世界のムスリム人口とハラール市場の拡大
現在、世界のイスラム教徒(ムスリム)人口は約20億人と推定され、その数は増加の一途をたどっています。特にムスリム人口の多い東南アジア、中東、アフリカ地域では経済成長に伴い購買力が向上し、食品分野においても「ハラール(ハラル)」製品への需要が急速に拡大しています。

世界のイスラム教徒 ※提供:ハラル・ジャパン協会
一方、人口減少が進む日本にとって、ハラール対応は新たな販路開拓や輸出機会を創出する重要な手段として注目を集めています。近年、東南アジア諸国との経済連携が深まる中、日本産農産物や加工食品への需要が高まっており、「ハラール認証」の取得が輸出先での信頼獲得や商談成立の決定的な要因となるケースが増えています。
また、日本国内には約34万人のムスリムが居住していると推測されています。訪日ムスリム観光客、日本企業で働くムスリム従業員、留学生、技能実習生の数も年々増加しており、国内市場においても「ハラール対応」が地域や企業の受け入れ体制強化、観光・農泊の付加価値向上に直結する重要な取り組みとなっています。
ハラールの基本的な定義

「ハラール(Halal)」とは、アラビア語で「許されている」という意味で、ムスリムが日常生活において摂取・使用・実行してよいとされるものを指します。対象は食品のみならず、化粧品や衣類、行動や取引にまで及ぶ包括的な概念です。
これに対し、「ハラーム(Haram)」は「禁じられている」という意味で、イスラム教において神によって禁じられている行為や物品を指します。食品分野では、豚肉やアルコール飲料、イスラム法に則った方法で処理されていない肉類などがハラームに該当します。
ムスリムには判断が困難な日本の食品
ハラール認証は施設認証であるため、まずは工場全体またはハラール製品を製造するラインが、ハラールであることが前提となります。そのうえで食品がハラールであると認められるためには、以下の条件を満たす必要があります。
- 原材料がハラールであること
- 加工・製造過程においてハラームとの接触がないこと
- 保管・輸送中もハラームとの区別が徹底されていること

ハラールとハラーム ※提供:ハラル・ジャパン協会
野菜、果物、穀物、豆類、魚介類、海草類、牛乳、卵、イスラム法に則って処理された鶏肉・牛肉など、多くの一次産品はハラールに該当します。
しかし、日本で流通している加工食品や食肉製品には、原材料や製造工程の詳細がムスリムにとっては不明なものが多く存在し、ムスリム自身ではハラールの判断が困難な場合があります。このような食品は「シュブハ (Shubhah/疑わしいもの)」と呼ばれ、ムスリムは摂取を避ける傾向があります。
ハラールは「安心・安全」の証明
ハラールは宗教的な規範であると同時にムスリムにとっての「安心・安全」を保証する重要な指標でもあります。ハラール対応を行う事業者には、原材料の透明性確保、厳格な衛生管理実施、完全なトレーサビリティが求められることから、結果としてより品質の高い製品づくりに直結します。近年では、ムスリム以外の消費者からも「ハラール」は「信頼できる安全な食品」として認識されるようになっています。
ハラール認証とは
ハラール認証とは、製品やサービスがイスラム教の教えに準拠しており、ムスリムが安心して利用できることを第三者機関・団体等が証明する制度です。申請者(事業者)は、ハラールに関するガイドラインに従い、原材料の確認、製造工程や設備の点検、衛生管理体制の構築などを行い、認証機関・団体による書類審査・現地審査などを経て、認証を受けることができます。
ハラール認証取得のメリット
ハラール認証の取得は、単なる宗教的配慮を超えて、事業者にとって多面的な価値をもたらします。輸出機会の拡大や、インバウンド対応を含めた企業ブランド価値の向上まで、具体的なメリットを見ていきましょう。
輸出市場への参入機会の拡大
世界人口の4人に1人がムスリムとされ、ハラール食品市場は2兆ドル規模に達しています。東南アジア、中東、アフリカのイスラム圏では経済成長により食品需要が急拡大しており、認証取得により競争優位性を確保できます。
ムスリム消費者からの信頼獲得
ハラール認証により、ムスリム消費者は安心して製品を購入できます。日本がイスラム文化を尊重している印象を与え、信頼関係の構築とリピーター獲得につながります。品質に定評のある日本製品は、さらなる付加価値創出が期待できます。
競合との差別化とインバウンド需要の取り込み
