農業の陰の立役者「送粉昆虫」。代表格のマルハナバチ導入で省力化実現!

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農業の陰の立役者「送粉昆虫」。代表格のマルハナバチ導入で省力化実現!

農業の陰の立役者「送粉昆虫」。代表格のマルハナバチ導入で省力化実現!
最終更新日:2021年05月10日

2014年6月、当時のオバマ米大統領は「ミツバチなど花粉媒介者の健全性促進のための国家戦略構築」と題した大統領覚書を発表し、花粉を運ぶ生物が注目を浴びた。欧米ではもともと送粉昆虫の働きに対する一般的な理解があるが、日本では農家すらその優れた能力を生かし切れていない。日本で送粉者をうまく活用するとどんなメリットがあるのか、その事例を取材した。

実がなるのは当たり前ではない! 送粉昆虫の役割とは

受粉とは、単純に言えば、雄しべの花粉が雌しべにくっつくことである。花粉が雌しべにつくと受精が行われ、種、そしてその周りを囲む実ができ、私たちの食糧になることもある。
受粉にはさまざまな方法がある。一つの花の中で受粉が完了する場合もあれば(自家受粉)、別のタイプの花でないと受精が成立しない場合(他家受粉)もある。また雄花と雌花が別々に咲く植物もある。自家受粉以外の場合、何者かが花粉を運ばなければ、受粉は成立しない。風が花粉を運ぶイネや麦といった植物もあるが、多くの場合虫や鳥が花粉を運ぶ。そうした花粉を運ぶ生物のことを「送粉者」(英語でPollinator)、または花粉媒介者という。今回はその送粉者の中で最も活躍している「マルハナバチ」が主人公だ。このマルハナバチについて研究を行っているアリスタライフサイエンス株式会社の光畑雅宏(みつはた・まさひろ)さんに話を聞いた。

アリスタライフサイエンス社の送粉昆虫担当、光畑雅宏さん。全国の農家を回り、クロマルハナバチの適切な使用を指導している

花粉を運ぶハナバチ

私たち日本人は、ハチというと人を刺す恐ろしいものと思いがちだ。確かにスズメバチに刺されて死に至るという事故は毎年耳にする。しかし光畑さんによると、ハチは2種類に分けられるという。
「ハチ目に分類される虫は多く、アリもハチ目の虫です。私たち日本人が『ハチ』と言われて思い浮かべるスズメバチやアシナガバチは、幼虫が肉食の『カリバチ』という種類で、英語で『 wasp 』と呼ばれます。一方、ミツバチやマルハナバチは『ハナバチ』と呼ばれ、花粉や花の蜜をエサとします。こちらが英語の『 bee 』にあたり、欧米では、日本人の子どもにとってのカブトムシのような存在。絵本に出てきたり、ペットとして飼われたりすることもある、親しみのある生き物です」(光畑さん)

マルハナバチの習性

花粉を媒介するハチとしてよく知られるのは「セイヨウミツバチ」だ。私たちに蜂蜜をもたらしてくれることで知られるが、花粉も運んでくれる。特にイチゴの生産現場で活用されることが多い。
しかし、光畑さんによると「セイヨウミツバチは、天気の悪い日にわざわざ蜜や花粉を集めに行かない。理由は、花が濡れていて蜜や花粉を集めにくいことと、巣に非常に多くの蜜や花粉を貯蔵できるためです。つまり、天気の悪い日は施設の中であっても受粉活動してくれないのです。一方、マルハナバチは降雨の影響を受けにくい下向きの花も得意としていることと、巣が脆弱で、巣内に多くの蜜や花粉を溜めることができないため、多少天気が悪くても活動する習性があります。私は『貧乏暇なし』と形容しています」とのことで、施設の中ではマルハナバチは送粉者としては効率的に活躍してくれる働き者ということになりそうだ。
また、セイヨウミツバチは苦手でも、マルハナバチは得意とする環境条件もある。ミツバチよりも冷涼で紫外線が少ない温帯の北部地域に生息するマルハナバチは、低温や白夜のような日照量が少ない条件でも活動ができるよう進化してきた。セイヨウミツバチとマルハナバチの活動特性を理解して、それぞれに適した作物や圃場環境で利用することが大切だ。

光畑さんが所属するアリスタライフサイエンス社では、日本在来の「クロマルハナバチ」を送粉用の資材「ナチュポール・ブラック」として販売している。1辺40センチほどの箱には百匹程度のクロマルハナバチが入っていて、飼養保管施設から1~2日で農家に届く。輸送の間、適切に花粉や蜜を与えて置けば、クロマルハナバチは閉じ込められていても大丈夫だという。

大規模生産法人でのナチュポール・ブラック使用の様子。右下に並ぶ箱がクロマルハナバチの巣箱(画像提供:光畑雅宏)

トマト栽培でのマルハナバチの活躍

現在、受粉用のクロマルハナバチが特に活用されているのはトマトのハウス栽培だ。トマトはもともと受粉しなければ実ができない野菜だが、受粉なしでホルモン処理をして着果させる方法も普及している。しかし、花一つ一つにホルモン処理する作業の人的負担は大きい。そこで、ハチが大活躍するというわけだ。

