農業分野で高まるプラスチックごみ削減への意識
海洋プラスチックごみ問題の解決に向け、各業界で取り組みが進んでいます。
世論の高まりを受け、農林水産省は今年6月、「廃プラスチックの適正処理」「廃プラスチックの排出抑制」「被覆肥料の殻の流出防止」の3つを柱とする生産現場での対応策をまとめました。
このうちの「廃プラスチックの排出抑制」、つまりプラスチックごみを削減するために提案されている方法は次の2つ。
- 中長期展張タイプのビニールハウスなど耐久性の高いものを3〜5年の長期にわたって使う
- 生分解性マルチのように土に還る資材を使う
これらは、ごみ削減の一助となる方法とされていますが、それだけではありません。例えば、生分解性マルチを使用した場合、収穫後は剥がす必要がなく、作物の残さと一緒に畑にすき込めばいいので、回収作業の省力化と処理コストの削減にもつながるというのです。
これは農家にとっても大きなメリットになりそうです。では、生分解性マルチとはどういうものなのでしょうか?
生分解性マルチとは
生分解性マルチは、土壌中の微生物の働きによって、最終的に水と二酸化炭素に分解される素材を使ったマルチシートです。収穫後に畑にすき込むと、製品にもよりますが、数カ月程度で分解されると言われています。
農水省の資料によると、20年以上前から製品化されており、機能や強度などの改善が進んだ現在では、「ポリエチレンマルチと大きな差のない水準」だといいます。
使用できる主な作物例としては、トウモロコシ、落花生、キャベツ、レタス、ダイコン、ジャガイモ、サツマイモ、ブロッコリー、加工用トマトなど。すでに幅広い導入例が報告されていますが、普及率は6%に留まっています。
なかなか普及しない理由について明言することはできませんが、販売店が限られていることや、導入時のコストがポリマルチの数倍から場合によってはそれ以上になることなどが大きく影響していそうです。
利用者はどう感じているのでしょうか。数年前から生分解性マルチを一部に導入しているという神奈川県の「双葉農園」を訪ねました。
生分解性マルチを使用する農家の感想は?
就農4年目の「双葉農園」を訪問
神奈川県中西部にある秦野市。相模湾沿いの街並みを見下ろす山あいの土地に双葉農園はあります。農園主の佐野浩司(さの・こうじ)さんは、サラリーマン生活を経て2016年に就農。複数の区画を合わせた100アールほどの畑で、ナスやピーマンなどの一般的な野菜のほか、コリンキーやバターナッツなどの少し珍しい品種の野菜も栽培しています。
佐野さんが生分解性マルチを使用し始めたのは約2年半前。畑の面積が増えて、手が回らなくなったことがきっかけだと話します。
「就農時に30アールの畑から始めて翌年に40アールに増えました。このくらいの面積のときには、まだ必要性を感じなかったのですが、3年目に一気に80アールに増えると、とても一人では作業しきれなくなりました」
特に必要性を感じるのが、春から夏にかけてのカボチャやズッキーニ栽培だそう。さまざまな種類のカボチャを合わせると30アールほどの栽培面積になりますが、収穫が終わる頃には他の夏野菜の作業も忙しく、片付けになかなか時間をさけません。生分解性マルチを使うことで省力化を達成し、精神的な負担も軽減した様子です。
「僕はマルチを剥がす作業が本当に苦手で。一番嫌いな作業と言ってもいいかもしれません。特に夏の暑い時期にかがんで一つ一つ剥がすのはそれだけでも大変ですし、草や根が貫通してすんなり剥がれない時もあれば、細かくちぎれて畑に残ってしまうこともある。何より、この重労働が売り上げにまったくつながらないという所がこたえます」
では、全面的に導入しているかといえば、そうでもありません。
「うちで主に使っている生分解性マルチは、数カ月経つと分解されてくるので、栽培期間の長いナスやピーマンなどには向いていないようです。また、小さな面積の畑なら自分一人でも間に合うので使用していません。購入コストが大きな理由ですが、剥がす人件費を考えると高いとも言えないかもしれませんね。大規模農場では十分にメリットがあると思いますよ」
畑にすき込む作業を見学
うまく分解が進まずに畑に残ってしまうことはないのでしょうか。収穫後の畑で、生分解性マルチをすき込む作業を実際に見せてもらいました。
ズッキーニを栽培していたという20アールほどの畑です。7月上旬に収穫を終え、まだ2週間ほどしか経っていない段階でしたが、すでに草が勢いよく伸びていました。以前は耕作放棄地だった畑のため、雑草が生えやすい状態だといいます。
佐野さんがトラクターを走らせると、すぐ後に道ができました。あっという間の作業ですが、一回耕しただけでは土の表面に残ったマルチが分解されにくいので、2、3回トラクターを走らせて十分に畑にすき込むと良いよう。ポリマルチと違って、生分解性マルチはトラクターの歯に絡むことはないそうです。
価格と販売方法の改善に期待
半年前まで生分解性マルチを使っていて、現在はポリマルチを使っているという畑も見せてもらいました。大部分は土の中で分解されてしまったようですが、表面に露出しているものは一部が残っていました。これも土が被されば自然に消えてなくなるので栽培には影響しないそうです。
最後に改善を期待する点について尋ねると、やはり「種類が少なく価格が高いこと」と「購入できる場所が限られていること」だと話してくれました。この点は、生分解性マルチが今後広く普及するかどうかの鍵となりそうです。
佐野さんは、費用との兼ね合いもあって、しばらくはポリマルチと生分解性マルチを併用するつもりだそう。このように繁忙期だけ、手が回らない部分だけ、というように柔軟に取り入れて試してみるのもいいかもしれません。
取材協力:双葉農園
参考:⽣分解性マルチの活⽤事例〜 回収作業の省⼒化と処理コストの削減を図る 〜(平成31年2⽉・農林⽔産省⽣産局)