訪日ムスリム旅行者や在日ムスリムの増加に伴い、国内市場でもハラール認証の重要性が高まっています。認証マークは「わかりやすい目印」となり、観光業や飲食業等がインバウンド需要を取り込む有効なツールとなります。
ブランド価値向上
認証取得により原材料管理や製造工程の見直しが求められ、品質管理とトレーサビリティが向上します。「食の多様性に配慮する企業」として、ムスリム以外の消費者からの信頼や評価の向上も期待できます。
ハラール認証のデメリット
ハラール認証には多くのメリットがある一方で、取得・維持には課題も存在します。事前にデメリットを把握し、適切な対策を講じることで、リスクを最小限に抑えた導入が可能になります。
費用負担と管理体制の整備
認証取得には申請料、審査料、監査料、更新料等が必要です。飲食店では数万円から十数万円程度、食品加工工場では数十万円程度であることが多いようです。ただし、取得費用は認証団体により異なり、工場の規模や製品数によって幅があるため、目的に応じて慎重に検討する必要があります。また、取得後も継続的な管理業務が求められるため、専任体制の整備が必要です。
一般消費者による誤解リスク
ハラール認証マークの表示により、「ムスリム専用」と誤解され一般消費者が敬遠する可能性があります。ムスリム以外の顧客層に対しても親しみやすい情報発信や商品企画を実施することが重要です。
認証取得を成功に導くためには、「対象とする製品・施設の選定」「認証機関・団体の選択」「ターゲット市場の設定」といった戦略的視点を持った取り組みが不可欠となります。また、地方自治体や国の補助金や支援制度を活用できる場合もあるため、事前の情報収集と学習が重要です。
ハラール認証の種類
ハラール認証は対象や用途により複数の種類があり、事業者は自社の業態に適した認証を選択することが重要です。ここでは代表的な認証の種類を紹介します。
施設認証
工場・施設全体で取得する認証です。食品や飲料、加工品メーカーなどの工場全体を対象とし、その工場およびその工場で作られる品に付与される認証です。工場全体、機械類、備品、原材料の内容、添加物、製造工程、最終製品の全てが審査対象となります。
ライン認証
施設の中で専用ラインを作ることで、製造工場や加工場がハラール対応であると認められる認証です。施設内の全製品がハラールである必要はありませんが、非ハラールとの製造ラインの区別、清浄手順、従業員教育など、施設全体の管理体制が審査されます。コンターミネーション(交差汚染)への対策が求められます。
流通・保管・輸送認証
ハラール製品が消費者に届くまでの過程における認証です。輸送トラックや倉庫の分離管理、冷蔵・冷凍品の温度管理徹底など、非ハラールとの混載や交差汚染防止が審査対象となります。ハラールを継続的に担保するために流通事業者などが取る場合もありますが、日本はイスラム教の国ではないため、あまり増えないのが現状です。
サービス認証
飲食店、宿泊施設、観光サービスなどがハラール認証を取得する場合は、施設全体、提供される食事、調理方法、設備、接遇、情報表示が審査されます。また、ムスリムフレンドリー認証(日本式部分ハラール認証)と呼ばれる認証を取得する場合もありますが、こちらはイスラム教の国ではない日本でも取り組みやすい形態です。農泊や観光農園を運営する事業者も対象となる場合があります。
ハラール認証機関・団体の現状
ハラール認証制度は1960年代にマレーシアで国家的に制度化され、輸出・観光・宗教調和の観点から発展しました。インドネシアでも制度が強化され、政府主導での認証管理体制が構築されています。
その流れは東南アジアにとどまらず、現在では世界中に300以上の認証機関が存在すると言われ、アメリカ、EU、ブラジル、オーストラリアなど非イスラム圏でも制度導入が進んでいます。

世界のハラール認証 ※提供:ハラル・ジャパン協会
日本国内には50以上のハラール認証団体があり、認証基準、審査体制、対応分野、海外輸出の可否などがそれぞれ異なります。また、ハラール認証の基準はISOのような世界共通のものではなく、各国の認証機関・団体が認証するため、輸出先や対象品目に応じた適切な認証機関・団体の選定が重要です。
国際的に認知される6団体
国内認証団体のうち、マレーシア、インドネシア、UAEなどの主要イスラム諸国から相互認証を受け、国際的に通用する「国際認証団体」は実質6団体に限られます(2025年8月時点)。下記は、相互認証のある日本の主要な国際認証対応ハラール団体です。
