生産者と消費者を結べば、都市農業はもっと発展する
大野菜があるのは、東急東横線の大倉山駅周辺エリア。駅を中心に東、西、北へと広がる商店街のエリアにひとつずつ、全部で3店舗の八百屋を営んでいます。いずれも駅から歩いて5分以内と、買物に便利な場所。朝採れ野菜が身近で手に入るとあって、地元で評判の店となっています。
店内に並ぶ野菜の多くは、橫浜市内や三浦半島など神奈川県内の農家が作ったもので、ほぼ毎朝、畑まで足を運んで仕入れています。収穫したばかりの朝採れ野菜は、橫浜市内の農家であれば1、2時間後に、三浦半島の農家であっても昼過ぎには店頭に並びます。
直売所と変わらぬ鮮度の野菜を提供できるのも、生産者と消費者が隣り合わせにある橫浜の土地柄があればこそ。意外かもしれませんが、横浜市は農業が盛んな地域でもあり、農地面積は市域の約7.5%を占めています(※1)。大倉山がある港北区や隣接する緑区、都筑区は、野菜畑や水田、果樹園も多くあり、郊外に少し車を走らせれば緑豊かな田園地帯が広がっています。そのため横浜には農家や農協の直売所も多くありますが、そのほとんどが利便性のよくない場所にあるため、日常的に新鮮野菜が手に入るとは言い難い状況です。生産者と消費者の距離が近いのにうまく流通していない…。大野さんが八百屋を始めようとした理由もそこにありました。
地産地消、橫浜の朝採れ野菜をその日のうちに店頭へ
四国の愛媛県で生まれ育ち、幼い頃は祖父の自家菜園で野菜作りに親しんでいたという大野さん。当時の楽しかった思い出もあり、「いつかは農業に関わる仕事をしたい」という思いを胸中で温めていたといいます。
八百屋を始めようと思い立ったのは、銀行に勤めていた時代。顧客であった農家と交流するなかで、採算の取れない小規模な農地や多額の相続税など、都市農業の課題を目の当たりにしたことがきっかけでした。
「勤務地の大半は東京や橫浜でしたが、どちらも農家が多い地域で、先祖代々の土地を守るため細々と農業を続けていました。農薬も使わずに手間ひまをかけて安全な野菜を作っているのに、せいぜい農協におろすか近所に配るだけ。丹精込めて作った野菜ですから、本当は多くの人に食べてもらいたいはずですが、一般消費者に流通していないのが現状でした。
幸い消費地がすぐ近くにあるので、畑で採れたばかりの野菜を消費者に届けることができれば、農家にとっても消費者にとっても喜びになるのではと考えました」と、大野さんは考えました。このアイデアを家族に話したところ「いいね!やろうよ!」と賛同を得て、家族で八百屋家業に携わることとなりました。
八百屋家業を始めるにあたり、妻の仁美(ひとみ)さんの友人繋がりで三浦半島の農家とも縁ができ、橫浜市内と三浦の2つの仕入れルートができました。それぞれの農家から野菜を直接仕入れ、車による野菜販売をスタートしたのは2012年。当時まだ会社員だった大野さんは裏方として関わり、2区画借りた駐車場に車を乗り入れて野菜を売り始めたのは、妻の仁美さんと長女の梨恵(りえ)さんでした。
「仕入れ方法、野菜の良し悪しの見分け方、鮮度の保ち方など、野菜を扱う商売の入口ができて、店舗を構えるまでのトレーニングになりました」
野菜の直売に手応えを感じて、翌年に自宅の1階を改装して1号店をオープン。それを機に長男の敦史(あつし)さんが仕事に参加しました。店舗数が増えた今では、次女の幸恵(ゆきえ)さん、次男の喬史(たかし)さんも加わり、現在は家族全員で大野菜を営んでいます。
消費者と距離が縮まり、意識改革が進んだ三浦の生産者
店舗数が増えた現在は、安定供給のため近県の農家からも仕入れていますが、大野菜のこだわりは地産地消。仕入れの中心は県内産の野菜となります。開業当初に取引した農家から枝葉が広がり、今では橫浜市内は6軒、三浦は7軒の農家と取引を行っています。
「まずは畑を見て栽培法などをうかがい、安心してお客様に提供できる野菜であると見極めてから、生産者さんとお付き合いをさせていただいています。三浦では毘沙門(びしゃもん)という地区から野菜を仕入れていますが、毘沙門地区は三浦半島南端の海を見下ろす丘にあり、温暖で日照条件がよく、土壌もいい土地です。海から吹き上げる潮風にも負けない、丈夫で元気な野菜が育ちます」。
