湛水とは?
「湛水」という言葉自体の意味は「水をたたえること」ですが、農業用語では主に水田に水を張ってため続けることを「湛水」と言います。一方で、排水能力の不足などにより農地などに不要な水がたまってしまうことも「湛水」と言い、それによって農作物などが被害を受けることを「湛水被害」と呼びます。湛水は、農業にとって必要なものでもあり、ときには防除すべき問題でもあるのです。
湛水をしている水田は、土の層と水の層に分かれ、土の層は“酸化層”と“還元層”に分かれます。還元層では、土壌中の有機態窒素が微生物の働きでアンモニアとなって稲の根に吸収され、稲の生育に重要な役割を果たします。この他にも、雑草の防除がしやすくなるなど、湛水は水田に多くの利益を与えます。
湛水直播(ちょくはん)栽培と乾田直播栽培の違い
湛水直播栽培と乾田直播栽培は、どちらも水田に直接種もみをまく栽培法です。大きな違いは、種もみをまく前に水田に水を張ってためておく栽培法が「湛水直播栽培」、水をためていない田んぼに種もみをまく栽培法が「乾田直播栽培」ということ。
湛水直播栽培には、種もみをまく際に作業が天候に左右されにくい、漏水の問題が小さいなどのメリットがありますが、水田に大型機を入れにくいため種まき作業に時間がかかるというデメリットもあります。対して乾田直播栽培は、大型機を使い一気に作業ができるというメリットがある反面、雑草が生えやすく、土壌が乾きすぎたり湿りすぎたりしやすいため苗の育ちが安定しにくいというデメリットも持っています。
湛水と生態系の保護
湛水をすることは、自然の生態系を守るうえでもとても重要な役割を果たしてくれます。湛水した水田は、サギなどの鳥類、メダカやドジョウなどの魚類、カエルなどの両生類、トンボなどの昆虫類といったさまざまな生き物の採餌や繁殖の場となるため、豊かな生態系が作られます。また、生態系を保全するだけではなく、多くの生き物が生息する水田で育てられた安全なお米として、生産物のアピールにもつながるでしょう。
稲刈りの終わった“非かんがい期”の水田に水をためることを「冬期湛水」と言います。日本に渡り鳥が多く飛来する冬期に湛水をすることで、水田は鳥たちの休息地や餌場となります。ただし用水の確保が必要であり、二毛作など冬期に作付けを行う水田では実施できないなど、冬期湛水はどの水田でも行えるというわけではないようです。
各地で取り組まれる湛水防除事業
湛水防除事業とは、河川改修や市街化、地盤沈下などの要因によって排水条件の悪化した地域が、湛水被害を受けないように行われる事業のことです。主に農用地の湛水被害を防ぐため、排水機、排水路などの新設や改修が行われています。この事業を行うのは各都道府県や市町村で、運用状況については各地方自治体のホームページで確認することができます。
湛水について知っておくことで、農業や稲作、さらには生態系保全への理解も深まると思います。いずれ農業や稲作に携わりたいと考えている人は、湛水についてさらに詳しく調べてみてはいかがでしょうか。
監修:農研機構 東北農業研究センター 高橋 茂
http://www.naro.affrc.go.jp/