エノキが約1000円。日本食スーパーの現状
アジア人が多く暮らすアメリカ西部には、フードコートを併設するような大型の日本食スーパーが存在する。カリフォルニア州で系列11店舗を展開する日系スーパー「マルカイ」の店頭には、多くの日本産や北米産の日本野菜が並ぶ。顧客は日本人をはじめとするアジア系の移民が多いが、近年は健康志向の高いアメリカ人も増えているという。
どのような商品がどんな価格で売られているのだろうか。扱われ方を見てみよう。
コメ
まずは主食のコメだが、選択肢は豊富だ。
JA全農とちぎや精米卸販売老舗・神明の日本産コシヒカリは、いずれも5キロで20ドル(約2800円)前後で販売しており、精米月は4カ月前だった。一方日本人が販売しているカリフォルニア産コシヒカリ「田牧米ゴールド」は日本産米よりも価格が高いが、鮮度が良いと評判だ。
エノキダケ
続いて現地で入手困難なエノキダケ。日本からの輸入品は、1袋6.99ドル(約1000円)で特売とされていた。当たり前ではあるが、日本のスーパーで見るものよりも鮮度は劣る。海外にエノキダケが存在すること自体にありがたみがあるのだが、食指が動きづらい。カナダ産のものは3ドル台で見かけるが、かなり大ぶりだ。
牛肉
続いて和牛。本文後半で触れるが、牛肉は日本からアメリカへの輸出が許された数少ない畜産物である。
専用の冷凍庫にうやうやしく並べられた和牛のステーキ肉は、1ポンド(454グラム)あたり79.99ドル(約11500円)。100グラム当たり2500円を超す。アメリカ国内産の牛肉は比較的安く味が良いが、和牛のサシの入り方は一線を画す。
メロン
果物売り場には静岡産のクラウンメロンが鎮座していた。価格は1つ89.99ドル(約12900円)。
現地産のメロンは、赤肉種マスクメロンのカンタロープメロンや、緑肉種のハニーデューメロンがあり、特に前者はオーガニックのもので4ドル(約570円)台と安価なのに甘みが強いことで人気だ。気になって数日ごとにクラウンメロンの売れ行きをチェックしたが、一向に減っていなかった。
欲しい野菜は、長ネギ・ナス・ピーマン・キノコ
現地で暮らす日本人にはどんなニーズがあるのか。アメリカで子育て中の主婦たちに、食卓に並べたい日本の青果について尋ねてみた。
A子さん
A子さんをはじめ、多くの在米邦人が切望しているのが長ネギだ。
米系スーパーでも、green onion(もしくはscallion)という名で、ワケギのような細ネギがよく売られている。長さ30センチほどのものが1束1ドル以下と安いが、辛みが弱く薬味としては少し物足りない。
一方、長ネギは日系スーパーでは1束5ドル(約720円)以上で売られている。green onionとタマネギを併用して、長ネギの代用としている家庭もあるようだ。
B美さん
米系スーパーで売られているナスは大ぶりの丸ナスが多く、大ぶりのピーマンはbell pepperもしくはgreen pepper(グリーンペッパー)という名前で売られている。ピーマンより苦みが弱いことが特徴だ。
C絵さん
前述のエノキダケを筆頭に、現地でよく使われるマッシュルーム以外のキノコ類は総じて高値だ。ホクトのエリンギは、アメリカで生産されたものが1袋4.99ドル(約700円)で売られている。
D子さん
アジア圏への輸出が好調な日本産の果物だが、一年を通して温暖なカリフォルニア州では高品質なフルーツが豊富に手に入るため、D子さんの発言通り遠い国からの輸入品のニーズがあるかは疑わしい。ただ、日本発祥のリンゴ「ふじ」は甘い品種として大変人気があり、米北西部のワシントン州を中心に大量に栽培されている。
野菜を買うなら韓国・中華系スーパー?
物価高騰のなか、限られた食材で工夫を凝らしつつ生活を送る在米日本人家庭。彼らにとっての強力な助っ人がいる。日系以外のアジア系スーパーだ。
在米邦人の数は、2022年時点で約120万人(日系人は約80万人)とされる。一方で中国人は380万人(中華系は約540万人)、韓国人は170万人(韓国系は約180万人)とされ、より大きな市場を持つ。
アメリカにおけるアジア人の数は、年々マイノリティーの域を超えてきている。米国シンクタンクのピュー・リサーチ・センターによると、アジア系の人口は2010年から10年間で2320万人に倍増し、2060年には4620万人に達する見立てだという。最も大きな人口比率を占めるのは先述した中国系(23%)。続くインド系(20%)、フィリピン系(18%)、ベトナム系(9%)、韓国系(8%)、日系(6%)が6つの主要グループとされ、アジア系人口全体の約85%を占めている(2019年時点)。
全米に約100店舗を展開する韓国系の大手スーパー「Hマート」では、アジア系家庭で親しまれるニラや水菜、そして長ネギなどの野菜、エリンギやシイタケといったキノコ類のほか、日本のメーカーのごま油やソース、マヨネーズなどの調味料なども比較的安く手に入る。日系スーパーより価格が安いことも多く、供給量の豊富さを感じさせる。
カリフォルニア州を中心に全米で58店舗を持つ台湾系スーパー「99ランチマーケット」の精肉・魚介コーナーでは、アメリカでは珍しい牛や豚の薄切り肉、水槽に入った活魚などが売られ、多くのアジア系の買い物客でにぎわう。
野菜売り場では、チンゲンサイやチャイニーズブロッコリーと呼ばれるカイラン菜、サイシン(菜心)、パクチョイなどの中国野菜が大袋で売られている。これらはメキシコや中南米からの輸入品や、カリフォルニア州のアジア系農家が栽培したものだ。ちなみにアメリカ政府の農業センサスによると、アメリカ農業人口におけるアジア系の割合は1%未満だという。
これらのアジア系スーパーでは、主に和食に使うシソやミョウガなどの薬味は手に入らない。日系スーパーで売られるシソは10枚1.8ドル(約250円)、ミョウガは1パック6.5ドル(約930円)と高価格のため、自宅で栽培する日本人も少なくないようだ。
オーガニック野菜の輸出に商機?
