大切なのは「就農適性」。ウェルカム姿勢だけがすべてではない
国や県が打ち立てた農業後継者対策などを背景に、2012年以降の就農相談件数は、全国的に増加傾向にあります。その内、福岡県の次世代を担う39歳以下の農業就業人口(※)は2006年の917人に対し、2015年は322人と大きく減少しています。これは熊谷さんが住む朝倉地域も例外ではありません。国内人口の減少という動向以外に、若手の就農者数が伸び悩む原因はどこにあるのでしょうか。そのひとつに熊谷さんは、実際の研修先となる「受入れ農家の確保」と相談者の就農に対する「認識の甘さ」を指摘します。
「今回の支援研修施設ができるまでは、『ぶどうを作りたい』とか『野菜にかかわりたい』など単発の個別相談の都度、受入れ農家さんを探すような状況でした。その段取りでは農家さんの作業に支障をきたしかねないし、たとえ受入れが実現しても、当時は研修生が一定期間のカリキュラムをきちんと継続できるかの適性さえ見極めきれていませんでした。そのため、研修途中に就農を断念してしまう人も少なくありません。研修生受入れを依頼した側(私たち)としては、農家さんに申し訳ない気持ちばかりを抱えていましたね」
研修生受入れ農家の確保や相談者の就農に対する予備認識の不足。この局面を農協単体ではなく、地域全体の問題として取り組もうと2016年に立ち上げられたのが「朝倉地域担い手・産地育成協議会 新規就農支援プロジェクト班」です。行政・関係機関が一体となって新規就農者の支援を行う、いわば“パッケージ戦略”。募集から研修、就農、定着にいたるすべての過程を各所が相互にサポートすることで、生産力の拡大はもちろん、地元地域の活性化につなげていくことを目標にしています。熊谷さんによれば、研修施設(トレーニングファーム)の設置検討から具体的な研修カリキュラムなどのスキームづくりを2016年5月から翌2017年までほぼ毎月のペースで実施したそう。
度重なる協議の末、整備された研修指導体制の主な内訳は、①「JA筑前あさくら」(研修施設での始動体制運営や施設、農機類の取得支援他)、②「普及指導センター」(栽培技術、経営関係の指導他)、③「市町村・農業委員会」(農地、居住確保の支援他)、④「朝倉農林事務所」(農業次世代人材投資事業の支援他)。研修生のメリットの重要性を基準にして、4者が多面的にバックアップを実施していくことで一致したのです。
「農業に対する漠然としたイメージや研修開始後のミスマッチを払拭する意味でも、就農の際に現実的にかかる費用面や独立後の生活面についてなどの確認をあらかじめ行なうことも大切です。本当にその対象者(新規就農者)に『就農適性』があるかを判断するうえでも、今回の具体的なオペレーションの整備は急務だったと言えます」と熊谷さんは手応えをのぞかせます。
※福岡県農林業センサス 「年齢別農業就業人口の推移」より
研修ハウスの主役に選んだ「トマト」。その理由と魅力はどこに?
「JA筑前あさくら」本店からほど近い朝倉市三奈木に完成したトマト研修ハウス(トレーニングファーム)。新規就農者向け研修の拠点となる20アール(4連棟)の施設では、トマトの栽培実習や土づくりに加え、農薬や農機具の管理・使用方法にいたる一連の作業を実習形式で学ぶことができます。また、座学のカリキュラムでは農業経営の基礎となる経営計画や簿記記帳、税務申告に関する事柄もフォロー。数ある作物の中から今回トマトが選定された理由は、「面積」や「収穫量」にあると熊谷さんは話します。
「少ない面積で農業を始めるときは、どうしても『反収』の問題が立ちはだかります。たとえば稲作や果樹をしたいという新規就農希望者がいたとしても、収穫が年に1回の作物やある一定の収穫量では、就農者の生活そのものを維持することは困難です。その点トマトは、あらゆる品目のなかで比較的着手しやすく、たとえ用地面積が限られるとしても冬春で多くの収穫が見込め、利幅を確保しやすい側面があります。初期投資や収穫までの必要経費など、収益のシミュレーションを普及指導センターのデータをもとに試算し、今回はトマトに決定しました。当然ながら、受入れ農家の確保ができたことも大きな理由。『冬春とまと部会』のみなさんのバックアップ体制が敷けたことでスタートできたのです。研修生にとっては、あらゆる環境が整っていると言えますね」
また、トマト以外の品目で就農を希望する人がいた場合の研修も既に実施されています。今年度の応募4名の中では1名がイチゴの研修を受講しました。現在、1年間の研修カリキュラムを消化する一方で、農地と中古ハウスの取得も実現し、いよいよ独立に向けた準備が始まっているといいます。
