新・農業人フェア

独立就農

元中日・三ツ間さんが農家に転向。舞台はマウンドからイチゴ畑へ

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プロ野球・中日ドラゴンズを退団し、昨季限りで現役を引退した元投手の三ツ間卓也(みつま・たくや)さん。第2の人生に選んだのは「イチゴ農家」という道だった。今春から神奈川県に移住し、農業大学校などで生産技術や経営ノウハウの習得に奔走。「来秋には野球場から近い場所にイチゴの観光農園を立ち上げ、イチゴシェイクやイチゴパフェも楽しめるカフェも併設したい」という青写真を描いている。

きっかけは、愛妻からの思わぬ“逆提案”

きっかけは、愛妻からの思わぬ“逆提案”

神奈川県海老名市にある「かながわ農業アカデミー」の実習用イチゴ畑。取材中、鉢に植えられた実験用の苗を指さしながら筆者に特徴を説明する様からは、今まで趣味程度だったとは思えない豊富な知識がうかがえる。

プロ野球の独立リーグ・BCリーグを経て中日入りした三ツ間さんは、2年目の2017年に30試合以上登板するなど、最速152キロの直球と多彩な変化球を武器に、中日ブルペン陣の屋台骨を支えた。2020年以降は故障に泣かされるなど1桁の登板数にとどまり、昨年10月に戦力外通告を受けた。

「外国でプレーすることも考えましたが、子どもが小さい時期でしたし、無理やり野球を続けるよりも国内で違う仕事をしようという考えに至りました」(三ツ間さん)

そこで、愛妻に再就職先の話をしたところ、思わぬ“逆提案”が返ってきた。「農業をやってみたら? あなたが野球以外で夢中になっているのを初めて見た。まだまだ若いんだし、チャレンジできるよ。私は全然ついていくから」

心の奥底にあった情熱が再燃した。農家になることを決心すると、候補地の神奈川県にある同校で、まずは農業の基礎知識を身に付けようと願書を出した。戦力外通告を受けてから、約1カ月後のことだった。

ルーツは現役時代から夢中だった家庭菜園

取材当日の朝に採れたという三ツ間さんのイチゴ
取材当日の朝に採れたという三ツ間さんのイチゴ

農業に興味を抱いたきっかけは、自宅ベランダの一角で始めた家庭菜園だった。三ツ間さんが当時を回顧する。「新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年春、プロ野球の開幕が3カ月遅れ、その間は外出ができずに練習もできずにいました。そんな中でも息子に外の空気を吸わせてあげたいと始めたのが、イチゴやナスなどの家庭菜園です。以来、息子が『パパのイチゴ食べたい』と言い、まだ青い実まで食べてしまうほどで、そんな姿が心に突き刺さったんです」

どうしたらもっとおいしいイチゴがたくさん作れるのかという探求心も芽生えた。「もっとおいしいイチゴをもっと作りたいと思うようになり、シーズン中も動画サイトで栽培方法をまねるなどして勉強を重ねてきました。家族でイチゴ狩りに行っても、栽培方法を園主に聞いてばかりでしたね」。ナイターゲームの後も、ベランダの作物に世話を焼いた。そんな熱心な姿を目の当たりにしていたからこそ、家族の理解を得て農業の道に進むことができたのではないかと三ツ間さんは語る。

学校に通う傍ら、農地探しにも奔走

学校に通う傍ら、農地探しにも奔走

神奈川県を候補地に据えた理由は2つある。一つは球場からのアクセスが良い場所に農場を構え、プロ野球ファンにナイター観戦の前に足を運んでもらえるモデルを模索しているから。もう一つが、あえて縁のない地域に身を置いて退路を断つためだ。「地元の群馬県で就農することも考えましたが、親も知り合いもいる環境で甘えが出てしまうのが怖かった。やるからには本気でやりたいですし、趣味程度で終わらせるのが嫌だったんです」(三ツ間さん)

もともと就農候補地を決めるにあたっては、東京都や愛知県の自治体に出向いて空き農地の情報を収集してきたという。「条件に合った農地を見つけるのは難しいかもしれないが、自治体が管理しきれていない農地がもしかしたらあるかもしれない」という神奈川県の担当者談に望みを託した。

平日は同校に通う傍ら、自治体へ出向いて条件に合う農地探しに奔走した。

土日はイチゴ農家めぐり。情報発信が奏功し、農地探しにも光

今は自宅ベランダにとどまる「三ツ間農園」も、来年には新規認定就農者資格をとり、ハウスや高設ベンチを設けて本格的にイチゴ観光農園を始動するつもりだ。「卒業後できるだけ早く事業を始められるよう、今のうちから経営企画書を書いてます」と三ツ間さん。初期費用として見込んでいる6500万円の借り入れを早くも模索している。

同校卒業後は生産者に弟子入りして経験を積んだり、地域との関係づくりをしたりするのが王道。当然、行政からもそうした就農プランを勧められた。それでも、三ツ間さんは「スピード感を持ってやりたい」と、あくまで来秋からのスタートを見据えている。

代わりに欠かさず行っているのが、土日のイチゴ農家めぐりとSNSでの発信だ。現役中からイチゴの研究を重ねてきた三ツ間さんだが、自ら実践してわからなかった部分を園主に直接聞くなどしてイチゴ栽培の理解を深めるとともに、自身の経営プランを話してアドバイスをもらっている。「研修という名目ではないかもしれませんが、イチゴ農家さんをめぐる中で横のつながりができ、栽培技術を学ぶ場にはよく招待してもらっています。観光農園を始めるにあたって、顧客が理想とする環境づくりについてもいろんな場で吸収できています」

農作業や就農準備の様子は自身のSNSで「#三ツ間農園」のハッシュタグで紹介。地道な発信が実を結び、就農前にもかかわらず、投稿を見た事業者から契約の話も複数寄せられているという。

農地探しにも光明が。「知り合いの農家にアテがあるかもしれないから聞いてみるよという声をかけてもらったり、その場で電話して聞いてもらったりすることもあり、おかげさまでいい土地を貸してもらえる目途が立ちました」。そこは横浜Denaベイスターズの本拠地・横浜スタジアムまで交通機関で30分圏内、横浜駅からも電車で1本という好アクセス。圃場も約35アールと、目標の収量を上げるのに十分な広さが決め手となった。
「球場から近くて、電車1本で来られる農地がドンピシャで見つかるのは難しいだろうとは思っていましたが、行政の人に希望する条件の農地はないよと言われながらも地道に行動を続けてよかったですね」

セカンドキャリアとして当たり前の選択肢にしたい

三ツ間さんは一度、戦力外というどん底を経験したからこそ、自ら興した農業ビジネスを体現することでスポーツ選手のセカンドキャリアの選択肢を増やしたいと考えている。
「例えばプロ野球選手の場合、戦力外を受けた直後から外部扱いされて気持ちが折れてしまう人が多い。家族がいる人だとなおさら、自分が本当にやりたいことを仕事にできる人は少なく、もったいないと感じていました。であれば、僕が頑張って道を切り開くことで、農業がセカンドキャリアの当たり前な選択肢になったらうれしいですし、ゆくゆくは同じ境遇のスポーツ選手の受け入れも行っていきたいですね」

かつてマウンドで放った情熱は、新たに見つけた生きがいに注がれている。

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