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野菜農家 植野景吾さん

山梨で生きる就農ライフ -Live in yamanashi-

INTERVIEW 36
野菜農家
植野 景吾さん
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山梨で農業を始めたきっかけは?

東京で小売業の会社員をしていましたが、自分に合っていない気がしていたところにコロナ禍が重なり、働き方に実感を持てなくなったのが転機でした。農業は自然の中で体を動かして働き、成果物が目に見えやすい。そんな仕事に憧れて、移住と就農をセットで考えるようになりました。インターネットで地域おこし協力隊の制度を知り、複数の自治体に応募する中で、富士河口湖町だけが面接前にお試し一泊の受け入れ制度を用意していました。その機会に、後の研修先となる農家さんと直接話したことで仕事と暮らしのイメージが一気に湧いて、ここに移住就農することに決めました。

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どのように農業を学びましたか?

富士河口湖町の地域おこし協力隊で、農業分野は私が第一号でした。町が農家3人のグループで組織する「河口湖野菜クラブ」に受け入れを委託する仕組みで、3年間、研修としてその3人の畑を回りながら一緒に作業して栽培を覚えました。3人は同じトウモロコシ主軸でも、それぞれのやり方があります。農薬散布も収穫のタイミングも、すべて現場で師匠たちのやり方を見ながら学びました。家庭菜園の経験もないゼロからのスタートだったので、一つ理解するたびに次の疑問が出てきます。3年ではとても学び尽くせません。

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就農後の苦労とやりがいは?

畑は30カ所に散らばり、移動と管理の効率化が最大の課題です。気温変動や害虫の発生も年々読みにくく、種まきと収穫のタイミング調整には毎年苦心します。作業はGoogleカレンダーで管理していますが、多忙で入力漏れが出ると振り返りに困ることもあります。品種も試行錯誤で、地域で一押しの「めぐみゴールド」を主軸に、病気が出やすい時期はゴールドラッシュに切り替えます。それでも自分で全部決められる気楽さと、成果物が積み上がる手応えは、会社員時代には得られなかったもの。難しさと面白さがセットになった仕事です。

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農地や農機、出荷先はどのように確保していますか?

農地は研修先の先輩が紹介してくれた空き農地から始まり、2年目には地元の人からの声がけもあり、借りられる畑はすべて借りて初年度の倍の2haに拡大しました。農機は国の経営発展支援事業と経営開始資金で購入しましたが、給付までの就農1年目の半年以上は師匠から機械を借りて凌ぎました。作業タイミングを自由に選べず、壊さないか心配でしたが、自分の機械が届いてからは作業のペースが一変しました。販路はJAが最大で、直売所、市場、ふるさと納税の4本柱です。ネット販売にも取り組みたいのですが、トウモロコシの鮮度保持に必要な冷蔵設備がまだ揃っていません。

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困ったときは誰に相談していますか?

研修時代には大変なこともあったものの、周囲の人々が本当に良くしてくれたことが助けになりました。研修時代の師匠3人は、今でも頼れる存在です。加えて生産者組合である湖南野菜出荷組合の仲間とは、日常的に電話やLINEで情報交換をしていて、直売所で顔を合わせるタイミングも大事な情報共有の場になっています。もう一つ、富士山野菜協議会という地域ブランドの団体があり、県の試験場からの情報を共有する勉強会が月2回ほど開かれます。それでもわからないことは、県の農業普及員に聞くこともできます。

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今後の展望は?

法人化や大規模化は考えていません。独立2年目の今年は、「限界を超えないとわからない」と自分に負荷をかけて栽培規模を広げましたが、この面積が管理の限界だとわかったので、手が届く範囲を維持しつつ、収益性を上げたいです。今はパートナーが会社勤めをしながら袋詰めや収穫を手伝ってくれていて、いずれ一緒に農業をやりたいと言ってくれていることも励みです。冬の時期は、現在は副業をしていますが、将来的にはもう少し余裕を持ち、旅行などの余暇を楽しめるようになりたいです。

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就農希望者へのメッセージ

まず伝えたいのは「お金は貯めておけ」です。種や肥料は先払いで、収穫はその何カ月も後なので、その間のキャッシュフローが本当にきつい。もう一つは、地元の農家に教わる道を選んでほしいということです。YouTubeやAIで情報は取れますが、農業は地域によってやり方の違いが大きいため、その土地でやっている人に聞かないとわからないことばかりです。3年の研修は長く見えて、独学で回り道するよりずっと近道でした。

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