取材に応じたメンバー
國近 博 ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社 システムソリューション事業部 通信デバイス商品開発2部 事業推進課 マーケティングマネジャー ELTRES事業のビジネスプランニングを担う営業兼プロモーター。企画の立ち上げ、農家さんとともに商品を作っていく段階から参画。 |
北園 真一 ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社 システムソリューション事業部 通信デバイス商品開発2部 主任技師 技術開発に携わり、ELTRESの事業化を担う。顧客企業がIoTでやりたいことを実現するためのコンサルテーションから、端末開発の技術サポートまで幅広く担当。鹿児島県の農家出身。 |
嶽 陽介 ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社 NURO事業部 LPWA営業部 LPWA営業課 ELTRES通信回線の営業を担当。端末に関して技術部門セミコンダクタソリューションズと連携してIoTの普及に取り組む。 |
白崎 力裕 株式会社レスターエレクトロニクス マーケティング本部 マーケティング部門 マーケティング部 マーケティング1課 課長 ソニーセミコンダクタソリューションズの半導体製品の特約店、ソニーネットワークコミュニケーションズ代理店。農業のICT製品の普及を目指して2019年に単独で実証実験を経験。ELTRES事業に解を見出しチャネルとして実証実験に参画。 |
日本人の主食を守れない 米農家が抱える課題
少子高齢化による担い手不足、食生活の多様化や人口減による米の消費量の低下、昨今の米価の下落、資材費・人件費の高騰が追い打ちをかけ、日本の米の生産者は厳しい状況にさらされています。
地域の担い手に農地が集約され、機械化・省力化が進んでいますが、大規模になればなるほど、十分な利益を出すために一層のコスト削減に務めなければなりません。
受託管理する農地は、飛び地や遠隔地であることが多く、効率化が難しいのが実情です。
特に負担となるのが水田の水位管理。
水田の水が抜けてしまうと雑草や害虫が発生しやすく、稲の生育に大きな影響を及ぼします。除草のために農薬を散布すると追加でコストが発生し、さらに利益が削られてしまいます。
水抜けを防ぐために田んぼ1枚1枚を日々まわって監視しなければならず、それが農家の大きな負担になっているのが現状です。
田んぼに入って仮説検証、安価な仕組みで産地の水管理のニーズに応える
日本を代表するものづくり企業・ソニー。現在、全国規模で展開する独自のLPWA通信規格ELTRESを利用して農業現場の課題解決に取り組んでいます。
通信キャリアのソニーネットワークコミュニケーションズ、ELTRESの通信技術の開発及び通信モジュールの開発、製造を担うソニーセミコンダクタソリューションズ、販売パートナーのレスターエレクトロニクスがタッグを組み、第一弾となる水位センサーの製品化を推進しています。
目指しているのは、安価でシンプルなIoT端末。
2021年夏から農家へのヒアリングをして、ELTRESモジュールを搭載した水田水位センサーを協力メーカーと共に試作機を製作。2022年に3地域3軒の農家で実証実験を行いました。
「農家さんに直接お話を聞いて、一緒に水田に入って試作機を立てるところからスタートしました」と話すのは國近博さんです。「農家さんの困りごとを解決することで、農業の活性化につながり、ひいては日本の農産物輸出増加や食料安全保障に貢献できればと考えています」と事業の背景を北園真一さんが教えてくれました(共にソニーセミコンダクタソリューションズ)。
ELTRESを活用した「CROPP 水田用 水位センサー」は、低消費電力で電池寿命は1年半、モジュールにGPS・加速度センサーを搭載し、水位測定に電極を用いることでコストを抑えました。
水田に刺した端末が、水位(3段階)・バッテリー残量(%)・端末の状態(転倒など)を検知し、各種のデータはスマホやパソコンで表示され、遠隔監視が可能。水田水位センサーを設置した場所も画面地上に表示されます。 LINE(通話アプリ)にも即時通知されるので、一目で場所を確認してすぐに現場へ向かうことができます。
