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酪農家 金子さおりさん

山梨で生きる就農ライフ -Live in yamanashi-

INTERVIEW 32
酪農家
金子 さおりさん
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どのような酪農をしていますか?

富士山麓で「Mt.Fuji Craft! Farm」を営み、牛の放牧をしています。主に牧草で飼育するグラスフェッド方式で、牛たちは牧草地を自由に歩き回り、草を食べながらのびのびと過ごしています。
このスタイルを選んだ理由は、フランスで住み込みで働いた小さな牧場での体験にあります。牛乳の生産は大規模農場でなければ採算が合わず、効率を追求すると牛一頭一頭との関係を築くことが難しくなりがちです。そこで、搾った乳を自前の工房でカマンベールやモッツァレラなどのチーズに加工し、道の駅やオンラインで販売する6次産業化を選択しました。
チーズ作りはあくまで生計を立てる手段で、本質は一頭一頭の牛と向き合う酪農そのものにあります。牛が健康的で長生きでき、環境負荷の少ない酪農を目指した結果、山梨県のアニマルウェルフェア認証を、県内7例目(牛では2例目)として取得することができました。

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山梨で酪農を始めたきっかけは?

動物が好きで北里大学の獣医畜産学部 畜産科へ進学し、卒業後は製薬企業や大学で新薬開発や病因研究に約20年従事しましたが、精神的に疲れ果て、長期休暇を取得。フランス・ノルマンディー地方でファームステイをし、牛を飼い、搾った乳をチーズに加工する暮らしに触れ、そこでの生き方に強く惹かれたことが転機となりました。
帰国後も心は研究に戻らず、酪農への転身を本気で模索するようになりました。新・農業人フェアなどに通いながら転職活動を始めましたが、望むような小規模牧場には出会えないまま3年近く経ちました。
そんな時、通っていた英会話教室の先生から「山梨で農業をしている外国人がいる」と紹介され、コンタクトを取ってみると、実は東京・神奈川から近い山梨に、牧場が多いことを知りました。その後就農できる確約もないまま富士河口湖町へ移住を決行。数カ月後にJAの仲介で研修生が途中で辞めた牧場が見つかり、3年間通いで働きながら酪農を学び、自分の土地探しも続けました。

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農地はどのように見つけましたか?

「考えているだけでは前に進めない」と思い、行動して道を切り拓きました。新規就農者が土地を得ることは容易ではありませんでしたが、地域で2~3年働き信頼関係を築いていくうちに、地元の方が土地の情報を教えてくれるようになりました。
最終的には「牧場を手放したい」という牧場主から直接声をかけていただき、自己資金で購入可能な安価で譲っていただけました。
農業委員会には、居住用のトレーラーハウスを購入済みであること、大学では畜産を学び、卒業したこと、地域での酪農研修実績、前職が研究職の経験など、自分がこの地域で酪農を続けていくための知識や技術、経験があり牧場を所有する要件を満たしていることを説明し、承認を得ることができました。

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酪農の難しさ、工夫したことは?

牛もチーズも生き物で不安定なことが最大の苦労です。成牛4頭のうち2頭は、日本では珍しいブラウンスイス種。チーズ向きの乳質ですが乳量はホルスタイン種よりも少なく、乳を出す期間も短い「わがままな美人」です。この2頭は親子でいつまでも乳離れできないことも頭が痛いです。残り2頭はホルスタインとブラウンスイスの交配種で、そのうち1頭は出産予定です。
現在はブラウンスイス1頭から搾乳しており、40kgの生乳から2~3日おきにチーズを作っています。牛が少ないほど乳質は安定せず、「同じものは作れません」とお客様に正直にお伝えしています。逆に、3頭の子牛が産まれた時は毎日60kg近くの乳が搾れるようになり、乳量が多すぎて処理できません。そこでグラスフェッドバターや硬質チーズを新たに開発したり、柔らかく成形しにくいためキロ単位で業務用に販売していたフロマージュブランを、ハーブなどを加えてスプレッドにして一般販売するなどの工夫をしています。
チーズ作りは自分の技術よりも乳質に左右されるため、牛の飼育こそが最も大事という原点に立ち返っています。

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地域の人とのつながりはどのように得ましたか?

独立直後に町内会に入り、地域の行事に参加することから始めました。自分から積極的に動くことで、少しずつ顔見知りを増やし、酪農仲間とのつながりを築いていきました。今では困った時に相談できる人ができ、機械が必要な時や牛が倒れて動けなくなった時には駆けつけてくれたり、育てた野菜をもらうこともあります。
資金調達の際には山梨県畜産協会や県の担当者の支援で、日本政策金融公庫の無利子融資を受けることもできました。地域には酪農関係者が多く、獣医師や飼料店が電話一本で対応してくれます。
牧草地を他の酪農家に貸したり、搾った乳を無駄にしないよう子牛の「預かり飼育」を新たに始めるなど、事業面でも地域との関係が活かされています。

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今後の展望は?

大切にしているのは「チーズファースト」ではなく「牛ファースト」という考え方です。乳量を過度に求めず、ストレスのない環境を整えています。牛が健康で長生きし、穏やかに過ごせることが一番の喜びです。牛に無理をさせないことで、私自身のストレスもありません。
牛は草の状態やその時々の体調によって乳質が変わるため、お客様にはその時々チーズのの味わいが楽しめることに魅力を感じてもらえたら嬉しいです。「チーズがおいしい」と言ってもらえるのは嬉しいことですが、酪農家として誇らしいのは「牛が元気」「牛がきれい」と言ってもらえることです。
今後も酪農から加工、販売まで一貫して行う6次産業化を続けていくつもりです。そして将来的には、牧場にゲスト用のトレーラーハウスを設けて農泊や酪農体験を通じて、人がそれぞれ好きなことや得意なことを活かして集える場を作ることにも挑戦したいと考えています。

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山梨で就農や移住を考える人へのメッセージ

私からのメッセージは「諦めるな!」です。
物事は思うように進まないことが多く、否定されるのが当たり前。泣きそうになって帰る日もありましたが、そこで諦めてしまえば本当に終わりです。引くべきときは引いても、粘り強く続けていれば必ず理解してくれる人が現れ、状況が動き出す瞬間があります。
私自身、独立就農までは長く険しい道のりでした。それでも退路を断ち、「ここで踏ん張らないと先には進めない」と自分を奮い立たせて乗り越えてきました。心配する両親には全て事後報告です。
山梨で酪農をする魅力はたくさんあります。富士山麓という恵まれたロケーションと首都圏へのアクセスの良さ、温かく助け合える地域の人々、牛を大切にすることを評価してくれる仲間の存在。山間部でもネット環境が届いているのも生命線です。
毎日、座る時間もないほどやることはたくさんありますが、牛や猫・犬との暮らしを楽しみ、時間ができれば趣味のベイキングでリフレッシュして、お世話になっている方々に焼き菓子をお裾分けしたり。

一人でやっていても決して孤独ではありません。だからこそ、山梨での就農や移住を考えている皆さんに、「諦めずに一歩を踏み出してほしい」と心から伝えたいです。

お問い合わせ

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