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地域の農家に愛される牛ふん堆肥 牛に優しく臭わないコンポストバーンで作る

地域の農家に愛される牛ふん堆肥 牛に優しく臭わないコンポストバーンで作る

埼玉県秩父郡小鹿野(おがの)町の吉田牧場では、フリーバーンの牛舎で牛を飼いながら堆肥づくりをする「コンポストバーン牛舎」の方式を導入している。牛の糞尿を適切に処理しつつ、地域の耕種農家のニーズに合った堆肥を作ることで、近隣の農家との良好な関係づくりにつながっている。その“地域で愛される堆肥”の秘密を取材した。

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都市近郊の酪農家の課題解決としての耕畜連携

埼玉県西部の秩父地域は傾斜地が多く、地質的にも大規模な農業に向かないと言われる。西武秩父駅から小鹿野町にある「吉田牧場」に向かうバスの車窓からは、点在するビニールハウスや小さな畑は見えたが、大規模に整備された農地を目にすることはなかった。
バスを降り吉田牧場に向かうが、民家が点在して牧場らしきものは見当たらない。うっかり通り過ぎそうになったところ、牧場の目印である「ログハウスちちぶ路」の前で今回の主人公、吉田恭寛(よしだ・やすひろ)さんが出迎えてくれた。

吉田恭寛さん。酪農・畜産業のほか、地域活動なども積極的に行う

吉田牧場は、通りから一段下った沢沿いにあり、取材した日は暑かったが、牛舎の中は沢風が通ってとても涼しい。そして驚いたことに、いわゆる牛の糞尿ならではの悪臭をほとんど感じない。吉田さん曰く「ここに牧場があることに気づかない人も多いです」とのこと。
取材したのは吉田牧場の第2牧場。酪農家の3代目の吉田さんが父から独立したときに開いた牧場だ。吉田牧場全体では、乳牛70頭(うち経産牛50頭、育成牛20頭)と、肥育牛50頭を飼育している。

戦後すぐ、吉田さんの祖父が乳牛1頭から始めた酪農は、父の代で頭数を増やした。吉田さんは1987年に就農。この時から処理に困っていたのが牛の糞尿だ。酪農で生計を立てていくにはある程度の頭数は必要だが、出る糞尿も増える。しかし、大きな農地を切り開くことが難しい秩父では、牛の飼料を自給するための牧草地を広げ肥料として利用することはできず、堆肥化して周囲の耕種農家に販売することになった。こうした状況は吉田牧場に限らず、都市近郊の畜産農家は耕畜連携に取り組む。しかし、様々な事情から廃業する畜産農家は後を絶たない。
「50年前はこのあたりに140ぐらい牧場がありましたが、今は8軒です。『去年までは〇〇牧場から買ってたんだけど廃業しちゃったから、今年から堆肥を頼むよ』と言われることも多いです」(吉田さん)

エコフィードも地域循環

堆肥を作る糞尿を牛に出してもらうには、当然牛に与えるエサも大事だ。もちろんメインとなる飼料は購入した牧草だが、1~2割程度は食品残渣を利用している。

食品カット工場から出たパイナップルの皮(左上)、梅酒を漬けた後の実(右上)、おから(左下)、ウイスキーの搾りかす(右下)など、バラエティに富んだエコフィード

これらの食品残渣は主に埼玉県内の食品工場から出たもの。ゴミとして産業廃棄物業者に引き取られ堆肥化されることも多いが、それでは工場側にもコストがかかる。そこで吉田さんのような畜産農家に「引き取ってくれないか」と声がかかるのだ。
「少額ながらお金を支払っていますが、購入飼料よりも安いのでコスト削減になります。もちろん、引き取る前に牛に食べさせても大丈夫かどうか調べています。コストも大事ですが、牛の本来の生理に合わないものを食べさせて、調子が悪くなったら大変だからね」(吉田さん)

耕種農家のニーズに合わせる

吉田さんが堆肥づくりで最も重視しているのは「地域の耕種農家のニーズに合わせる」ということだ。しかし糞尿は毎日出る。そんなに耕種農家に都合よく堆肥づくりをすることは可能なのだろうか。
「こちらの都合で全然必要のない時期に堆肥を持って行って、耕種農家さんに貯蔵してもらうより、必要な時期に運んだ方が親切ですよね。うちはほとんどがリピーターだから、それぞれの農家さんのスケジュールを逆算して考えて作っています」と吉田さんは言う。
それだけではない。農家の要望は多種多様だ。「うちの牛ふん堆肥だけじゃなくて、鶏ふんや豚ぷんを使っている方もいるし、『完熟じゃないほうがいい』という方もいる。堆肥に混ぜる副資材についての意見もある。その一つ一つに応えるのは難しいですよ」と言いつつ、そうした要望にきちんと対応し、定期的な購入につなげているという。