| 認証団体名 | 主な特徴 | 相互承認国・地域 |
| 日本ムスリム協会(JMA) | 歴史ある団体。宗教色が強く、教育活動も行う | マレーシア(JAKIM)、シンガポール(MUIS)、インドネシア(BPJPH)、タイ(CICOT) |
| 日本ハラール協会(JHA) | 輸出志向が強く、製品・施設・物流に幅広く対応 | マレーシア(JAKIM)、シンガポール(MUIS)、インドネシア(BPJPH)、タイ(CICOT)、UAE(MOIAT)、サウジアラビア(GAC)、カタール(MOPH) |
| 日本アジアハラール協会(NAHA) | 中小企業支援に強み。実務サポートやセミナーも豊富 | マレーシア(JAKIM)、シンガポール(MUIS)、インドネシア(BPJPH)、タイ(CICOT)等 |
| 日本イスラーム文化センター(JIT) | アラブ諸国対応に強み。教育・文化発信にも力を入れる | マレーシア(JAKIM)、インドネシア(BPJPH)、タイ(CICOT)、UAE(EIAC)、カタール(MOPH)等 |
| ムスリム・プロフェッショナル・ジャパン協会(MPJA) | 比較的新しい団体。ムスリム専門家による運営 | マレーシア(JAKIM)、インドネシア(BPJPH)、タイ(CICOT)等 |
| ジャパン・ハラール・ファンデーション(JHF) | 宗教法人を母体とし、食品・宿泊施設・レストラン系がメイン | マレーシア(JAKIM)、シンガポール(MUIS)、タイ(CICOT)、インドネシア(BPJPH/申請中)等 |
※日本の主要な国際認証対応ハラール団体 ( )内は認証団体名の略称
ハラール認証の取得事例
実際にハラール認証を取得し、海外展開や事業拡大を図っている企業の事例を通じて、認証取得のプロセスや成果を紹介します。自社での導入検討に役立つヒントが得られるはずです。
株式会社フードイノベーション
認証団体…日本ムスリム協会/日本アジアハラール協会
認証の種類・対象…コメ、米加工品(菓子他)
コメは本来、ハラール認証取得の必要はないが、マレーシア国内で流通する米の多くにハラールマークがついていることから、2013年、日本アジアハラール協会より認証取得。水田、米、精米工場のハラール認証取得は日本初。
※ 出典:農林水産省「国内ハラール認証取得企業のハラール食品輸出取組事例」(平成27年度輸出戦略実行事業)
ゼンカイミート株式会社
認証団体…日本イスラーム文化センター、ムスリム・プロフェッショナル・ジャパン協会
認証の種類・対象…牛肉処理・加工
イスラム圏の留学生から「日本では牛肉を食べられない」と聞いたことがきっかけ。マレーシアハラールコーポレーション(MPJAの関連会社)と共同でハラール食肉の流通に着手した後、2012年にインドネシアより食肉処理施設、2013年に食肉加工場のハラールを取得。当時、牛肉処理・加工において海外ハラール認証を取得したのは日本で唯一。
※ 出典:農林水産省「国内ハラール認証取得企業のハラール食品輸出取組事例」(平成27年度輸出戦略実行事業)
よつ葉乳業株式会社
認証団体…日本ハラール協会
認証の種類・対象…牛乳、乳製品
東南アジア全域に販路を拡大していくため、2014年に取得。乳製品のハラール商品を扱う数少ない事例。
※ 出典:農林水産省「国内ハラール認証取得企業のハラール食品輸出取組事例」(平成27年度輸出戦略実行事業)
有限会社川口納豆
推奨マーク・証明書発行元…ハラル・ジャパン協会(ムスリムフレンドリー)
認証の種類・対象…乾燥納豆
全商品が国産原料、添加物不使用、ノーポーク、ノーアルコール。特に乾燥納豆はピザ、パスタ、サラダなどに振りかけることができ海外で人気。成分がハラールであることを証明することでその拡販に乗り出す。
※ 出典:ハラル・ジャパン協会「JIOHAS」
ムスリムフレンドリーという選択肢
ハラール認証はムスリムにとって信頼の証しですが、取得には費用・時間・体制整備が求められ、小規模事業者にはハードルが高く、非イスラム圏の日本ではすべての基準を満たすことが容易ではありません。
そこで注目されているのが「ムスリムフレンドリー」という概念を基に、認証ガイドラインを設定した「ムスリムフレンドリー認証」と呼ばれる部分的認証制度です。施設の一部や特定メニューがハラールの一定基準を満たしていることを示し、ムスリムが安心して利用できるよう配慮している証しとなります。一部のハラール認証機関・団体から発行されており、また認証制度とは異なりますが、ハラル・ジャパン協会では成分がハラールであることのピクトグラムを発行しています。
