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農業の現実が立ちはだかる農福連携への道。発想の転換で黒字化へ

深江 園子

ライター:

農業の現実が立ちはだかる農福連携への道。発想の転換で黒字化へ

農業と福祉の連携は農家の人手問題と福祉利用者の社会参画に貢献する取り組みですが、特有の難しさがあるとも言われます。農業と福祉事業所運営を行うコムズファーム(北海道石狩市)が10年間で見つけた、「無理の少ない農福連携」の一つの形を紹介します。

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多様な人が集える場所を目指し、農福連携の道へ

株式会社コムズファームは、札幌のベッドタウンで農業も盛んな石狩市にあります。同社の持つ農場は4.6ヘクタール、ビニールハウス9棟で土耕栽培の中玉トマトやミニトマトと水耕栽培の葉野菜を、また露地栽培でジャガイモや根菜、豆類を生産販売し、一部は自社の福祉事業所利用者の給食に使っています。
代表取締役社長の竹ノ内久(たけのうち・ひさし)さんのもう一つの顔は、地域活性事業のコンサルタントです。空き店舗の有効活用提案のために植物工場を検討したことがあり、さらに養液栽培について調べるうち、農業そのものに関心が湧いたと言います。加えて、企業にアドバイスするばかりでなく自ら事業をやりたい思いもあり、50代にして農業研修に飛び込みました。
研修先は、障害のある人もない人も共に働く三重県の水耕栽培農場でした。「そこで初めて障害のある方と一緒に働いたら、スピードや勝ち負けとは全く違う世界があった。衝撃を受けました」(竹ノ内さん)。こんな農業ならやってみたい。地元北海道で、畑を軸に多様な人が集える場所を作れないだろうか。そんな思いから、竹ノ内さんは2013年に農業生産法人を設立、続いて2014年に就労継続支援B型事業所を開設しました。

.コムズファーム_竹ノ内社長

トマト栽培は竹ノ内さんが担当。「プロの農家さんにお見せするのは恥ずかしいですが、農作業は楽しい」

農家になって驚いた、もうかりづらい農業の現実

コムズファーム_ハウス全景

ハウスは土耕と水耕合わせて9棟ある

「水耕栽培+福祉というモデルを北海道に当てはめられないか」と言う竹ノ内さんの試みは、スタートしてまもなく、他の産業にない“農業の現実”にぶつかります。コムズファームでは農業法人化する際、2人の農業者を役員に迎えていました。その指導のもとで栽培を始めると、「よいものを作ることが全てという考え方で、高く売ることに手が回らない。生産計画や原価計算も曖昧でした。3年目に自分で計算してみたら、販売担当の人件費が出ない状態だったんです」(竹ノ内さん)

農業部門は生産が仕事なので、期限どおりに一定水準の結果を求めます。福祉部門はサービス提供が仕事なので、やりがいや利用しやすさを求めます。お互い頑張ってももうからないつらさが、スタッフの気持ちを追い込みます。「みんなが一生懸命になるほど対立して、結果的に修復できなくなってしまいました」(竹ノ内さん)

福祉の魅力を高める農園づくりで黒字化へ

福祉が主役の農園だからできる「非効率」

この時の反省をもとに、竹ノ内さんは「農業と福祉の両立」から「福祉が主役の農業」へ、発想を転換します。農業の生産目標設定をやめ、福祉の魅力を高める農園を目指そうと、農業と福祉の部署を統合。思い切って農業からの発想を離れるため、農業経験者の採用をストップしました。そして「福祉目線の農園」に向けて二つの重点を定めました。一つは働きやすい環境づくり。目標を生産性からやりがいや楽しさへ転換し、多品種の通年栽培を目指しました。もう一つはノルマを課さないこと。できる事をできる分だけ頑張れる環境をめざし、野菜卸売業者との契約販売から、ノルマの無い委託販売形式を主体に切り替えました。こうした変化の結果、農業収入は一時3分の1に減った一方で福祉利用者が増え、福祉事業は3年後に黒字転換しました。

職員の働きやすさも変わった

職場の雰囲気も、大きく変わりました。「農園スタッフと福祉の支援者の隔てがない環境になって、とても働きやすくなりました」と言うのはサービス管理責任者の山上寛子(やまがみ・ひろこ)さん。農場長の岩渕弘美(いわぶち・ひろみ)さんと栄養士の八戸(はちのへ)なつみさんも「困った時には助け合える心強い職場です」と言います。

コムズファーム_事務所

各部門の責任者3人。山上さん(右)は福祉サービスの計画実施、岩渕さん(中央)は農場管理全般、八戸さん(左)は調理を担当

コムズファーム_厨房

調理室はガラス張り。各部門が互いに手伝い合うから利用者との関係もなごやか

誰もが集える農園へのステップ

さまざまな仕事が利用者の喜びにつながる

今のコムズファームの品目は水耕、土耕合わせて約50種。効率優先をやめ、あえてさまざまな作業をつくり、利用者が一年中働けて、興味の湧くことや得意なことを見つけられるようにという発想です。通所する人は33人。住宅街に近く落ち着いた環境、バス停至近のアクセスのよさや明るい施設はもちろんですが、冬も働けることと作業メニューが豊富なことが、利用者に好評です。月〜金の就労日のほか、月2回の土曜に行う野菜の直売会が地域の人や保護者に人気です。

.コムズファーム_加工品

トマトジュースや乾燥野菜は誰もが作業しやすいパッケージに改良中

さらにここ数年、コムズファームは野菜の加工にも取り組んでいます。担当の岩渕さんと八戸さんは、加工品づくりにはいくつもの意味があると言います。「みんなの頑張りの成果である農産物を無駄にしないこと、食品加工や販売などの就労体験、商品が人の手に渡るやりがい。そうしたことが利用者さんの喜びにつながってくれるんじゃないかと考えています」(岩渕さん)

コムズファーム_寒締めホウレンソウ

2~3月の寒締めホウレンソウは人気商品だ(画像提供:岩渕弘美)

経済的に成り立つ福祉農園コミュニティーへ

コムズファーム_施設外観

圃場(ほじょう)前に作業室、食堂兼ミーティングルーム、カフェスペースがある

農場運営が軌道に乗ったことで、コムズファームは次の段階へ進み始めました。それは「コムズファームに来たくなる理由」を増やすこと。2022年からは「農山漁村振興交付金」(農福連携対策)を活用してカフェルームを増設。2023年7月1日には、ここで職員と利用者が農作物のジュースやスムージーを提供する、初の試みも行われました。「いろいろな試行錯誤の10年でしたが、その結果、実は農園は人が来れば来るほど売り上げが生まれる場所だと気づきました」と言う竹ノ内さん。今後は直売日を増やし、未利用の畑を市民農園にするなど、誰もが集まれる農園へと計画を練っています。

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