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河川と共に生きるために情報格差なき地域社会へ。研究者が描く流域DXの道すじ

河川と共に生きるために情報格差なき地域社会へ。研究者が描く流域DXの道すじ

重要な資源でありながら災害の危険もある河川。流域の治水機能(ハード)の強化と地域(ソフト)の活性化を官民で両面から議論する場が、流域DX研究会です。流域の防災のためのデータ利活用とは、また地域と河川のあるべき姿、研究の起点と目指したいゴールとは。同研究会のアドバイザーを務める防災科学技術研究所(以下、防災科研)の取出新吾(とりで・しんご)さんと、日本総合研究所の石川智優(いしかわ・ともひろ)さんが意見を交わしました。

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取出新吾さんプロフィール

国立研究開発法人防災科学技術研究所 総合防災情報センター センター長補佐(兼)イノベーション共創本部 共創推進室

国立研究開発法人防災科学技術研究所で災害対応の実務と研究、企業連携に従事。物理系エンジニアのバックグラウンドを持ち、インテルでエンジニア、IT、営業、市場開発などの業務を担当した後、茨城県庁職員として広報責任者を務め、2018年より現職。産官学を渡り歩き、家電IoTを活用した防災をライフワークとする。

石川智優さん(聞き手)プロフィール

株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト(土木工学)

株式会社日本総合研究所・創発戦略センターにて、土木工学のスペシャリストとして、国土交通関連事業、その他インフラ関連事業に従事。自動運転や次世代交通をテーマに各種実証プロジェクトに携わる傍ら、同社が主幹を務める既設インフラを活用した河川流域の治水を研究する「流域DX研究会」を企画・設立。

流域地域のコミュニティーの再構築が、防災につながる

石川さん:取出さんには、流域DX研究会にアドバイザーとしてさまざまな提言をいただいてきましたが、特に構造物であるダムの建設だけでなく、河川の価値を見直すべきと話されていたのが印象的でした。

取出さん:治水というとハード面の土木の話になりがちですが、流域の住民や地域の幸せなどソフト面での発想も必要です。今後、高齢化や人口減少でさらに治水に税金を投じることになりますが、そればかりでは持続可能な社会にはほど遠い。昔、河川は交通網で、そこで漁業もして、遊び場でもありました。私たちは河川に依存して生きてきたことを忘れてしまっています。もう少し原点に立ち戻らなければ、SDGsも達成できないだろうなと思っています。

石川さん:川をせき止めると、船は通れないし、魚も遡上(そじょう)できませんね。今、河川の上流部に人が住まなくなっていて、集落がなくなれば車両が通れる道もなくなり、ダムの維持管理ができなくなれば災害も増えます。地域の共有財産として河川を使っていくために、取出さんが取り組まれている情報活用が必要になるかと思っています。

取出さん:その前に、地域のコミュニティーの再構築も必要であると考えています。コミュニティー力が強い地域は防災力が高いことが、論文でも示されています。祭りが盛んな地区は防災訓練の参加率が高いとか。お互いの顔が見える関係があって、初めて防災訓練への参加や共助につながり、デジタルデバイド(情報格差)も情報がコミュニティーで共有されることで解消できます。そもそも全ての人に届くメディアはなく、マルチメディアで情報を出しても網目をすり抜けてしまう人は必ずいます。そこで、隣の人が「◯◯さん、逃げましょう」と声がけできたら、誰もが救われる社会になるのではないでしょうか。

災害情報を個人に届ける、防災科研と家電メーカーの取り組み

石川さん:確かに、防災において情報を共有できるコミュニティーがあることは大事ですね。

取出さん:知らせ方を工夫する努力も必要だと思います。過去には、避難勧告が市町村単位で全員に出されたことで避難所が満員になり、本当に避難すべき人が入れなくなった事例もあります。もっとピンポイントに「◯◯さん、すぐ逃げてください」という伝え方はできないものかと思います。

石川さん:メディアの他に、活用できそうなツールはありますか。

取出さん:防災科研と家電メーカーのシャープが手を組み、IoT家電の防災への活用を研究しているところです。できることは2つあって、1つは家電から情報を得ること。現状では、つくば市で2000軒が停電という情報が出ても、その中に病院が含まれているかどうかはわかりません。呼吸器を装着している人がいる世帯も同様です。きめ細かな情報があれば、助けを求められる前に手を差し伸べることもできるのではないかと。

もう1つは、家電の発話機能を使って、防災情報や緊急情報を生活家電から出すことです。ユーザー登録された郵便番号による区分は全国約12万カ所で、市町村数である約1720よりも桁違いに細かく分けることができます。たとえばハザードマップと郵便番号の組み合わせで防災情報がピンポイントに出せます。家電の利点は常にコンセントに接続されていて、今は人感センサーでその場に人がいるかまで追うことができるんですよ。救命救助の優先順位を決めることにも、将来的に活用できるのではないかと期待しています。

石川さん:これらが実用化されれば、支援する側も優先順位を把握できますね。災害発生時の避難や救助の仕組みとして、うまく機能するのではないかと思います。

流域の治水と活性化に、林業の復興が一挙両得

石川さん:地域と農業、農業と防災の取り組みでは、耕作放棄地を田んぼダムとして有効活用するのも1つあるのではないでしょうか。

取出さん:そうですね。このほか、林業の復興も重要であると考えています。山を守ることにもなるし、山で伐採した木材を川に流して運んでいた歴史もあるので、河川の有効性が高まると思うんです。

石川さん:林業が復興して山の保水力が上がれば、下流の治水にもつながりますね。さらに言えば、山に降った雨が一気に海に流れず、少しずつダムにたまるので発電効率も上がります。林業も含めて河川上流域の一体管理を議論したいですね。

取出さん:2019年の台風15号で千葉県では倒木により送電線や通信インフラが破壊され、停電が数週間から1カ月に及びましたが、林業で山の保全ができていればそこまで甚大な被害にはならなかったでしょう。自衛隊に災害派遣要請がありましたが、その際に我々防災科研が、県と電力会社、総務省と通信会社からの情報を地図上に集約して、倒木撤去のオペレーションをしたんですよ。

石川さん:病院も停電しましたが、電源車が倒木に道をふさがれて現地へ到達できませんでした。日本の国土は7割が山地で、ほとんどの人が下流に住んでいますが、やはり森林の維持管理ができる仕組みが必要ですね。

防災のための情報共有、DXの起点は地域ニーズ

石川さん:取出さんの専門である情報活用はどうでしょう。ダム管理者や企業が情報を持っていても、上流域で発生した大雨を下流域の住民が知らないこともあります。

取出さん:データを提供する側が何かしらのベネフィット(恩恵)が得られるインセンティブ設計が必要です。先の田んぼダムを請け負う側もしかりです。さらに防災に関しては、情報を提供した企業などに対しての免責事項をテンプレート化するなど、責任範囲の明確化が必要だと思います。

石川さん:企業が持つ情報をうまく使うことは、1つの発想としてありますね。

取出さん:民間主導の流域DX研究会のように、官が困っていることに対して民から提言してもいいかもしれません。議論するだけでも意味があると思います。研究者の課題でもありますが、社会の困りごとをスタートに研究すれば、もっと社会実装に近づくアウトプットができるはず。我々防災科研が歯を食いしばってでも災害対応すべきなのは、ニーズを学ぶ場だからです。人が起点で人がゴール。目的なしにDXしたいとか、DXが目的にならないようにしたいですね。

石川さん:ニーズ起点の研究。取出さんが流域の住民や地域の幸せについてもっと議論すべきと言っていたのは、まさにそこですね。本日はありがとうございました。

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