現場でできる実践的な配慮
正式なハラール認証がなくても、飲食店などの現場では以下のような工夫によって、ムスリムの信頼を得ることができます。
原材料の明記
製品ラベルや店頭表示に豚肉・アルコール不使用を明記し、添加物や調味料の原料情報も記載する。
アルコール・豚由来成分の排除
みりんや料理酒、豚由来の乳化剤・香料は使用しない。
食事の選択肢を設ける
ベジタリアンメニューや肉不使用の加工品など、ムスリムでも安心して選べるメニューをポリシーの掲示やピクトグラム表示で明示する。
礼拝や生活習慣への配慮
礼拝スペースや時間の確保、男女別・女性専用の化粧室の設置に配慮する。
ムスリムにとって大切なのは、「自分で判断できる情報があるかどうか」です。たとえハラール認証がなくても、丁寧な情報提供とイスラム文化への理解・尊重の姿勢が伝われば、安心して選ばれる可能性は十分にあります。
多様なニーズを受け入れる
ハラール対応は「イスラム教徒向けの特殊な配慮」と捉えられがちですが、食の制限には多様な背景があります。
| ハラール | イスラム教の教えに基づく宗教的規範 |
| ヴィーガン | 動物性食品を完全に避けるライフスタイルや倫理観 |
| ベジタリアン | 肉や魚を避ける食習慣。卵や乳製品を含むかどうかで種類が分かれる |
| グルテンフリー | 小麦由来成分を避ける健康上の理由や自己選択 |
| アレルギー対応 | 生命や健康にかかわる体質上の制限 |
共通するのは「個々の信念や体質に配慮された、安全で安心な食を求めている」という点です。訪日外国人や在留者、食志向の多様化が進む中、これらの食文化への対応は、宗教や信条、身体的特性の違いを尊重する姿勢を示すことにつながります。
特にハラールとヴィーガンは制限が似ており、動物性食材・アルコール・豚由来成分を避けた製品や料理は両方に対応できることがあります。グルテンフリーやアレルゲン表示の充実も、誰もが安心して食を選べる環境づくりに貢献し、これらを「基本配慮」として整える流れが国際的に求められています。
農泊・人材受け入れでの配慮
農業体験や農泊、外国人技能実習生の受け入れなど、農業現場でもムスリムとの接点が増えています。ハラール認証取得は困難でも、「ムスリムが安心して滞在・活動できる環境」を整えることはできます。
対応のポイントは宗教的背景への理解と、できる範囲での配慮です。農泊や技能実習では食事提供が多いため、食材や調理法の工夫が必要です。また、ムスリムの生活には1日5回の礼拝や特定期間(ラマダン)での断食があるため、礼拝用の静かなスペース提供、ラマダン中の食事時間(夜明け前・日没後)への対応、清潔な洗浄設備の整備などが重要です。
過剰な設備投資は不要で、「理解しようとしている」「できるだけ配慮する」という姿勢を伝えることがもっとも大切です。したがって、事業所内で学習・勉強会などを実施することがとても重要です。
また、ムスリム受け入れでは、受け入れ農家や施設だけでなく地域全体での理解と協力体制も重要です。観光協会や行政、商工会などが連携してサポート体制を整えることで、ムスリムフレンドリーな地域づくりが可能になります。
まとめ:段階的なハラール対応で地域農業の競争力向上
ハラール対応は完璧を目指す必要はありません。重要なのは、現場でできることから段階的に取り組み、ムスリムの文化や価値観を尊重する姿勢を示すことです。
まず「ムスリムにとっての安心とは何か」を理解し、原材料表示の充実や調理器具の分別など、自社で実践可能な配慮から始めましょう。この積み重ねが、外国人材の受け入れ、農泊・グリーンツーリズムの推進、地域全体の国際化対応力の向上につながります。
ムスリムフレンドリー対応を起点として、取引先や製品特性に応じてバイヤーのニーズを見極め、段階的にハラール認証取得を検討することも有効な戦略です。世界に約20億人を抱えるムスリム市場は、日本の農産物・加工食品にとって大きな機会となります。
認証取得や輸出戦略については、早期にハラルビジネスの基礎を学ぶ研修の実施や専門家への相談が成功のカギとなります。小さな一歩から始める多様性への配慮が、新たな関係人口や顧客層の獲得、そして地域経済の活性化という大きな成果をもたらすでしょう。

















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