三浦の生産者はいずれも専業農家で、取引先はほぼ農協のみであったそう。ですが、大野菜と取引を始めて販路が広がり、消費者のニーズを知る機会も得て、生産者としての意識改革が進んだといいます。
「消費者の要望に応えたいと、栽培品目がずいぶんと増えました。5年前に取引を始めたころは、冬はキャベツにダイコン、夏はスイカやメロンといった具合でしたが、今はブロッコリーやカリフラワー、多種類の葉物野菜など、様々な野菜が作られています」。
また、農家同士の繋がりが強化されたことで、地区内の生産力が向上したことを感じているのは、仕入れ担当の喬史さん。
「天候不順にも地区で連携して対応するよう頻繁に会議が開かれ、対策が迅速に行われるようになりました。作付け時期をずらすなどの工夫が功を奏して、2017年の長雨の被害も少なくてすみ、ほぼ平年並みの生産量を確保できたようです。
うちも値段変動なく仕入れることができたので、この冬の野菜高騰もしばらくは気づかなかったほどです」と、語ります。
喬史さんは高校卒業後「かながわ農業アカデミー」に入学、2年かけて基礎から農業を学んだといいます。現在は大野菜の仕入れ担当として、毎朝のように畑へ向かいます。農業学校で学んだ知識は、八百屋という仕事にどのように役立っているのでしょうか。
「農業に関わる様々な知識を、家族で共有できたメリットが大きかったと思います。栽培時の苦労や困難などの理解が深まり、生産者の方の思いに近づけるようにもなりました。たとえば天候不良の影響がある時は、収穫量の減少を察して仕入れ値を変えるなど、生産者の立場を考慮して仕入れ方法を見直すようになりました」。
その結果、生産者の信頼も厚くなり、良い品を優先的に仕入れられるようになったそうです。
消費者目線で、野菜の鮮度をわかりやすく表示
一般消費者にとって、野菜の鮮度を見分けるのはなかなか難しいこと。そこで大野菜では、野菜の鮮度がひと目でわかるようPOP表示を工夫しています。
たとえば、その日の朝に採れた野菜は「今朝採れ」、翌日や翌々日の野菜は「採れたて」と、わかりやすく表示されています。価格設定も明瞭で、「今朝採れ」野菜の値段を100円とすれば、「採れたて」野菜はおよそ80円と、8割程度の値段がついています。
「うちは朝採れを基本としているので、翌日、翌々日の野菜の価格を低くしていますが、一般的なスーパーの店頭に並ぶ『採れたて野菜』の鮮度に匹敵していて十分に新鮮です」
また、「葉物が欲しいんだけど、今日はどれがおすすめ?」「△△地域の○○さんの小松菜は甘味があっておいしいですよ。明日になれば三浦の春キャベツも届きます」などと、昔ながらの八百屋のように言葉を交わしながら接客する様子も、大野菜ではよく見られる光景です。
普通の八百屋との違いは、「市場ではなく農家から直接仕入れているので、生産者や畑の状態、収穫された時の状況なども説明することができます。野菜の価値を納得してお買い上げいただくことが、お客様の信頼に繋がると考えています」と、大野さんは語ります。
野菜の魅力を伝えるために、八百屋が開いた野菜料理屋
大野菜本店スタートから5年を迎えた2017年の秋には、商店街の通りに野菜料理の店「大野菜ごはん」をオープン。新鮮野菜を使った料理屋を開く計画は最初から構想にあったそうです。
「お肉屋さんが開く焼肉屋、魚屋が開く寿司屋はありますが、八百屋が開く野菜料理屋ってあまり聞かないですよね。野菜のおいしい食べ方を伝える店が増えれば、微力ながら農業の発展に繋がるのではという思いもありました。もちろん、野菜のフードロスを無くす目的もあります」。
大野菜ごはんは、料理好きの長男・敦史さんが中心となり家族で切り盛りしています。おいしくて優しい味わいの野菜料理とともに、日本酒や焼酎など地酒の品揃えも好評で、カウンター8席の店内はすぐに満席に。仕事帰りの男性客はもちろん、ヘルシーな印象から女性でお独り客や夫婦で訪れるお客さんも多く、大半は八百屋の常連客でもあります。
八百屋の店頭に並ぶ野菜を料理として提供することは、野菜のおいしさを効果的に伝えると同時に、カウンター越しに交わす会話を通して市場のニーズを探る機会にもなっています。
神奈川の朝採れ野菜を、新鮮なまま地元の消費者へ。八百屋と野菜料理屋の生業を通して、生産者と消費者を結ぶ大野菜の試みに、都市農業の可能性が広がりを感じられるのではないでしょうか。