食料廃棄が当たり前の日本 食品業界の1/3ルールとは?
荻野さんが、食料廃棄の現場に初めて直面したのは、創業したばかりでカフェの経営を行っていたときのことです。毎朝手作りマフィンを一定の数だけ焼いて店頭に並べていましたが、売れ行きによって、追加で焼く日もあるし余ってしまうこともあったそうです。
「余ったものは冷凍して自宅で食べていたのですが、それでも食べきれないときは棄てていました。せっかく手作りで、材料にこだわっているのに、棄てるのがもったいなくて嫌で仕方ありませんでした」と荻野さんは語ります。
その後、食品メーカーとして食品流通の世界に入った荻野さんは、加工食品には「1/3ルール」という慣例があることを知ります。1/3ルールとは、メーカーや卸が小売店へ納品できるのは、製造日から賞味期限までの期間のうち、最初の1/3までとするものです。
たとえば、賞味期限が12ヶ月の商品の場合、製造から4ヶ月以内に小売店へ卸すことができないと、賞味期限まで8ヶ月近く残っているのに、廃棄という選択肢が目の前に迫ってくることになります。商品の鮮度を保ち、安全で安心な商品を届ける目的で始まったもので、食品業界で広く普及している商習慣です。
「厳しい1/3ルールに従うと、数ヶ月間も賞味期限があるのにも関わらず、多かれ少なかれ廃棄せざるをえないものが出てしまいます。まだ食べられるからと言って、そのまま保持しようとしても、倉庫代がかかるし、食べるにも食べきれない。ディスカウントストアに売るとブランドの価値が毀損するし、既存の小売店にも迷惑がかかってしまいます」。
麻痺しかけた心に芽生えた違和感
カフェでマフィンを廃棄しなければならなかったときも、1/3ルールにそって商品を廃棄するときも、繰り返し行っていると、最初に感じていた嫌悪感や罪悪感があまり気にならなくなるそうです。
「食料廃棄は、帳簿に並んでいた数字を消して、廃棄業者や倉庫管理の方に電話1本かけるだけで済んでしまいます。それを何度か繰り返しているうちに、次第に、食べ物を棄てることに対する感情が薄れていくことに気付きました」。
そんな中で、「やっぱり棄てるのはおかしい」という思いが沸きあがったのは、2017年に大量のココナッツオイルやアップルソースを廃棄しなくてはいけない状況になったときです。ブームにあわせて生産量が多くなればなるほど、廃棄される量も多くなったのです。
「ココナッツオイルは、当社のベストセラー商品でした。それにも関わらず、大量に廃棄しなければいけなくなったのです。商品はどんどん売れているのに、製造のタイミングが少しずれたり、パッケージの印刷が少し薄い商品があったりすると、中身に問題がなくても売ることができません。
もったいなくて、悔しくて、どうにかしようと考え、廃棄方法などについてリサーチしてみたました。すると、まだ食べられるのに、廃棄や寄付といった商品価値をゼロにしてしまう解決策ばかりだと気付きました。また同時に、食料廃棄はなくしたいと思いつつ、建前上はそう言えない食品業界にも違和感を感じました」。
そして、「食品メーカーが手を挙げて、商売として解決しなければいけない」と強く感じたのです。
「#食べ物を棄てない日本計画」をスタート
そして、2017年7月、「#食べ物を棄てない日本計画」を立ち上げました。最初は、一般の方々に食料廃棄について説明し、解決策のアイディアを出してもらうというイベントを開きました。
「賞味期限の残りがわずかな商品も用意したのですが、多くの方に購入していただきました。本来ならば廃棄されている商品で、普通ならば商品価値はゼロなのですが、売上げにできました」。
また、賞味期限間近の商品を使ったアイディアレシピや活用方法を、「#食べ物を棄てない日本計画のハッシュタグとともにSNS上で募集したり、食品メーカーと協同で廃棄直前の食品をもとに商品化を行ったり、と様々な活動を行っています。
「プロジェクトを始めてみて、食品流通の大手問屋も、食料廃棄に対して問題意識を持っていることに嬉しい驚きを感じた」と荻野さんは語ります。1/3ルールなど、これまで当たり前としていた廃棄に対して、疑問を感じていた人は決して少なくはなかったようです。
廃棄ゼロへの課題点もたくさん
積極的な取組みがある一方で、食料廃棄の問題に立ち向かうには、障害もあります。
「食品流通の世界には、卸や流通業者など様々な縦横のつながりがあり、その中で一社だけが『廃棄をなくそう』とは言えない状況もあります。時間はかかりそうですが、同業他社を巻き込みながら、じっくりと進めていくことが必要だと感じています」。
また、食品といっても青果、肉、魚、菓子、調味料、加工食など多様にあり、それぞれで廃棄ゼロを目指すための解決策を考えなければなりません。
「一般の流通市場では商品価値が0円になっても、社員食堂や外食産業など、ほかの場所では価値を見出すことができるかもしれません。それにはイマジネーションが必要なのです。この食品はどこでどう役立つだろうかと考え、今は様々なシチュエーションで考えて取り入れやすくするための前例を作りあげています」。
さらに、廃棄される食品を事業として考える上では、供給が不安定ということも厄介です。ブラウンシュガーファーストでは、賞味期限間近の商品を低価格で販売するオフィススナッキングという制度を始めていますが、廃棄間近の商品の数は安定しないため、現在は様子を見ながら行っています。
食べ物の価値を簡単にゼロにしない
「#食べ物を棄てない計画」に賛同してくれる店がある一方で、入居する商業施設から、プロジェクトの紹介POPの掲載について拒否されたこともあります。そのことで「食料廃棄」という言葉がデリケートであると再認識したそうです。
「#食べ物を棄てない日本計画」の目標は、食べ物の価値を簡単に0円にする風潮を変えること。そして、食料廃棄やフードロスといった言葉が、賞味期限内のものを当たり前に指すような状況を変えていきたいと荻野さんは考えています。
「1/3ルールなどを理由に流通網から外れてしまう食品と、それを活用する団体や活動を繋げるプラットフォームを作っていこうと考えています。メーカー、生産者が原価を回収できるようにすることで、より良い商品開発にチャレンジできますし、雇用も安定させることができます。そのため、商売として解決することにこだわっていこうと思っています」。
食べ物を大切にし、その背景に関わる人々へ感謝する気持ちが、もっと広く人々の間で浸透していくためには時間が必要なのでしょう。ですが、将来の食料問題を考えると、食品業界も一般の人々も大きな局面にさしかかっていると言えるかもしれません。