専門家の知見を取り入れ、ITを導入
──ITを取り入れた緑化システムが出来上がった背景を教えてください。
私たちが提案しているクールアイランドシステムは、パッションフルーツでアーチ型の“緑のカーテン”を作り、そこに、温度や風向き、風量を計測するセンサーやミスト噴射装置を取り付けたものです。パッションフルーツのツルや葉で日陰を作るだけでなく、気温の上昇に伴いミスト噴射を行い、気化熱で温度を下げます。さらに、風向きや風量を測定して、風が吹きやすいように温度を調整します。移動式で手軽に設置できるので、街にアーチを複数設置することをお勧めしています。そうすると、設置した場所だけでなく、街全体に風が吹き、気温の上昇を抑えることができます。
このシステムは、もともと私たちが地元の長崎県大村市・鈴田地区で運営している野菜の直売所で作っていた、パッションフルーツの緑のカーテンを応用したものです。当時はミスト噴射装置やセンサーはついていないシンプルなものでしたが、パッションフルーツを緑のカーテンにするという取り組み自体が珍しく、商品化できないだろうかという話になり、大学や長崎県工業技術センターに相談しに行きました。
そこで話し合いを続けるうち、様々なアイデアが生まれました。
例えば、鈴田峠農園では、夏の暑い日になるとパッションフルーツの葉っぱに水をかけます。そうすると、冷気が下りてきて涼しくなるし、風が感じられるのです。その話を専門家にすると、水は蒸発するときに周囲の熱を吸収する性質があるので、暑い日に水をかけると気温が下がることを教えてくれました。さらに、冷やされた空気は暖められた空気の方へ移動する性質があることも教えてくれました。その性質は、古くから暑さ対策として京町屋の構造などに用いられていたことも分かったんです。
昔ながらの知恵や、水や空気の性質を最大限生かすため、必要な方法を専門家の方々と相談し、IoTやAIを導入することにしました。
最初に考えたのは、温度センサーとミスト噴射装置です。温度の上昇に伴い自動的にミストを噴射することで、人間が水をまく手間を省き、だいぶ気温を下げられると予想しました。次に、風向きや風量を測るセンサーを取り付け、そのデータを分析するためにAIを導入すれば役に立つと考えました。AIを導入すると、風の流れを予測して、街の中でどこに緑化装置を配置するとより涼しい空間を生み出せるかがわかるとのことでした。IoTやAIの導入は農家だけの知恵では難しいのですが、専門家に相談すると、できる・できないを判断してもらえます。それによって今の技術でできることを追求することができ、イノベーションが生まれると感じました。
技術は道具、大事なのは使い方
──いきなりIoTやAIを導入することに、抵抗はありませんでしたか。
特に抵抗はありませんでした。IoTやAIを導入したのは、できないことを可能にするために必要だったからです。確かに、先端技術と言われるとハードルが高く感じますし、わからないこともたくさんありますが、それは専門家に教えてもらえばいい話です。
技術は、目標を達成するための道具です。例えるなら、スコップと同じです。農業に役に立つから、スコップを使うわけじゃないですか。何かをする時に必要であるなら、それが先端技術であっても取り入れていくべきだと思います。
会社のほかの農家たちとも話し合いましたが、反対などはありませんでしたね。これが農作物の収穫に関する事業だと利害関係があったかもしれませんが、共同で行う緑化の事業だったため、みんなが推進してくれました。失敗してもリスクが少ないという点もよかったと思います。
──農業に先端技術を導入するとき、何が大事になってくるでしょうか。
自分の頭で考えてから、必要に応じて導入することだと思います。
たとえば、収穫量をもっと増やしたいと思ったとします。その場合、PCで管理できるようにして作業効率を上げるとか、肥料を使うのに効果的なタイミングを知るとか、いろいろな観点の解決方法があると思うんですよね。まずは自分で頭をひねって、どの方法で解決するか決めてから、専門家に話を聞きに行った方がいい。
機械も同じですが、新しいものを導入して失敗するのはたいてい「合わなかった」時です。やってみてから、求めている機能と違うことに気づくんです。その失敗を防止するためには、自分に何が必要なのか、よく考えて見極めることが大切だと考えています。
農業×ITの可能性を広める
──今後は、どんな風に先端技術と関わっていきますか。
先端技術の導入は、農業が生き残っていくために重要だと考えています。
今、農業は生産者の高齢化という大きな課題を抱えています。現に私たちの直売所でも、高齢化が進み、若い世代の後継者が必要とされています。若い世代が農業に目を向けるためにも、先端技術の導入が必要ではないかと思います。
いくら先端技術が存在しても、その使い道がなければ、宝の持ち腐れです。農業はIT化が進んでおらず、いまだ課題が多いからこそ、先端技術の使い手たちに「技術を何に使うべきか」という目的を提供できるのではないかと考えています。農業の担い手がもっと主体的に、技術の使い方を提案していくべきだと考えています。
それに、農家の持つ知恵と技術が合わさったら、全く別の領域に生かせることもあります。今回のパッションフルーツの緑化装置がいい例です。暑い日にはパッションフルーツに水をかけるという、もともと自分たちが持っていた知恵が、都市の緑化システムにまで発展しました。農家が自分たちの持つ知恵を、もっと発信できたらと思います。
私たちとしては、今後も必要に応じて技術を取り入れながら、クールアイランドシステムを普及させ、暑さ対策の役に立ちたいです。都市部の暑さ対策だけでなく、地球温暖化防止のモデルとして世界にも発信できればと考えています。この事業が成功すれば、農業×技術の可能性を感じてもらえるはず。農業の担い手だけでなく、農家と一緒に何かをやりたいというパートナーも増えるかもしれません。先端技術を取り入れて事例をつくっていくことで、農業に可能性を感じてくれる人を増やしたいと思っています。