜にはそうした営みを感じられる価値があった。近年、食に関して高い感度を持つ人々の間で、そのことを再発見し、伝統野菜をよみがえらせよう、という機運が東京中で次第に高まってきました。そこで都内の各地域で食文化を育んだ固定種の総称として「江戸東京野菜」という名前が誕生し、使われ始めたのです。

江戸東京野菜は、地産地消の東京名物

伝統野菜の衰退は、商品として均一性に欠けるため、流通に乗らなくなったのが理由です。大量生産・安定供給には不向きですが、地産池消には十分対応できる野菜、江戸東京野菜なら東京名物として賞味できる美味しい野菜なのです。
過去半世紀余りの間に培われた価値観が崩れ、これからの時代の生き方を模索する人々にとって、江戸東京野菜をはじめとする各地の伝統野菜は、身体だけでなく、心に豊かな栄養を与えてくれるのではないでしょうか。

参考資料:江戸東京野菜・物語篇(大竹道茂・著/農文研)

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