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いま、世界で「小さな農業」が見直されているわけ

小島 和子

ライター:

いま、世界で「小さな農業」が見直されているわけ

いま世界では、家族だけで営むような小規模な農業に注目が集まっています。この動きを後押しするように、2017年末の国連総会で2019〜2028年を「家族農業の10年」とすることが採択され、いよいよ今年からスタートしました。さらに2018年末の国連総会では、「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言(小農の権利宣言)」が採択されています。こうした大きな枠組みを概観しながら、小規模な農業の価値や私たちの暮らしとの関係を考えてみましょう。

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国連が勧める「小さな農業」とは?

「家族農業の10年」は、家族農業を中心とした農業政策の促進を目指した国連の啓発活動です。「小農の権利宣言」とは読んで字のごとく、小農や農村で働く人びとの権利を守ろうという宣言で、農業に必要な自然資源を利用する権利や、農業政策などの策定プロセスに参加する権利などをうたった全28条からなります。いずれも法的拘束力はありませんが、日本を含む国連加盟各国は、それぞれの趣旨に応じた対策を取ることが求められています。

「家族農業」や「小農」という言葉は、農業政策を専門とする人でなければ、少しややこしく感じるかもしれません。国連の定義によれば、両者とも「家族労働力を主として」いる農林水産業という点ではほぼ同義です。さらに、「小農の権利宣言」にある定義には、自給のために「一人もしくはその他の人々と共同で」行う「農的生産」も含まれるとあります。近ごろ、田舎に移住して農業を始める人が少しずつ増えていますが、正式に「就農」しないまでも、半農半X的な暮らし方も含め、「小農」のあり方の一つといえるでしょう。そう考えると、国連のこの動きは、思いのほか多くの人に関係の深いものだといえます。

なぜ、いま注目されているのか

こうした動きがいま広がり始めているのはなぜでしょうか? 農業の近代化の流れを振り返ってみましょう。1980年代以降、グローバリゼーションの波は農業にも大きな影響を及ぼしました。特に1990年代以降は規制緩和が進み、土地や種子、水など、農業に欠かせない自然資源を多国籍企業や国が囲い込み、強制的な立ち退きなど、農民に対する人権侵害まで起こっています。さらに、2007〜2008年には世界的な食料危機が起こりました。こうした流れを受けて、農業や農村開発のあり方が見直されるようになりました。現在、世界の食料の8割以上(価格ベース)が小規模・家族農業によって生産されています(国連食糧農業機関調べ)。世界の食料安全保障という意味でも、貧困をなくす意味でも、家族で営むような規模の農業こそが大切だという考え方が広がっているのです。

世界の食料供給の8割を担う家族農業だが、その暮らしは決してラクではない

ただし、世界的な潮流にもかかわらず、日本の農業政策はこの流れに沿っているとはいえません。「家族農業の10年」については、国連総会で日本も104カ国の共同提案国に名を連ねていますが、「小農の権利宣言」の採決については投票を「棄権」しています。そこで、国内での議論を深めていこうと、さまざまな関係者が動き始めています。

そのひとつに、「国連小農宣言・家族農業10年連絡会」があります。日本の農家・市民・地域・運動・NGO・研究者などの交流・連携を深める「場」として、2019年1月に生まれたネットワークです。この連絡会による集会「世界を変える小農と共に考える~これからの日本と食と農のあり方を問う」が、2019年5月24日、衆議員第二議員会館で開かれました。

アジアの農村で起こっていること

集会には「小農の権利宣言」に大きな役割を果たした、世界最大の国際農民運動組織「ビア・カンペシーナ」のメンバーも参加。国際調整委員のキム・ジョンヨルさんは、韓国女性農民会のメンバーでもあります。「家父長制の強い韓国で農業に従事する女性は、農作業に家族の世話が重なり負担が重い。また、農業の多国籍化が進み、農産物の価格は下がる一方」だと語ります。「一国だけで解決できる問題ではない」として、世界中での取り組みの必要性を訴えました。

インドネシア農民組合事務局長のアグス・ルリ・アルディアンスヤさんは、1980〜90年代に起こった企業による農地収奪に触れ、「ダム建設のため農地を奪われたことに抗議した農民が逮捕されたこともあった。農民の権利を農業政策に組み込まなければ」と、権利宣言に関わるようになった経緯を語りました。

また、法律面でのアドバイザーとして権利宣言のプロセスを最初から見てきたインドネシア農民組合小農宣言チームメンバーのヘンリー・トーマス・シマルマタさんは、「食糧生産の基盤である農地が危機にさらされているのは『南の国』ばかりではない。日本を含めた世界全体の問題だ」と訴えました。

集会でアジアの農家が直面する課題を訴えるキム・ジョンヨルさん(左)、ヘンリー・トーマス・シマルマタさん(中央)、アグス・ルリ・アルディアンスヤさん(右)

移住者も農業の担い手に

日本国内から参加していたのは、京都で農場「耕し歌ふぁーむ」を営む松平尚也(まつだいら・なおや)さん。2005年に移住し、伝統野菜の生産・宅配事業を行っています。「気候変動や獣害の影響が大きく、農業の基盤を維持するだけでも精一杯」と現場が直面する課題をあげ、「農業の大規模化・企業化を推進する農業政策と現場の間にズレがある」と指摘しました。「移住して新規就農を希望しても、条件の悪い土地しか借りられない。移住者・新規就農者を農業の担い手として、農政の中にしっかり位置づけるべき」と訴えます。

松平さん(左)は農業の傍ら、京都大学農学研究科で小規模農業について農家の視点から研究している(画像提供:松平尚也)

集会には外務省や農林水産省の担当者も参加していましたが、限られた時間の中で、十分な議論を尽くせたわけではありません。進行を担った近畿大学名誉教授の池上甲一(いけがみ・こういち)さんは、「農家が担っているのは単なる食料生産ではない。農村地域の自然や生態系を守る役割も見逃せない。政府関係者と農家で合同勉強会を開くなどして、農業のあり方について議論を深めていきたい」と今後の抱負を語りました。

国連小農宣言・家族農業10年連絡会

参考
「よくわかる 国連『家族農業の10年』と『小農の権利宣言』」(小規模・家族農業ネットワーク・ジャパン[SFFNJ]編、農山漁村文化協会)

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