JAなめがたしおさいは、霞ケ浦の東部に位置する地域JA。茨城県はかんしょ(サツマイモ)の生産で有名だが、なかでも同JAの伸長は目覚ましい。
1989年に約6億円だったサツマイモの販売額が直近では41億円を超えた。この期間で生産量も単価も上昇した。今回、そんなJAのキーマン、営農経済部部長の金田富夫(かねた・とみお)さんにインタビューした。
焼き芋の風景を一変させたJA
──JAなめがたしおさいは、かんしょ、いわゆるサツマイモの出荷が大きく伸び、名産地の茨城県内でも随一の出荷量を誇ります。また、スーパー店頭の焼き芋の「仕掛け人」としても知られていますね。
はい、一昔前、焼き芋は釜を乗せた車が街を巡っているイメージでしたが、今ではスーパーの店頭でおいしい焼き芋が手軽に手に入ります。当JAが地道に営業してきた成果だと思います。サツマイモの利用用途というのはいろいろありますが、当JAは焼き芋という用途に絞って、栽培も販売促進もしてきました。
──ひとつのJAがスーパーの店頭に変化をもたらすということは珍しいと思うのですが、どのようにしていったのですか?
それは単純です。「足」です。北海道から九州までとにかく訪問して歩きました。その結果、少なくとも4000店舗で私たちのサツマイモを使っていただいています。とにかくスーパーのバイヤーさんに話をして、うちのサツマイモのことを理解してもらう。そういう地道なことです。
もうひとつ付け加えるなら、焼き芋という商品を売り込んだということでしょう。ふつうのJAだったらサツマイモという生身の商品をどう売るかを考えますが、「私たちは焼き芋という商品を売っているんだ」という発想が大事だったのかなと思います。九州なんてサツマイモの本場ですから、サツマイモをただ売るだけなら、九州のスーパーに行くなんて発想は出てこない。でも私たちの商品はサツマイモではなく焼き芋ですから。焼き芋なら自信があります。
──JAの職員が全国のスーパーの店頭を積極的に巡って営業するとは、びっくりです。2000年代は、まだ店頭で焼き芋というのは珍しかったと思いますが、すんなり受け入れられたのですか?
最初は苦労しましたね。おいしくないと文句を言われたりとか。でも、原料のサツマイモのせいではなくてお店での焼き方に課題があることもありました。そこで品種や季節によって最適な焼き時間などを調べ、その結果を「焼き芋マニュアル」としてまとめてスーパーに配布しました。
──焼き方によっておいしさは違うんですか?
焼き芋は、ただ焼けばいいんじゃなくて、おいしい焼き方というのがあります。スーパーの店頭では早く回転させたいから高い温度で短い時間で焼きたがります。でも、比較的低温の70度前後でおいしさのもとであるβ-アミラーゼが活性化され甘さが引き出されます。この温度帯を長く保つのがおいしく焼くポイントなのです。焼き芋機メーカーとも連携して、スーパーにこの焼き方をオススメしています。
──最近の焼き芋は、ホクホクよりもしっとりしたものが多いですよね。
それは、当JAが広めた品種“紅まさり”の影響が大きいですね。もともとこれはそういう変わった品種があるということで35軒ほどの農家で試しに作ったんですが、丸形になってしまう(※1)うえに芽が出やすくて。北海道に送ったら芽が出たというので返品になってしまったんです。でも芽が出ていないものもあって、品質には問題がないので取っておいたんですね。それを、とあるイベントのときに子どもたちに焼いて出したんです。そしたら、すごい人気でした。これはチャンスがありそうだ、と。農家さんの努力で、丸形になりやすい特性も解消されて、いまではしっとりした焼き芋として大人気なんです。ちなみに、畑によって相性のよい品種が異なるんです。なので、相性を見極めて、その畑に合った品種を作付けしてもらっています。
※1 丸形だと均等に火が通りにくくなり、焼き芋の消費者イメージから遠いことから細長い形が望ましいとされる。
──JAなめがたしおさいでは、3つの品種を栽培していますね。
はい、紅優甘(べにゆうか)、紅まさり、紅こがね(※2)の3つの品種を1年のあいだにリレーさせます。品種により収穫時期も微妙にずれますし、熟成の度合いによっておいしさが変わるんですね。だからその時期にもっともおいしい品種を出していく。スーパーさんとしては、品種が変わると面倒もありますが、そこはこれが最高のお芋なんだと説得して、3つの品種を順番に使ってもらっています。
※2 紅優甘は管内産の紅はるかについて、紅こがねは管内産の紅あずまについて、JAなめがたしおさいがオリジナル商品として商標登録したもの。
タバコの生産終了というピンチ
──3品種をリレーするというのは、スーパーのバイヤーとしっかりコミュニケーションが取れているからこそ可能なことですね。
ところで、サツマイモにはキュアリング(※3)という工程がありますね。JAなめがたしおさい管内には、大規模なキュアリング貯蔵施設がいくつもあります。この大きな投資はなかなかリスキーだったのでは?