端末を極力シンプルにすることで、手頃な価格、故障しにくさ、使いやすさを追求しています。
2021年に行った秋田、福岡、香川の水稲農家へのヒアリングをもとに、2022年に水位センサーの試作機で実証実験を行うと、同じ水管理でも地域ごとに異なる課題と期待される効果が見えてきました。
■秋田県|1人でまわりきれない田んぼ、水抜け・水漏れを遠隔検知
秋田県横手市の農事組合法人みずほは、現代表が親元にUターン就農して以来、年10%ずつ規模拡大し、現在は53ha約300枚の水田を管理。水管理は代表理事である70代のお父様が毎日夕方に巡回していますが1人ではまわりきれません。
地域では農業従事者の高齢化が進み担い手不足が深刻化しており、知識と経験を機械に置き換え、労力を減らすために、水田水位センサーなどの必要性を感じられていました。
かつて田植えから水抜けまでの巡回に費やしてきたコストを試算すると、2ヶ月間毎日2時間の巡回で100枚につき2時間×60日=120時間。時給1,000円換算すると2か月間で12万円になります。もし水抜けが起これば、さらに1枚あたり除草剤費として2.6万円と作業代がかかります。
試験では実際に、おそらくモグラなどによって畦畔に穴があけられて水が抜けているのを、人の目より早く水位センサーで遠隔検知。センサーの効果が確認されました。
除草剤を散布した際に、水に溶かした除草剤が水とともに流出してしまう場合も水位監視で検知できることも大きなメリットです。
■香川県|地域課題の水不足、見守りの効率化と安心もたらす
香川県高松市は、昔から水不足が深刻な地域課題。そこで、高松市の協力を得て佐藤農園での実証実験に取り組みました。
佐藤農園が管理する水田は6ha80枚で、飛び地はなく集約されているものの、地域では取水は3日に1度という制限が設けられているため、水が抜けたらすぐに察知して止水しなければなりません。
入水でも1枚1枚の完了を見届ける必要がありましたが、十分な水位に達してアプリ通知されてから確認に行けるなど、水位センサーが作業の効率化と安心につながりました。
また、地域で頻発しているジャンボタニシによる食害も、細かく水位を管理することで対策ができるのではと期待されています。
■福岡県|水位管理の煩わしさから解放、通年の作業に集中
福岡県遠賀郡岡垣町の株式会社モアグリーンでは、23ha約200枚の水田を管理しています。
労働力不足に加えて同地ならではの課題として、気候が温暖で多雨のため、台風や豪雨対策の必要性、雑草の生育が早く害虫が多いなどの課題があります。
温暖で稲作期間が長く作業を止めることができない同地では、水位の巡回監視に行かなくてよくなったことで、同時に回せる作業が増えたことで効率化ができました。
また、稲刈りは事前に落水して乾いた状態で作業をしますが、水位が下がっていないこともセンサーで検知するなどシーズンを通して水管理に役立ちました。
スマート農業の裾野を広げ、農家の働き方を変えたい
農業の現場に伴走した3地域での実証実験では、ERTRESへの期待と共に、地域ごとに異なる課題など、新たな知見も得られました。
各地で設置に回った白崎さんは「圃場の課題がそれぞれあることを認識しました」と振り返ります。
吸い上げた改良点や要望とともに、今後も端末やアプリケーションの改良につなげていきます。
「2023年度は水稲の水の実証実験の範囲をより多くの地域に広げたい」と話す國近さんに「より普遍的な仕組みに仕上げたい」と抱負を語る嶽さん。
北園さんは「全国の農家さんに便利に使っていただき、自由な時間を増やせたらと考えています。働き方が変われば、職業の選択肢として農業を考えてもらえるのではないでしょうか」と未来を描きます。
現在、ELTRES通信回線を活用した、農業用ハウスの温湿度と土壌水分管理の実証実験も全国各地で進行中です。
2次・3次産業ではすでにさまざまな分野で活用が進み、農業分野でも集荷場での盗難防止、河川や溜池などの水管理などへの応用が考えられています。
農業と生活を守り、産地の悩みを包括的に解決するために、検証に参加する農家はもちろん、農業を支援する自治体、生産者団体、メーカー、チャネルなどパートナーを増やしながらELTRESのチャレンジは続きます。