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26歳にして借金1億! 若きトマト農家のゴールは「嫁がうまいという日」

26歳にして借金1億! 若きトマト農家のゴールは「嫁がうまいという日」

農業を始めるにあたって、初期費用というものは必ず掛かってくる。
作物を育てるための農地、ビニールハウスや農機具などに掛かる費用が代表例だが、自身が思い描く農業経営を実行するためには補助金だけでなく、金融機関から借り入れを行うことも珍しい話ではない。
熊本県八代市でトマトの栽培をしている池田農園の池田将宏(いけだ・まさひろ)さんはなんと、26歳という若さで1億円もの借り入れをしたつわものだ。多額の借り入れをしてまで実現したいと考えている理想の農法とはどのようなものなのか。実際に池田農園へ足を運び、お話を伺った。

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1億円の借金で実現した理想の農法

熊本県八代市水島町にある池田農園を訪れると最初に目に入るのがこの三角屋根が付いたハウスだ。
フェンロー型ハウスと呼ばれ、一番高い所で5.5mの高さを誇る。実はこのハウスにこそ、借金1億円の秘密が隠されていた。

奥様の愛美(あいみ)さんと出迎えてくれた、池田農園5代目の将宏さん。農園を継いでから、今年で6年目となる

「どうしてもオランダ式栽培法を取り入れたかった」と将宏さんが話すこのハウスは、トマトの成長点を高所へ誘引するためハイワイヤー誘引栽培法を採用している。
ツルを上へ伸ばすことで、トマト1株全体の採光性が上がり、光合成を促進させることができるのだ。また、ツルが上にあることで収穫作業や葉かき作業を人の腰の高さで行うことができるので、体への負担を減らし作業効率の向上にもなる。トマトにも人にもメリットのある栽培法だ。

ハイワイヤー誘引栽培法には欠かせない高所作業車

ハウス室内は気温や湿度、二酸化炭素濃度から水、肥料まで、全てコンピュータで管理されている。
室温管理から水やりまでを自動で行い、人手を必要とする作業を最小限に抑える。室温調整のため、窓も自動で開閉する仕組みになっている。このハウスを建てるための建設費、制御するコンピュータや高所作業車などを含めた総費用は実に約2億円。半額を国からの補助金で賄い、残りの1億円を公庫から借り入れた。この時の将宏さんの年齢は26歳。年齢が若いこともあり、単独で借り入れることが難しかったため、先代の父と連名で借り入れることにした。
初期投資の金額としては、非常に難しい決断だったことだろう。なぜそこまでしてオランダ式栽培法にこだわったのか理由を伺った。

幼い頃の農業に対するネガティブイメージを払拭(ふっしょく)するかのような栽培法

代々トマト農園を営む農家の息子として生まれた将宏さんだが、幼少期は多忙な両親となかなか一緒に遊んでもらえず、農業に対するネガティブイメージが根付いてしまった。
このまま農業とは関わらない人生も考えていたところ、転機となったのが母からの「うちのトマト農園を継いでほしい」という一言だった。
「苦労を重ねて代々継いできた農園を絶やしたくない」、「その農園を息子に受け継いで欲しい」。そんな思いがあったのだろう。
自分にできるのかという迷いもあったが、4代目である父の隣でその苦労を共にした母の並々ならぬ願いは、葛藤する将宏さんの心を打った。農業へのネガティブイメージよりも母の思いに応えたいという気持ちが勝り、農家を継ぐことを決意した。
一方の父は、今まで全く農業に携わってこなかった将宏さんが就農することに反対した。
「農業に関する勉強をしてこなかった、知識も経験もないド素人には任せられない」というのも当然の理屈である。こうした背景もあり、将宏さんは滋賀県にある農業専門学校「タキイ研究農場付属園芸専門学校」に入学した。

フェンロー型ハウスの内部

そこで出会ったのがオランダ式栽培法だ。トマトのツルを高いところまで伸ばし、人の腰の高さで収穫が可能になる作業の効率性、土を使わず肥料に溶かした液を使って栽培する溶液栽培。体を痛めやすい、土で汚れるといった幼い頃の農業に対するネガティブイメージを払拭するかのような栽培法に感銘を受けた将宏さんは「この栽培法を取り入れたい」と強く思った。農業への情熱をたぎらせた心に、決意が根付いた瞬間であった。

オランダ式栽培法は波乱の幕開け

専門学校を卒業後、実家へと戻り22歳で就農した将宏さんは新米農業家として父親からの指導の下、パートさんと同じような収穫や日々の作業を行っていた。

オランダ式栽培法やフェンロー型ハウス設置の夢は持ちつつも、「自分が40歳や50歳になった頃に着手できればいいなぁ」と、当時はずっと先の夢のように考えていたという。しかし、その4年後の26歳の時、台風で一つのハウスが倒壊し建て替えることとなった。

その際に「どうせ建て替えるのであれば(オランダ式の)フェンロー型ハウスにしたい」と父に提案したのが始まりだった。父親は了承したが「その代わり、そのハウスでの栽培は手伝わない。自分たちでなんとかしなさい」と言われたという。補助金や借り入れの際は協力してくれた父親だったが、実際の作業やフェンロー型ハウスでのトマト栽培に関しては完全に将宏さんが主導となり行うこととなった。

