「他の農家は全員敵」一匹狼が地域に根差して営農を楽しむまで

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「他の農家は全員敵」一匹狼が地域に根差して営農を楽しむまで

連載企画:農業経営のヒント

「他の農家は全員敵」一匹狼が地域に根差して営農を楽しむまで
最終更新日:2019年12月04日

世の中に疑問を抱き、心を開いて人と交流することを拒みたくなることが、ときとしてある。千葉県船橋市で有機農業を営む山田勇一郎(やまだ・ゆういちろう)さんも約10年前、そうした「とんがった気持ち」を抱いて就農した。かたくなだった心をほぐしてくれたのは、おいしい野菜を育てることの喜びと、農場で一緒に働くスタッフたちの存在だった。

震災後の風評被害に負けない“軽トラ宅配”

山田さんが経営する山田農場は、商店や飲食店でにぎわう船橋市の中心部から離れた静かな郊外にある。農薬や化学肥料を使わない有機農法で、約80種類の野菜を育てている。有機農業に典型的な少量多品種栽培だ。

2008年に28歳で就農した。売り先は個人の顧客が中心。半径10キロ以内を商圏と定め、野菜セットを販売している。就農した当初は若さに任せて「1日に何百軒」などと目標を決め、睡眠時間を削って各家庭のポストにチラシを入れて回った。その結果、最初に10軒ほどが契約してくれた。
売り方の特徴は、軽トラで自分で野菜を届ける点にある。個人向けに野菜セットを売る農家は宅配便を使うことが少なくない。だがスタートしたころ、山田さんの野菜セットは安いもので1200円(現在は1400円)と、他の農家と比べて単価が低く、数百円の宅配料を上乗せするのは難しいと考えた。

結球せずに葉が広がって育つ黒キャベツ

商圏を狭く絞って自分で届けるこの販売方法が、2011年の東日本大震災のときに思わぬ効果を発揮した。震災による原発事故の影響で多くの有機農家が売り先を失ったが、山田さんは一軒も減らなかったのだ。

ふつうの有機農家の顧客は「農薬を使わないので安全」という理由で野菜を買っている。だから原発事故の影響を心配した。これに対し、山田さんの顧客は「顔見知りの地元の農家が届けてくれる」ことが一番の購入動機のため、原発事故をきっかけに注文をやめようとは思わなかった。

ビジネスの範囲を地元に限定するこのやり方は、野菜の袋詰めなどを担当するパートの採用でも共通だ。パートは、自宅が畑から10キロ以内にあることを条件に採用している。「パートさんが野菜セットを宣伝してくれる」と考えたからで、実際に期待した通りに売り先を増やしてくれた。現在、毎週100個の野菜セットを販売しているが、その3分の1はパートの紹介という。

カラフルな茎が特徴のスイスチャード

とても合理的で戦略的なビジネスの構築と言えるだろう。取材での受け答えも終始にこやかで、いかにもソフトな人柄を感じさせた。だが、就農したころの山田さんの雰囲気は、今とはまったく違っていたという。
「自分以外の農家は全員敵だと思っていました」

社会の矛盾に抗い続けた就農当時

ここで山田さんが就農するまでの歩みに触れておこう。就農した理由のおおもとを探ると、千葉県の高等専門学校に通っていたときの体験にたどりつく。当時、ある教師が関わっていた高速道路建設の大型プロジェクトが、世間から「無駄な工事」と批判されていた。
教師は自慢っぽく計画のことを語っていたが、世間の批判に感化された山田さんは卒業前に学校を辞めた。「世の中に本当に必要とされるものを作りたい」と思ったからだ。退学して向かった先は海外。理想の生き方を見つけるため、リュックを背負って世界各国を訪ね歩いた。
ブラジルでは、100人ほどの日系移民が暮らすあるコミュニティーを訪ねてみた。食べ物は基本的に自給自足で、無農薬栽培。だが出荷するマンゴーには、農薬をふんだんに使っていた。山田さんは農薬がよくないとは思わなかった。だが、そんな形で内と外を分けるやり方が納得いかなかった。

土の中からヤーコンを掘り出してくれた

インドでは、国内外で聖者とあがめられていた指導者を訪ねてみた。そこで見たのは、立派な建物の中で高尚な議論をする世界各国の若者たちと、建物の外を歩く貧しい農民たちだった。山田さんはそのとき、「この立派な建物は貧しい人からお金をしぼり取って建てたのではないか」と感じたという。