取材に訪れたのは茨城県つくばみらい市の小菅農園。地元で人気のトマト直売所を持つ農家で、その味の良さに、銀座の有名雑貨店でも小菅農園のトマトは売られている。

小菅農園代表の小菅健(こすげ・けん)さん。マルハナバチを導入して10年以上という

小菅農園には10アールのハウスが6つ。そのうちミニトマトを栽培する4つのハウスでクロマルハナバチを使っている。ミニトマトは花数が多く、ホルモン処理ではとても作業が追い付かない上に、着果しないことも多かった。しかしクロマルハナバチを使った場合にはそのようなことはほとんどなく秀品率が上がったという。
ではなぜ残りの2つのハウスでは使わないのかというと、優れた紫外線カットフィルムを使用していてマルハナバチが活動できないからなのだそう。そこでは大玉トマトを栽培しており、いまだにホルモン処理をしているのだが、ホルモン処理の場合は種子ができないので「種子を嫌う客用」という理由もあるそうだ。
小菅さんは「受粉してできた大玉トマトの場合、種の周りのゼリーが充実するため空洞果が減り、糖度が乗りやすく味が良くなります。だから、大玉トマトもいずれハチで受粉できるようにしたい」と話す。また、「ホルモン処理や病気の元になる花がらをとる作業時間が大幅に減って、ほかの作業に十分な時間がかけられるようになり、収穫の遅れがなくなりました」と多くのメリットを語ってくれた。
良いこと尽くしのマルハナバチ導入だが、デメリットがあるとすれば、冬場の暖房代。マルハナバチを飛ばすためにハウスの温度を10度まで上げなければならない。しかしこれにも思わぬメリットがあったという。
今年の冬は寒く暖房をしっかり焚いたおかげでハウス内の湿度が下がり、結果的にほとんど病害が出なかったそうだ。「やっぱり悪いところは全然ない」と小菅さんはマルハナバチの活躍に大満足の様子だった。

マルハナバチはトマトの雄しべに噛みついて体を震わせ、花粉を集める。その噛み跡である「バイトマーク」は訪花のしるし

観光イチゴ農園だからこそマルハナバチ

イチゴの受粉ではセイヨウミツバチが使われることが多いというのは先に述べたとおりだが、敢えてマルハナバチを導入している農園がある。埼玉県松伏町のコロコロイチゴファームは、埼玉県限定品種「あまりん」のイチゴ狩りができる人気の観光イチゴ農園だ。運営する株式会社しゅん・あぐりの臼倉正浩(うすくら・まさひろ)さんは、トマト栽培での経験をもとに、2019年の開園当初からクロマルハナバチを導入している。

株式会社しゅん・あぐり代表取締役の臼倉正浩さん。埼玉県農業法人協会会長でもあり、若手農家の育成に力を入れている

臼倉さんは「観光イチゴ農園ではセイヨウミツバチよりマルハナバチがおススメ」と断言する。理由はマルハナバチが閉鎖空間に強く、客が多い時には箱に閉じ込めることができるからだという。コロコロイチゴファームでは、客がイチゴ狩りを始める前に必ず5分ほど時間をとり、イチゴ狩りの説明をするとともにマルハナバチへの対応方法も教える。より安全にイチゴ狩りを楽しんでもらうための工夫だそうだ。

マルハナバチが受粉をすると、形も良くなると臼倉さんは話す

また、マルハナバチを殺してしまわないために薬剤散布を減らしていることは従業員にとって働く上での安心材料となり、さらに散布の手間が少なくなったことも大きなメリットだという。
この例に見るように、マルハナバチ導入をきっかけに農薬の使用に関して従来の方法を見直すことが必要となるため、マルハナバチは「IPM(総合的病害虫管理)のけん引役」とも言われている。

生態系に影響を与えないため、ハウスからクロマルハナバチが逃げないように、通風孔や入り口に網がかけられている

農家の省力化のために送粉昆虫の研究が進む

筑波大学の生命環境系保全生態学研究室の横井智之(よこい・ともゆき)さんは、ハナバチの行動について研究をしている。

筑波大学の生命環境系保全生態学研究室助教の横井智之さん

横井さんによると、「送粉昆虫の中でもハナバチは非常に効率よく活動している」とのことで、例えば、直前にほかの虫が訪れた花には寄り付かないといった行動をとっていることも知られていて、そのように賢い送粉昆虫たちだが、実は植物の方の戦略によって訪花させられていることもあるという。「植物は受粉してほしいタイミングで蜜を出したり、花の色や形を工夫したりすることで虫を呼び寄せています。そうした虫と植物の戦略について研究を重ねることで、私たち人間にとってもより効率的な送粉が可能になるのではないか」と横井さんは話す。

そうした送粉昆虫の働きについて、国も注目し始めている。2016年に国立研究開発法人農業環境技術研究所が発表した試算(※)によると、日本の農業が送粉昆虫などの送粉者から受けている恩恵は2013年時点で約4,700億円にのぼるという。今後、送粉昆虫の価値が周知され、生産者がその能力を活用するようになればもっとその額は上がっていくだろう。

生態系が何億年もの時間をかけて育んできた「送粉」というシステム。日本の生産者はもっとその恩恵にあずかって、少し楽をさせてもらっても良いのかもしれない。

国立研究開発法人農業環境技術研究所プレスリリース(2016年2月4日)

【参考文献】
「マルハナバチを使いこなす より元気に長く働いてもらうコツ」(光畑雅宏著/農文協)

初のマルハナバチの農業利用における実用書。マルハナバチの生態をわかりやすく愛をこめて説明しつつ、マルハナバチの利用方法を科学的な知見に基づき解説している。農作物別の利用方法だけでなく外来種マルハナバチによる環境問題についても触れており、マルハナバチの基礎と応用の両面を知ることができる一冊。

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