祖父から引き継いだ軒先直売所
もともと我が家は、江戸時代以前から川崎で農業を続けている家でした。軒先直売所を始めたのは祖父の代からで、自宅の庭にある農業用倉庫の軒先で、野菜や果物の販売をしています。僕は大学卒業後、農協に就職しましたが、新人研修中に祖父が他界。父は自分で会社経営をしていたため、僕が農業を継ぐことになりました。
いずれ農業の世界に入ろうとは思っていましたが、まさか新卒で就農するとは思っていなかったので、農業に関する知識はゼロ。もちろん販路や直売所についても全く理解がなく、何を植え付けるべきなのか、どう育てるのか、どこで売ればよいのかもわかりませんでした。
就農してすぐは、軒先直売のほかに地元農協直営の直売所にも出荷をしていました。市場などと比べて、少量多品目を出荷できますし、自分で価格を決定できるといった点に魅力を感じたからです。
ところが、いざ出荷をしてみると大きなギャップがありました。値段を決められるといっても、実際には他の人の値段を見ながら、同じような価格をつけなくては売れません。また僕自身は新人農家ですが、周りの農家は長らく農業を営んできた先輩たち。一緒に陳列棚に並べられると、どうしても劣って見えてしまいます。また、売れ残った作物は、夕方頃に自分で下げに行かなくてはなりません。その作業も手間でした。
そこで、思い切って農協の直売所への出荷をやめることにしました。自分のやりたい販売ができないところに出荷するよりも、自分の裁量で自由に販売できる軒先直売のほうが魅力的に思えたからです。それに、手数料や出荷にかかる時間のコスパを考えても、利益に大きな差はないと思いました。飲食店へ直接卸すことも考えましたが、畑の広さや納品にかかる手間を考えて、まずは軒先直売に力を入れることにしました。
軒先直売所が他の販路に勝っている点
今では母と協力して運営しているということもあり、軒先直売のみの販路ですが、農協などに出荷していた頃と比べても遜色ない売れ行きです。軒先直売所には他の販路とは異なる魅力や利点があります。ここでは、軒先直売だけに販路を絞り込んで実感した四つのメリットを紹介します。
① 農家に価格決定権がある
自分で運営する軒先直売所は、中間業者を介さずに直接消費者と取引するため、販売価格の中間マージンが削減され、収益を最大化することができます。農協に支払う手数料がかからないので、その分15%ほど売り上げが上向いたこともあります。
また、その日の売れ行きや作物の出来具合など様子を見ながら値段をつけることができるのも、軒先直売所ならではのメリットです。
② お客さんとのコミュニケーションが取れる
お客さんからのフィードバックや要望を直接聞くことができるので、需要の変化や好みに合わせて生産計画を調整することができます。
うちでは、カブや二十日大根をお客さんに頼まれることが多く、多めに栽培するようにしています。今年はリクエストのあったバジルやシソなどの香草系も栽培しています。
また、お客さんに野菜の特徴や栽培方法を説明することもあります。野菜のおいしい食べ方や正しい保管方法を知ってもらったり、栽培環境を見える化したりすると、お客さんからの信頼が高まりますね。こうしたコミュニケーションがリピーターの増加につながっています。
③ 地域との結びつきが強くなる
僕の軒先直売所は近隣の人のお散歩コースになっています。小さなお子さんから高齢者の方まで、幅広い年齢層の方が買い物をし、ちょっとしたおしゃべりをする場所として軒先直売所が機能しています。
その場所その土地で作った作物を地域の人に販売することで、地域経済の活性化に寄与する。同時に、地元の人々との交流や地域コミュニティの形成にも貢献できる。地域に根付いた農家だからできる役割だと思います。
④ 農産物の付加価値向上ができる
軒先直売所では農産物をただ販売するだけではなく、付加価値を付けて提供することもできます。
うちではサツマイモの時期になると、焼き芋にして提供しています。また、農業体験の授業として地元小学校の生徒さんたちに、農家が普段どんな仕事をしているのか、給食や家で食べている野菜が畑ではどのような姿をしているのか、などを教えたこともあります。
畑で栽培した野菜や果樹などの加工食品の販売、季節限定商品の提供、体験イベントなどを通じて、農業や農産物の新たな魅力や付加価値を近隣の皆さんに提供できるのは、軒先直売所の魅力であり、お客さんとの距離が近い軒先直売所が果たす役割かもしれません。
近隣スーパーでは売っていないから、軒先直売所で一番売れる意外なもの
軒先直売所に来るお客さんは、スーパーでは買えないようなものを求めてやってきます。ただし、それは珍しい作物や高級品ではなく、むしろ規格外の野菜です。大き過ぎて流通に適さないキュウリ、小玉のタマネギ・ニンニク・ジャガイモなど、通常の販売ルートでは取り扱われないような野菜を求めて、お客さんが軒先直売所を訪れてくれるのです。