自分はずるをして生きたくない。一番ずるをしていないのは農民。ブラジルで見たコミュニティーが中途半端にしか自給できず、販売用の作物に農薬を使うという矛盾が生じたのは、コミュニティーが小さすぎることが原因だ──。そう思った山田さんは「農家になろう」と考えるようになった。
帰国すると、山田さんは「町単位で自給しよう」と唱える有機農家のもとで農作業について学んだ。このときの研修が、山田さんの「とんがった気持ち」をさらに鋭角的なものにした。研修先の農家は社会運動的な有機農業の考え方の持ち主で、「有機農業は純粋なものであるべきだ。お金のことを言うやつは、農業をやる資格がない」と教えられたのだ。
そこで約1年間研修した後、長年過ごした船橋市に戻って就農した。当時の山田さんは、矛盾に満ちた世の中には染まりたくないとの思いを強めていたのだろう。だから「誰にも頼らず、自分だけで農業をやる」と決めた。「自分以外の農家は全員敵」という極端な思いを抱いたのもその延長だろう。同じように有機農業をやっている農家と顔を合わせても、口もきかなかったという。

だが、ほどなくして現実の厳しさを知る。農業で生活できるメドがまったく立たなかったのだ。5年たっても売り上げは年に300万円程度。自分で届けるやり方が奏功し、売り先は順調に増えていた。だが、栽培がうまくいかず、売るための野菜が足りなかった。

今は多くの有機農家が地温の調節などを目的に、ポリエチレン製のマルチで畝を覆っている。だが研修先の農家は栽培で化学製品を使うことを否定していた。山田さんはやむなく代わりに草で畝を覆っていたが、あるとき「このままじゃダメだ」と我に返った。

豊かに育った白菜畑

一匹狼から経営者への変化

「もっと効率的に農業をやろう」。そう決意した山田さんはマルチを使い始め、トラクターを購入した。自分で育てた作物からタネを採るという昔ながらのやり方も手間がかかるのでやめ、資材店からタネを買うようになった。
栽培が軌道に乗ると、売り上げも増えた。ぎすぎすした感情が次第に和らぎ、営農の喜びを実感していった。ビジネスとしての農業に正面から向き合ううち、就農前に抱いていた「自給」という考え方もいつのまにか薄らいでいた。

そのころ、別の面でも営農が変化し始めた。「絶対に一人で農業をやる」と決めていた山田さんのもとに、顧客の知り合いの女性が「ボランティアでいいから、農作業をやってみたい」と言って訪ねてきたのだ。
その女性は当時の山田さんの様子を「本当に嫌な人だった。1年目はまったく笑わなかった」とふり返るが、それも今は笑い話。一方、山田さんは「誰かと一緒に農作業することで、心の鍵を解いてもらえた」と話す。

山田さんの無愛想な態度は、先行きの見通しが立たないことへの焦りも反映していた。売り上げが増えると心に余裕ができ、事業の拡大に伴ってスタッフが増え、さらに心が柔らかくなるという好循環が起きた。山田さんは「どんどん心が解放されていきました。スタッフのおかげです」と話す。
販路も広がった。2年ほど前に都内で開かれたマルシェに出荷してみたとき、あるバイヤーから野菜をほめられた。顧客以外から評価されるのは初めての経験で、「すごくうれしかった」(山田さん)。野菜のプロと話をすることで、さまざまな刺激も受けた。これを機にマルシェにも積極的に野菜を出すようになった。

なぜ山田さんはほかの農家を敵と思っていたのか。
そのことを聞くと、「今となっては理由がわかりません。変な自意識でしょうか。どうしようもない人間でした」という答えが返ってきた。

変貌ぶりを象徴するのが、他の農家との交流だ。有機農家と連絡をとりあうようになっただけでなく、スタッフが相互の畑に行って農作業するなど、農場ぐるみのつき合いも始まった。「開かれた農場」に変わったのだ。

現在、栽培面積は1.8ヘクタールに広がり、売り上げは1500万円に増えた。スタッフは社員が1人とパートが5人。山田さんは「従業員にきちんと給料を払い、税金を納める。10年前はこんなまともなことができるとは思っていませんでした」という。
「自分が変わっていくことがすごく楽しい。本当に満足です」。笑顔を見せながら、山田さんはインタビューへの答えをそう締めくくった。

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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