日本最古の農業書 「農業全書」とは

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日本最古の農業書 「農業全書」とは(2/3)

日本最古の農業書 「農業全書」とは
最終更新日:2020年02月05日

江戸時代の1697年(元禄10年)に『農業全書』という農業についての全書がつくられました。「全書」とは、読めばその分野に関することが何でも書いてある書物を指しますが、『農業全書』もまさにその通りで、現在にも通用する農業に携わる人たちの指南書となりました。
今回は、出版物としては日本最古の農業書といわれる『農業全書』についてひも解きます。

農業全書を作った人とは

宮崎安貞が仕えた福岡藩の福岡城

序文と付録には貝原兄弟が関わっていますが、『農業全書』の著者は宮崎安貞です。安貞は、安芸国(現:広島市)の出身でしたが、25歳頃から福岡藩に仕えることになりました。28歳のとき、藩から京都に遊学するよう命を受け、そこで農業に詳しい儒学者の貝原益軒と出会います。益軒から農業について学んだことがきっかけで、その後は自ら希望して農業に従事することを決めました。

やがて安貞は、大蔵永常(おおくら・ながつね)、佐藤信淵(さとう・のぶひろ)とともに江戸時代の三大農学者と呼ばれるまでになりました。安貞は農耕のかたわら農業技術の改良に努め、全国各地を回って経験豊富な老農からノウハウの聞き取り調査を行いました(※1)。

安貞は研究熱心な人でしたが、学問だけに没頭せず、農民たちと共に開墾したり作業したりしました。その合間に中国の農業書を読みあさり、時間を見つけては日本全国を回り、話を聞いてまとめることを繰り返しました。これらの背景には、師である益軒が社会のためになる学問を目指していたことが影響しているのではないかと考えられます(※2)。

そして、40年にわたるこの作業をまとめあげたのが『農業全書』だったのです。『農業全書』を刊行した年の7月、宮崎安貞は75歳で亡くなりました(※3)。長年の農業への思いを遂げて往生したと言えるのではないでしょうか。

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