スーパーで買い物をした帰りに寄ってくれたお客さんに聞いてみたところ、「スーパーでは見かけない大きくてお得な野菜が、お手頃な価格で販売されているのが魅力!」と言ってもらったことがあります。プロの農家からすれば規格外の野菜かもしれませんが、お客さんにとってはお得な野菜として魅力的に映るのです。
うちでは規格外のものと適切なサイズのもの、両方を販売していますが、やはり一番売れるのは規格外品。あまりに人気なので、軒先直売所に並べるためわざと収穫を遅らせて太らせたりしています。
複数の販売ルートを持つ農家であれば、規格品を市場に出荷し、規格外の野菜を軒先直売所で販売するなど、販売先を分けることもおすすめです。
リピーターを増やすための工夫
軒先直売所に来てくれるお客さんがファンになって、リピーターとして何度もお店に来てくれるようになるために、近隣スーパーとの差別化を図るさまざまな工夫をしました。
お客さんが本当に欲しいと思っているものを販売する
一時はハーブや西洋野菜などの珍しい野菜も栽培・販売していましたが、実際に売れるのは身近なキュウリやナスなどの野菜でした。自分たちが売りたいものを売るのではなく、お客さんが欲しがっているものを売る。これがいちばん大切だと思います。
お客さんのニーズを知るには、やっぱりコミュニケーション
お客さんが本当に欲しいものを知るためには、コミュニケーションが欠かせません。お客さんとの対話を通じて、次の作付けや栽培する品種や時期の調整を行っています。
POP作成もコミュニケーションの一環といえます。店頭に人が居ないときでも、POPを介して、品物の名前と値段のほか、出来の良しあしを正直に伝えたり、食べ方なども説明したりするようにしています。どのような虫や病気が出たとか、台風に1度やられたなど、栽培中にあったトラブルなどもすべて正直に伝えています。
さらに、軒先直売所の真裏に畑があるという立地を生かし、お客さんからの注文に応じてすぐに畑に行き収穫することもあります。また、希望があれば、お客さんを畑に連れて行き、実際に作物がどのような環境で育っているかを見てもらうこともあります。
こうした日々の細やかな工夫により、お客さんとの信頼関係を築き、軒先直売所のファンを増やしています。お客さんのニーズを重視し、オープンなコミュニケーションを大切にすることで、リピーターが増えていきました。
売り上げを伸ばすための工夫
売り上げを伸ばすための工夫は、実はとてもシンプルです。
陳列棚いっぱいに商品を並べる
陳列方法もあれこれ試しながら工夫を繰り返してきました。その結果、多くの商品が陳列されている状態の方がお客さんにとって選びやすく、より多くの売り上げが上がることがわかりました。品物の数が多いというだけでなく、選択肢が豊富であることが購買意欲を高めるようです。
セット販売や少量販売などで、半端品も無駄なく売り切る
収穫した野菜を無駄なく売り切ることも売り上げ増加につながります。うちでは大きくなりすぎたキュウリを「お化けキュウリ」、超小玉の玉ねぎを「チビタマ」と呼んで販売しています。さらにタマネギ・ニンニク・ジャガイモをセットで販売したり、細かく価格帯(分量)を分けたりして買ってもらいやすいような売り方をするなど、作ったものを無駄にしないよう、ロスを最小限にすることを心がけています。
売り上げが低いときと、高いときの違い
軒先直売所の経営において、売り上げの高低にはいくつかの要素が関わっていることがわかりました。
売り上げが低いときは、天候が悪い・暑すぎるなど、外出がしにくい状況にある日です。また、陳列棚に同じ商品だけが並んでいる場合も、購買意欲を刺激しづらく、商品があまり売れませんでした。
一方で、売り上げが高いときは、快適な気候でお散歩に適した日になります。また、陳列棚には少量でも多品目で、色とりどりの商品が並んでいるときです。去年の経営データを見ると、売り上げが最も低かった日と最も高かった日では、約10倍の差があることがわかりました。
これらの経験から、軒先直売所の売り上げを増やすには、天候や季節に配慮し、直売所内の快適な環境を提供することが重要です。また、陳列棚には多様な品目を少量でもそろえ、お客さんの目を引く商品展開を心がけることが成功のポイントとなります。
販路としての軒先直売所から、地域の憩いの場へ
軒先直売所は、単なる販売場所ではなく、地域の憩いの場としても重要な存在です。販路としての役割だけでなく、地域の人々が集まり交流し、新鮮な農産物を手に入れることができる場としての側面も持っていると思います。軒先直売所が地域のコミュニティの一部として根付き、活気ある場となるように取り組むことが、リピーターや売り上げの増加にもつながっていくのではないでしょうか。