■お話を伺った方
由井寅子さん
【プロフィール】
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日本豊受自然農株式会社 代表。 東日本大震災被災地訪問がきっかけで農業法人日本豊受自然農を設立し、農業に本格参入。在来種・固定種の自然な種子、土壌菌を大切にする土づくりを重視し、農薬、化学肥料不使用の自然型農業を実践。静岡と北海道の農場で300種以上の在来種農作物を栽培する。 豊受自然農の畑から安心・安全な自然化粧品、加工食品など100種以上を製造し、農場直営レストランやショップを展開する。人々が健康で幸せに生きることができるように自然生活を取り戻すことに取り組んでいる。 |
人それぞれの個性の美しさを農業に学ぶ
――由井さんはとても若々しくてハリのある肌をされていますが、その理由をお聞かせいただけますか?
自分に優しくすることが大事なんですよ。実は、そのカギが農業にあると思っているんです。
うちの野菜は固定種の種を使っているから、みんな同じような姿にはならない。私はそんな作物を見たときに、個性があってかわいらしいな、と思うんですね。ほかのものと比べて丈が短くても太くても、野菜自身が「自分はどうしてこんなふうなんだろう」と思って自分を卑下したりはしませんね。丈が短いからって子孫を残さないということはなくて、みんな生き生きと命を全うしていくんです。
人間も、人と比べるんじゃなくて、これが私の個性で、それが素晴らしいと思ったらいいんです。私は野菜をいつくしんで育てながら、そういう生きる哲学を教えてもらっているんですよ。
――農業を通じて、あるがままの自分の個性を大事にすることを学べるんですね。そういう心を持つことが美しさにつながると。
心が健康にならないと美しくもなれないし、生きる気力も出ないと思います。
野菜は人間に命を提供してくれているんですね。人間はミネラルやビタミンがしっかり入った野菜から栄養を与えてもらって、健康になりますね。そして、食べておいしかったり、満足したりすると、気持ちが潤ってくるんです。植物は食べて良し、においを嗅いで良し、見ても良し。花を見るとその色の奥深さは、絵の具の色とは全く違いますね。

カレンデュラ圃場
――確かに、植物や自然に触れると気持ちが良いという話はよく聞きますね。
さらに、植物は育てて良しですね。農業では植物を育てますね。植物はちゃんと目をかけて世話をしないと、死んでしまうんですよ。だから、いつくしんで愛する力が増えるんですね。だから、農業をやっていると命というものがわかります。
作物だけでなく、化粧品まで作る理由
――日本豊受自然農では自社で栽培した野菜やハーブを使って、化粧品も開発して製造・販売しています。そのきっかけを教えていただけますか?
ある日、畑のそばを通り過ぎると向こうから顔を上げて「こんにちは」と声をかけてくれる人がいてね。その方の美しさにびっくりしたんですよ。腰が曲がっていたから80歳ぐらいでおばあさんとすぐわかるぐらいでしたけど、とにかく肌がきれいで。
「どうしてそんなに肌がきれいなんですか?」と聞いたら「日焼け止めも何もしていないけれど、自家製のヘチマ水だけ塗っているんだ」と教えてくれたんです。
昔からヘチマ水は美人水とも言われていて、化粧水として使われていました。「これはいただき! 絶対作ろう」と、化粧水を作ることにしたのが始まりです。
――確かに、ヘチマ水を使ったシリーズの化粧品は、自然な野菜由来の香りがしますね。
さらに、口紅などのメイク用の化粧品も開発されていますね。
野菜や花の色はどうやってできるんだろう、あるものはオレンジに、あるものはピンクに、あるものは青くなる。なぜかな、と思ったら、それぞれの植物で必要なミネラルが違うからなんですね。土にあるミネラルと反応してこんな色が出るんです。
例えば紫芋を割った時の紫色、これをアイシャドウにしたらどうなるだろう、畑でできた色をそのまま化粧品に使えないかと考えたんです。ニンジンやベニバナも口紅やチークを作るのに使っています。すべて天然の色ですよ。自然にあるのはびっくりするような美しい色ばかり。これは畑に行ってみないとわかりませんね。

ベニバナやニンジンを使った化粧品
――世の中にはたくさん安くてきれいな発色のものがありますが、そういうものとの違いは何ですか?
一般の化粧品は石油由来の成分のものが多いのですが、石油系のものは油だから酸化しやすいんです。酸化は老化のもとと言われます。一方、植物はビタミンAやポリフェノール、アントシアニンなどの酸化しにくい作用の物質を持っていて、自然のきれいな色になります。
――植物は自分でそういうきれいな色を作る力があるんですね。色は濃いほうが健康的に感じるのですが、実際のところどうなのでしょうか。
色が濃過ぎる野菜は「窒素過多」になっていることが多いです。化学肥料で窒素をたくさん与えすぎるとそうなりますね。ですから、私たちが作る野菜はだいたい色が薄い。自然な色です。
この黒田五寸(在来種のニンジン)はうちで育てるようになって10年ぐらい、ずっと自家採種を続けてきました。色もだんだんうちの土地に合う色になってきたと思います。ニンジンはいいですよ。食べたら体の中でベータカロテンがビタミンAになる。化粧品にも使えて、肌にも栄養を与えてくれます。
――ほかに由井さんが健康や美容に良いと思う野菜はありますか?
春先のフキノトウなど、山菜もいいですね。においもいいでしょ。
熊が冬眠から覚めると最初にフキノトウを食べるそうですよ。熊は長い冬眠の間何も食べず、体には老廃物がたまっているので、これを食べて糞を出すんです。
人間も同じで、冬の間は汗をあまりかかないからどうしても代謝が下がる。昔から春先にフキノトウなどの山菜を食べるのには意味があるんですよ。

由井さんが見せてくれたフキノトウ。形も美しい
農業が身近な生活は豊か
――農業が暮らしに与える影響について、どうお考えですか?
花や植物がある暮らしは豊かですね。そこに飾ってあるのは全部うちの畑でとれた花ですよ。こうやって豊かさを教えてくれるのが自然や農業なんです。
私は畑に行きますと、うちは農薬を使いませんので、植物たちが光合成をして酸素を出してくれているから、とても呼吸がしやすいと感じて癒されます。心が喜んでいるんです。これが命を喜んで生きるということにつながると思います。

ニンジン圃場

富士山と圃場とスタッフ
――最近は食べ物も化粧品も、どうしても安くてすぐ手に入りやすいものを選びがちな人も多いと思うのですが。
まずは自分を大事に、自分が傷つかないようにするにはどうすればよいかを考えないと。
食べ物も化粧品も、手短なもので済ませるのではなくて、できれば自分が作ったものが一番ですね。
うちに新卒で入った百姓(栽培担当)の男の子がいるんだけれど、入社した時は肌荒れが大変で、入社後もしばらくはストレスで肌がひどい状態。でも、毎日畑で働いて、ちゃんとうちで賄いのご飯を食べていたら、良くなってきたんです。ちゃんと食べれば排便も睡眠もうまくいく。そうやって健康になると自ずときれいになります。さらに自信もついてきて「あなた、いい顔になったね」なんて言ってね。
だからうちの社員が食べている百姓弁当を皆さんに食べてもらおうと思ってね、インターネットで販売できる冷凍のお弁当も開発中です。
皆さんには体と心が喜ぶものを食べたり肌に付けたりしてほしいですね。うちの製品や農業を通じて、自分がきれいで健康になり、命が喜ぶということを知っていただければと思います。
取材協力・画像提供:日本豊受自然農株式会社