最長2年の長期研修の期間は原則1年間。今年度の実績でいえば、研修生は朝倉市近隣に居住する人が大半で、通勤は自宅から研修所まで通うスタイルです。研修内容は前述のとおりですが、平均的な1日の勤務時間は8時間ほど。天候や季節に応じて、受入れ農家の作業に合わせた時間帯で実施されます。さらにもう一つ、気になる点が「賃金」のこと。研修期間に生じる費用は全額JAの負担で賄われますが、あくまで就農研修という位置づけのため、生産した農産物を研修生の収益とすることはできません。しかし、収入がゼロでは生活が立ち行かないのは明白。そこで、有効に活用したいのが国の助成制度です。
「研修後、1年以内の独立を前提に農業次世代人材投資事業を申請することができます。『準備型』といわれるものですが、年間150万円の支給を研修年度ごとに受けられます。当然、独立後もさまざまな費用負担が出てくるので、最長5年間の補助を受け取れる『経営開始型』(金額は準備型と同じ150万円)の申請も資金面で大きな支えとなっていくはずです」
朝倉地域で就農するメリットと今後の課題を探る
新規就農者を獲得していくための体制づくりを通して、JAだけでなく、行政や関係機関が一体となってそれぞれの役割を果たしていくことは、就農を具体的に考える人への大きな可能性に直結します。苦労の多い仕事という側面もある一方、JA筑前あさくら管内(朝倉市、筑前町、東峰村)で就農するメリットや魅力も多くあります。その一つに「生産に専念できる」という環境が挙げられます。
「研修期間中もそうですが、独立後の販売や流通の部分は、生産者(研修生)が行なう必要はありません。販売にかかわるすべてを農協がバックアップしているからです。まずはいいものをたくさん作ることに集中する。これこそ、生産の根本的な部分ですから」。
そう熊谷さんが強調するのも、組合員数1万4896人で構成するJAの組織力の規模をみれば頷けます。前述した「冬春とまと部会」のように、JA筑前あさくら管内には2018年時点で38もの部や組合、生産部会が確立されています。地域で育つほぼすべての品目に部会が設けてあるため、新規就農者が扱う作物にも地域内に必ず同じ生産者(=仲間)が存在することで、互いに仕事上の相談を共有できたり、情報交換したりできるのは心強いポイントです。大型の選果場も完成し、トマトをはじめ、梨や柿などの生産物がこの場から効率的に流通しています。とはいえ、就農獲得に向けた研修プログラムは始まったばかり。連携体制を敷いてもなお、解決すべき課題が残っていると熊谷さんは補足します。
「親元就農者(家業が農家という就農)とは異なり、非農家や農業未経験者の人が遠方から就農したいというケースも考えられます。しかし、現状では原則、通い研修となるため、遠方者の住居支援などのサポートは確立していません。短期はもちろん、せめて1年の研修の間だけでも、寝泊まりできる場所の確保は今後必須となってくるでしょう。『定着』までを最終目標にする以上、行政が窓口となる『空き家バンク』の活用も視野に、私たちも最大限働きかけていくことが重要ですね」
また、研修終了後の就農先確保(遊休農地や空きハウスの情報収集、有効活用策)に加え、今後研修内容を拡充していく点でも、現在のトマト以外の品目の受入れ農家へのアナウンスも不可欠です。新規就農者がやりがいとメリットを感じながら将来を見据えることができる万全の環境整備も必要。
最後にプロジェクト当事者の一人である熊谷さんに、新規就農を目指す人にメッセージをもらいました。
「地域の未来と農業を創造するとき、若い人の力が必要です。『就農適性』という部分で、みなさんの農業に対する考え、そして覚悟を伺ったうえで研修や就農が実現した場合、これまで話した協議会、各団体のサポートがある点は、この地域で農業に携わる一番のメリットです。困った時にどこかに相談すれば、必ず答えが返ってくるという安心感。さらに、農地のこと、ハウスのこと、あるいは資材のことなど、独立後の不安材料にも手を差し伸べてくれる窓口や仲間がいることだけは忘れないでほしいですね。就農をお考えのみなさん、朝倉で共に農業を盛り上げていきましょう」
〇本内容の関連情報はココで確認できます
・研修生募集について
・JA筑前あさくらについて
〇連絡先
・名称:JA筑前あさくら(筑前あさくら農業協同組合)
・住所:〒838-8602 福岡県朝倉市甘木221-1
・担当:地域振興部 地域振興課
・電話番号:0946-22-1917
・メールアドレス:syunou@asakura-fk-ja.or.jp
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