もう一つ、アジア系スーパーで手に入りづらいのが、近年アメリカでも関心が高まっている有機野菜だ。アメリカのオーガニック食品市場の成長率は右肩上がりで、2020年には前年比12.8%増の564億ドル(約8兆円)に達した。政府も農家の所得倍増のため、付加価値となるオーガニック認証の取得を推奨している。
しかし、有機のアジア系野菜の市場規模はわずかだ。先述の台湾系スーパーの売り場を見て回ったが、organic(オーガニック)と掲げられた生鮮野菜は一つも売られていなかった。
その事実に着目したアジア系移民3世の若い農家が、ターサイや長ネギ、日本のキュウリなどを有機で栽培し、主にレストラン向けに高品質・高価格のものを販売する事例が生まれた。
日本とアメリカは、「有機JAS」または「米国有機規格(NOP)」で格付けされた農産物を、定められた手続きをすれば両国内でオーガニック食品として販売できる「同等性相互認証」を成立させている。これにより、認証を取り直すことなく互いの市場に容易に出荷できるとされている。
先ほどの若い農家の例のようにレストランを販路として考えると、無視できないのは価格帯だ。アメリカ国内の和食店のうち7~8割が非日本人による経営で、安価な中国産などの食材が使われることが多い。一方で、和食のコアなファンを抱える高価格帯の和食店では「本物志向」が歓迎され、日本直送の海や山の幸が売りになっていることも多い。日本産有機野菜のニーズが生まれやすい場所といえよう。
しかし、需要のボリュームで考えると、和食のイメージである「エスニック」の垣根を越えていきたいところだ。
日本貿易振興機構(JETRO)によると、みそや米酢、ゆずジュースなどは、和食店以外のレストランでもニーズが高いという。確かに非和食店でも「Miso(みそ)」や「Rice Vinegar(米酢)」と記されたメニューが多く、yuzu(ゆず)を使った菓子や調味料は近年よく見るようになった。日本食以外でも利用シーンのある和食材は、アメリカ国内の食品商社などを通して輸出先を開拓する甲斐があるのではないか。
厳しい食品規制と農薬基準がハードルに
国産農林水産物の輸出額は2021年、農林水産省が掲げる目標の1兆円を超えた。新型コロナウイルス流行後の外食需要も回復傾向にあり、長引く円安も農産物輸出の追い風となっている。しかし、その道は決して緩やかとはいえない。
アメリカの食品規制は、「世界でも高い水準にある」(JETRO)とされる。約15年前、中国産の輸入ペットフードによるペット大量死などの事件を契機に食の安全性が社会問題となり、2011年に米国食品安全強化法が制定された。輸出国の食品関連施設に食品医薬品局(FDA)の査察が入る際の確認項目が増えるなど、輸入食品に関する規制も大幅に強化された。
現在の植物検疫条件は作物によって異なり、たとえばリンゴは定められた低温処理、消毒処理などが求められ、イチゴやナガイモ、ミョウガなどはアメリカが発給する許可証が必要だ。ブドウ、モモ、サツマイモなどは輸出が禁止されている。畜産物でアメリカに輸出できるものは、牛肉、鶏卵、牛乳・乳製品に限られている。
農薬の使用基準も日米間で異なる。たとえば日本では一般的にナシやリンゴなどの防除に使われているクロルピリホスは、アメリカ国内での使用と同薬剤を使用した食品の輸入が2022年から禁止されている。アメリカだけではなく、EU諸国でも農薬使用基準の強化が進む傾向にある。
ほかにも高騰する輸送費用の負担やコールドチェーン拠点の整備など、障壁は少なくない。一方で、流行に敏感なサンフランシスコやニューヨークといったアメリカ大都市の消費者の歓心を得ることができれば、世界的な日本食材のブームを作れるという夢がある。
使い古された言い回しではあるが、海外の消費者が求める価格や質量、規格を理解し、ニーズに合った輸出をすることが鍵だと、海外で暮らすなかで実感している。
【参考】
日本からの輸出に関する制度|日本貿易振興機構(JETRO)
https://www.jetro.go.jp/industry/foods/exportguide/
米国向け農林水産物・食品の輸出に関するカントリーレポート(pdf)|日本貿易振興機構(JETRO)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/agriportal/platform/us/pf_lag.pdf