吉田牧場の堆肥づくり

とはいえ、作った堆肥はどこかに保管しなくてはならない。そこで吉田さんが考えたのが「コンポストバーン」の導入だ。その堆肥づくりを紹介しよう。

敷料のワラなどが混ざった牛ふんを堆肥化処理施設に移し、副資材となるおがくずや街路樹を剪定してチップにしたものを混ぜ込んで発酵させる。

牛ふんに資材を混ぜ込んだもの

左がおがくず、右が剪定枝チップ。堆肥の水分調節にも使う

定期的に切り返して発酵を促す。

発酵が始まると、発熱してさらに発酵が進む。

堆肥から湯気が立つ

一次発酵が終わると、水分調整のためにおがくずなどの副資材も混ぜ、牛舎に戻してフリーバーン牛舎に積み上げ牛のベッドにする。これを「戻し堆肥」という。それを牛たちが踏み込むことで、さらに発酵が進む。

堆肥を積んだベッドの上で過ごす牛たち

堆肥を保管しながら牛の敷料にし、必要に応じてここから出して、必要な農家に届ける。
堆肥の需要があまりない夏場は、堆肥を積んだ高さが1.5mを超える。しかし、その分天井に付けた扇風機の風にあたりやすくなり、牛は快適そうだという。
一方、冬場は堆肥の発酵熱が床暖房のような役割を果たし、寒い秩父の山間部でも牛たちが凍えることはない。「冬はなかなか起きてこないぐらい。本当のところは牛に聞いてみなきゃわかんないけど、気持ちいいんじゃないかなあ」と吉田さんは笑う。

堆肥づくりの方法が完成するまでの試行錯誤

これまで見てきた手法はシンプルに見えるが、コンポストバーンは実は難しい。悪臭を出さずに品質の良い堆肥が作れるようになるまでには、吉田さんもかなりの試行錯誤をしたという。「コンポストバーンの発酵を早めるためにいろいろと試しましたが、一番効いたのは竹林の下の土にある土着菌を入れることだったと思っています。悪臭も減り、牛のベッドの温度も上がりました。牛のエサにも土着菌などを意識して、有効微生物を含んだものを調整しています」(吉田さん)

吉田さんの堆肥づくりは一般的な堆肥施設を使わず、かなりコストが抑えられている。今のやり方が、ちょうど地域内のバランスがとれる方法なのだという。
「頭数を増やしてもっと規模を大きくすることはできるけど、それだと堆肥化の設備を入れることでコストが高くつきます。堆肥が高くなると農家さんが困る。僕も今の規模なら一人でできるし、ちょうどいいんです」(吉田さん)

完成した堆肥

堆肥を購入している農家の声

こうして吉田さんが生産する堆肥は年間500トン程度。2トントラック1台分7000円で販売しており、すべて地域の農家に供給されている。

小鹿野キュウリの生産者、守屋善雄さん

秩父の名産品であるキュウリの生産者、守屋善雄(もりや・よしお)さんは、ここ数年吉田さんの堆肥を使っている。守屋さんが堆肥を使うのは冬に1回だけだが、さらさらで固まりにくく、畑にまきやすいとおおむね好評だ。
秩父はもともと地力があまりない地域であるため、同じくキュウリ農家だった父から土づくりの大切さを教え込まれてきたという。「しっかりと堆肥を入れて団粒構造を作り、いい根を張らせることでいい実をつくる。先祖がやっていたことは正しかった」と守屋さんは言う。

秩父にはブドウ農家も多い。その中で、吉田さんの堆肥を使っている八木観光農園の八木久(やぎ・ひさし)さんにも話を聞いた。
「良い堆肥だからいくらでもまきたいが、手間がかかるので年間6~8トン程度で抑えている。吉田さんがまいてくれるといいんだけど」と八木さんは言うが、「それだと高くなっちゃうよ」と吉田さん。

八木観光農園のブドウの木。10月初め、たわわに実をつけていた

実際、堆肥を散布するマニュアスプレッダーを持たないため、堆肥散布に手間がかかり、地力が低下している農地は多い。吉田さんはコスト面を重視して散布まではしていないが、全国では散布まで請け負っている畜産農家も多くいるという。

地域の農業の循環に不可欠な堆肥づくり

全国各地にある畜産農家は、吉田牧場のように地域の耕種農家に地力を上げるための堆肥を提供する大切な存在だ。一方で、酪農家は2017年度から1年間で約700戸廃業した(※1)。廃業の原因の一つに、労働力不足で自給飼料の生産や糞尿の処理が難しくなっていることも挙げられている。

地域の循環の中で様々な恩恵をもたらす酪農のスタイルは、これからも必要とされ続けていくだろう。
吉田さんは「僕が辞めちゃったら、地域の農家さんが困る。ずっと堆肥を供給ができるように、次の人にこのスタイルをうまく受け渡していきたい」と語った。

※1 農林水産省 畜産統計(2019年2月1日現在)

「ずっと動物好きのおじさんでいたいんだよね」と語る吉田さんの牧場には、たくさんの動物たちがいた

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