自分の想像よりも早くチャンスが訪れ、念願のオランダ式栽培法に着手することとなった将宏さんだったが、その船出は順風満帆なものではなかった。

芽かきや収穫、梱包(こんぽう)などの作業はもちろん、虫の駆除や病害の防止などもすべて自分たちでやらなくてはならず、人手も全く足りない状況で友達や知人など、とにかく手伝ってくれる人を身近でかき集めて作業を行った。慣れないことの連続ながら、やっとの思いで作業をこなしていたが、ほどなくして害虫や病害が発生し、あっという間に蔓延(まんえん)した。

目先の忙しさで目を配ることができず、肝心のスマート農業の良さは全く生かせなかった。速やかに対処できなかったことがあだとなり、トマトの収穫は予定の半分ほどに着地。1年目はほろ苦いスタートとなり、圧倒的な自身の力不足や知識不足を痛感したという。

そこで、トマトに関する基礎知識を今まで以上に蓄えるため、将宏さんは九州地方中のセミナーを回った。

トマトにとって最適な発育環境や虫・病気の対策方法などを学び、ハウス内の室温管理に反映させたり、虫や病気が蔓延しないよう注力した。セミナーだけでなく、オランダ式栽培法に詳しいオランダ人講師の方にコンサルティングで入ってもらい、オランダ式のトマト栽培についてのノウハウを直接学んだ。

1年目の失敗を教訓に、次年度に行ったのが人員配置の見直しだ。害虫や病害などのイレギュラーが発生しても即座に対応できるよう、農作業は完全に従業員に任せ、将宏さんは全体を見渡す体制を取った。

失敗から学び生かすという、前向きな姿勢が功を奏し、2年目は八代市のトマト農家としてはトップの生産量をたたき出した。

その後、スマート農業を取り入れたことにより通常のハウスでの栽培よりも人間の作業量が少なくなったので「生産量をあげることも重要だが、もっとこだわったトマトが作れるのでは?」と考えた将宏さんは、他ではあまり栽培されていない珍しい品種のトマトの栽培や独自の品種を開発することとなった。

嫁がうまいと言う日まで

いくらたくさんトマトが作れたとしても、従来と同じことをしていても意味がない。せっかくのこだわりの栽培法を取り入れたトマトだ。将宏さんは何かブランディングをしていきたいと考えた。

そのヒントとなったのは妻の愛美さんだった。愛美さんは実はトマトが大の苦手で、トマト独特の味や食感が嫌いで食べることができない。そこで「こんなにトマトが嫌いな妻がおいしいというトマトを作ることができれば、相当な強みになるのでは?」と思い付いたのだという。

そこで考えた池田農園のキャッチコピーが「トマト嫌いのためにトマトをつくる」。苦手な人でも食べられるトマトを作ろう。その思いで池田農園では「トマト嫌いに向けたトマト」の開発に力を注ぐこととなった。

2023年に開催された「全国ミニトマト選手権」にて「嫁がうまいと言う日まで」という品種が入賞を果たした。しかし愛美さんは「まだまだうまいとは言えん!」と厳しく将宏さんの尻をたたく。

「酸味が苦手だ」と言われれば、酸味を少なくした「ソルトマちゃん」を開発。「皮が残るのが気持ち悪い」と言われれば、皮が口の中に残りにくく糖度が高い「Alice(アリス)」を開発するなど極度のトマト嫌いの意見を参考にしたトマトを開発しており、それは今現在も続いてる。

また、最近ではフェンロー型のハウスの特徴を生かし「トマト狩り」といったイベントを開催している。最初はお世話になった人だけを招いての会だったが、かなりの好評で現在は一般向けにも行っている。

下がコンクリートのハウスは、一般の人も訪れやすく、初めてハウスを訪れた人は驚き「こんな風に栽培できるんだ!」と感嘆する。

その様子を見ていて、将宏さんはこのハウスを通して実際に農業の現場に触れてもらうことで、農家に対してのネガティブなイメージの払拭につながるかもしれないと強く確信したという。

自身がそうだったように、土で汚れるとか体を痛めやすいといったイメージを脱却するスマート農業を自分発信で広めていく。

より良いトマトを作ることはもちろんだが、そういった点でも1億円の借金は自分だけでなく農業の未来へとつながる投資だったと実感しつつあるという。

現在は子どもたちへの食育活動にも積極的に取り組んでおり、ハウス内で行うイベントなどを通して農業を身近に感じてもらうなど、実際に体験してもらう機会も少しずつ増やしていきたいと語ってくれた。

借りたお金をどう使い、何を成し遂げるのか

苦労する両親の背中を間近で見ていたからこそ、農業の大変さを知っていた池田さん。

それでも、「この方法であれば」という選択肢を見つけたことによって農作業の負担軽減や効率化ができるように。これにより、「毎週日曜日は必ず休みにして家族との時間を作る」という現代的なワークライフバランスの取れた農業を確立している。

1億円の借金は計画的に返済しており、あと9年ほどで完済予定だという。

今後の展望を尋ねた。

「借金を返し終わったら、もしかしたらまた借金をするかもしれません(笑)。他のハウスも、全てフェンロー型ハウスに出来ればと考えているので。だから借金をしてよかったとはまだ言いたくないんですよね。返し終わった時に言えることだと思うんです。でも今確実に言えることは、自分の選択は間違ってはいなかったということですかね。最初はいつかできたらいいなって思ってたけど、やっぱりこういうのって1年でも早い方がいいので。タイミングがあって、チャンスがあって、それを恐れずにつかめたことは、本当に正解だったなと思います」

失敗をしたからこそ身に着いた知識と経験。大事なのはそこから何を学び、どう生かすのか。借りたお金をどう使い、何を成し遂げるのか。「目先のことだけでなく、その先を見据えることが大事だ」と話してくれた。

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