農家や企業と協力 国産飼料だけで育った牛肉誕生
山形県東部、山形盆地の中央に位置する天童市で、国産飼料のみで健康な和牛を肥育するという取り組みで注目を集めているのが、平成20年に誕生した「株式会社和農産」です。肥育牛約800頭、繁殖牛約300頭の規模で生産。肉質の良い和牛の仔牛を確保するため、岩手県と青森県に委託農場を持ちます。
黒毛和牛を生産するため多くの経費がかかりますが、その中で占める割合が高いのが飼料費。国内の畜産農家は、そのほとんどを輸入飼料に頼っているのが現状です。為替レートの急激な変動や天候異変による不作などにより、輸入飼料原料価格の急激な高騰などの問題に直面することもありました。
また、海外産の飼料には、遺伝子組み換え作物をはじめ、日本では使用が禁止されている農薬を使った作物が入っていることも。安全性を確保するために、輸入飼料から、全量飼料の国産化に向けて、代表の矢野さんは立ち上がりました。
行政やJA、獣医師などの協力を得て、平成24年から、国産100%の飼料を与える肥育試験を開始。12頭の牛に、お米を軸に大豆やふすまなどを混ぜた飼料を与えました。試験後に行った試食会の参加者の大半が、輸入飼料で肥育した従来の牛肉より、国産飼料100%で育てた牛の方が「おいしい」と答えました。「全頭国産飼料肥育に向けて、やってみる価値があると感じた」と矢野さん。
26年にはお米生産農家や大豆農家、製粉会社などと契約。29年1月には全頭国産100%飼料で肥育させることに成功。現在は、お米生産農家約30人と企業11社の協力を得ています。29年度は126ヘクタール分のお米を確保しました。矢野さんは「地元の農家さんや企業の皆さんの協力があったからこそ。取り組みに賛同して、飼料の原料の供給先を紹介してくれる人もいました」と話します。
お米を中心に、大麦やそば粉など11種類の飼料をミキサーに入れてブレンドするためには、3~4時間かかります。矢野さんは「輸入飼料価格と肩を並べるために、自分たちが頑張るしかない」と意気込みます。
飼料の約50%を占めるお米は、籾米を乾燥せずに粉砕し加水しながら水分を調整したものに酒粕と糖蜜を吹きかけて発酵・密封、1カ月以上発酵させた「SGS(ソフト・グレイン・サイレージ)」をはじめ、ペレット加工した玄米、加熱して圧ぺんし乾燥させたもみ米―の3つです。
お米の割合を、現在よりも更に増やしていくことができるように、日々、関係機関とともに研究を重ねています。「今が完成だとは思っていません。切磋琢磨しながらより良いものを作っていきたい」と話します。
サシをいたずらに追い求めず 肉本来の香りと旨み
多くの人の絆によって生まれた国産飼料100%の黒毛和牛を「和の奏」と命名。お米をたっぷり与えて育てているので、肉の脂にしつこさがなく、肉本来の香りを楽しむことができるのが特徴です。
牛肉の格付けは、枝肉の重量や歩留まり、サシの入り方、肉の色・質感などによって決まります。そのため、国内の畜産農家の中には、最上級の霜降り肉を作るために人為的にサシを入れる「ビタミンコントロール」という技術を使うことがあります。しかし、ランクはお肉を選ぶ判断基準の一つにすぎません。
牧草には、ビタミンがたっぷりと含まれています。和農産では、無理に霜降り肉を作るのではなく、北海道から取り寄せた牧草をたくさん与えて牛を育てています。矢野さんは「毎日の食事で人間の体が作られているのは牛も同じ。牛の健康は人の健康にも直結します」と力強く語ります。
さまざまな困難を乗り越え、国産飼料100%牛を育ててきた矢野さんは、「健康で安全なお肉を最も良い状態でお客様に直接販売するためには、自分でお店を作るしかない」と一念発起。28年6月には、天童市南町に和農産が直営する精肉店「eat M eat(イートミート)」をオープンさせました。
販売を担当するのは牛のことを知り尽くしているプロたちです。だからこそ、牛の部位による調理法のアドバイスもいただけます。店舗で扱っている“和の奏”を食べたお客様からは「このお肉を食べたら、もうほかのお肉は食べることができない。本当においしい」との声が届いています。“和の奏”の虜になった固定客が少しずつ増えているそうです。
矢野さんのもとには、県外の畜産関係者が視察に来ることも。「国産飼料を作る際に失敗したことも伝えています。国産飼料100%の黒毛和牛を肥育する農家が増えれば、お互いに共有しながら、より良い和牛を作ることができるのではないか」と話す矢野さんは、常に未来を見据えています。
耕作放棄地を再生 人集い、地域に再び輝きを
和農産の事務所周辺には、人の手が付かずに荒れた耕作放棄地が広がっていました。そのため、以前まで現れることがなかった猿やイノシシなどの被害に遭うことも。
「耕作放棄地を再生させ、そこに加工場を作りお客様から喜ばれる商品を提供したい」との思いを抱いた矢野さんは、すぐに行動を移します。耕作放棄地にある木の伐採をするなどしながら、土地を整備。
加工場のオープンに当たっては、東北芸術工科大学の教授や学生からアイデアを募りました。「若い世代の知恵を取り入れて、多くの人が集まる場所を作っていきたい」と矢野さん。耕作放棄地を再生し、地域に輝きを取り戻すための夢は、スタートしたばかりです(2018年6月現在)。
“日本一健康な牛肉を皆様の食卓に届ける”―という同社の目標のために努力を惜しまない矢野さん。
この舞台で描く矢野さんの夢は、まだまだ大きく膨らんでいくに違いありません。
株式会社和農産
住所:山形県天童市大字山口3539
URL:http://www.nagominousan.jp/index.html/
和農産が直営する精肉店「eat M eat」
WEBショップサイトURL:https://eatmeat.theshop.jp/index.html/
マイナビ農業「クラマル」にも参加いただいております。
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