私がキュアリング貯蔵施設の建設を提案したとき、当然ですが、農協内の反対は大きなものでした。サツマイモ以外の作物をやっている組合員とのバランスもありますし。けれど、通年で安定的に出荷するために、大きなキュアリング貯蔵施設は必要なもの。おいしい芋を消費者に届けるには必要なチャレンジと信じていたので粘り強く提案しました。最終的には当時の組合長が決断してくれました。
※3 キュアリング:農家が掘り取った芋を温度30~33℃・湿度90%以上の部屋で4日間寝かせる。芋表皮下のコルク層が増加し、貯蔵中の腐敗を防ぐ。
──大きな決断でしたね。
そうですね。このあたりではタバコを主にしていた農家も多かったのです。それがタバコ需要が落ち込み、2011年からJTとの契約がなくなってしまったんですね。組合員60人、畑にして100ヘクタールほどです。タバコの裏作でサツマイモは作っていましたが、たいした金額にはなっていなかった。しかも2011年は東日本大震災で風評被害も小さくなかったです。じゃあどうするのか。すでに焼き芋の売り込みは2000年代の前半からしていたんですが、さらにマーケットを掘り起こさなきゃいけないということでさまざまなチャレンジをしていきました。スーパーを行脚したのもそうだし、キュアリング貯蔵施設を作ったのもそう。2017年からは輸出も始めました。
──輸出ですか。海外で日本のサツマイモのニーズがあるんですか?
日本の焼き芋というのは、東南アジアですごく人気が出始めているんですよ。2020年度は530トンを輸出しました。今年度はさらに倍増する見込みです。管内のサツマイモの5%以上が輸出される計算になります。ポイントはやっぱり現地で焼き方も教えること。英語の「焼き芋マニュアル」もあります。それから、おいしく焼ける機械も輸出しなくちゃいけないということで、そういうところも機械メーカーさんと相談しながらやっています。機械の輸出も考えるというところにも、生身のサツマイモを売ろうというのではなく、「焼き芋が商品だ」と考える私たちの姿勢が表れています。
天皇杯はゴールではない
──ひとつのJAでそこまでやるんですね! そうした取り組みで、2017年度に天皇杯(※4)も受賞しました。
でもこれはゴールではないと思っていて。天皇杯をいただいたのは、日本の代表として認められたということだと思っています。ですから、これから日本の農業を引っ張っていく存在になりたいですね。
※4 天皇杯:年間で受賞した農林水産大臣賞の中から、特に優れた者として部門ごとに授与される。
──天皇杯受賞のきっかけのひとつに、スイートポテトの店「らぽっぽ」などを展開する白ハト食品工業さんとの連携もありますね。
はい、白ハト食品工業さんは大阪の会社ですが、関東にも工場を建てる計画がありました。そこで当JAとして、ぜひ管内に立地してほしいと要望しました。さらに、小学校の廃校を利用した体験型テーマパーク「らぽっぽ なめがたファーマーズヴィレッジ」もできました。サツマイモやそのお菓子が買えるだけでなく、キャンプ感覚のファームグランピングや収穫体験ができたり、子どもたちが焼き芋について学ぶ“やきいもファクトリーミュージアム”があったりと、家族で楽しめる施設です。この施設ができたことで、周辺の66筆の耕作放棄地なども有効活用することができています。
──JAなめがたしおさいは、驚くほど多くのチャレンジを積み重ねてきていますね。一般論として、JAは果敢な挑戦が苦手な組織だと言われていますが、JAなめがたしおさいは違うんでしょうか?
そうですね、他のJAさんのことは分かりませんが、うちは「JAらしくないJA」だなと自認しています。展示会に行っても、他のJAさんはただブースに座っているだけのところもありますよね。でもうちはどんどんチラシを配布したり、声をかけたり。そういう積極性はちょっとJAらしくないかな。でもマーケットはつねに変わっていくのだから、売る側も積極的に情報収集したりチャレンジをしたりしていく必要があると思っています。
取材後記
JAなめがたしおさいには、タバコの生産終了というピンチが訪れた。JAなめがたしおさいの金田さんが着目したのは、タバコの裏作だったサツマイモだ。
ただ、取引先が安定している葉タバコに対して、サツマイモはそうではない。そして、競合する産地も多い。そこで着目したのが「焼き芋」だった。一点突破だ。そして、全国津々浦々のスーパーをJAの職員が巡り、大規模なキュアリング貯蔵施設に投資した。
一点突破の戦略は、成功した後で振り返れば「なるほど」と思う。しかし、取り組みを始めた時点では、資源を一分野に集中させることは、かなりリスキーに見える。だから思い切ったジャンプが必要となる。だが、このジャンプがなかなか難しい。
その点、金田さんの後輩職員である会田春美さんが「先輩がみんなそうなので、チャレンジは当たり前のことだと思っています」と言っていたのが印象的だった。そういう組織風土ができあがっているのである。
組織の雰囲気によって戦略は変わる。よい方向にも悪い方向にも。素晴らしい戦略があっても、組織が付いてこないと意味がない。よい組織とよい戦略は、成功のための両輪だ。JAなめがたしおさいは、その二つが美しくそろった事例ではないだろうか。