隠れたブドウ王国、大阪
一般的に農業が盛んなイメージはあまりないかもしれない大阪府だが、実は100年以上前からブドウが栽培されてきた歴史がある。令和4年度のブドウの出荷量は全国7位の3680トンにのぼる。
(出典:農林水産省「作物統計調査 令和4年産日本なし、ぶどうの結果樹面積、収穫量及び出荷量」)
主な産地は大阪府東部の柏原市や交野市、羽曳野市、太子町などだ。これらの地域は、水はけの良い斜面地で日当たりも良い土地が多く、比較的雨量が少ない地域のためブドウの栽培に適している。大阪市という大消費地が目の前にあることもあり、長年にわたってブドウが栽培され、親しまれてきた。ワイン用というよりは食用が中心で、現在はデラウェアや巨峰をはじめ、ピオーネやマスカット・ベリーA、シャインマスカットなど、さまざまな種類のブドウが生産されている。
50年前に始まった新品種の開発。開発から25年で、一度は開発を断念
三輪さんが所属する環農水研の前身「大阪府農林技術センター」でオリジナル品種の開発が始まったのは1973年。巨峰とブロンクスシードレスをかけ合わせた品種だ。種なしで粒の大きさは2センチほど。実が色づき始める時期の気温によって果皮色が変化する特徴がある。黄緑、黄、薄紅など、栽培時期によって色合いが大きく変わるという。
開発が始まった当時は、果皮色が均一ではない、着色不良が懸念事項とされた。巨峰は黒、マスカットは緑など品種特有の果皮色が明確な中で、オリジナル品種は着色不良と認識されてしまう点が問題となった。また、種なしにしたり粒を大きくしたりする「ジベレリン」が当時は使用できなかったことも開発のネックになった。これらの理由から取り扱いが難しいと考えられ、新品種の開発を断念。原木は1998年に伐採されてしまった。
わずかに残った苗からの複製樹で復活! 品種登録へ!
その後2000年代に入り、農業を取り巻く環境が変化する中で、生産者や関係者から大阪オリジナルの品種がほしいという声が上がり始めた。そこで注目されたのが、一度は開発を断念したあのブドウだった。すでに研究所に原木は残されていない。幸運にも、現地栽培試験として府内の生産者が育てていた複製樹の存在がわかった。環農水研は生産者から穂木(ほぎ)を譲り受け、再生に着手した。2011年の出来事だった。
以前は販売するうえで障害になると考えられていた果皮色の変化も、色の変化をオリジナル品種の個性や特徴として売り出せばいいのではないか、という声が環農水研の関係者のほか生産者からも多く聞かれるようになった。さまざまな分野で多様性を楽しむ空気が醸成されてきたことも、開発再開の要因となった。社会の時流がブドウの評価を変えたともいえる。
また、開発当初に比べていろいろな栽培技術が確立されてきたため、当時より果粒を大きくすることに成功した一方で、思わぬ苦労もあった。再定植後に、ウイルスに感染していることが判明したのだ。
弱毒性で栽培上はそれほど問題にならない可能性もあったものの、生産者にウイルスフリー苗を提供するためウイルスフリー苗の作出を行った。
ウイルスを除去するために熱処理したブドウの生長点を摘出して培養し再生個体を作出する、茎頂培養という方法が用いられた。0.2ミリメートル程度の生長点からの個体の再生になるため非常に難しく、3年もの歳月を費やしたという。
開発再開から6年後の2018年、大阪オリジナルのブドウは、ついに品種登録に至り、ようやくこのブドウに名前がつけられた。多くの人に愛されるおいしいブドウになるよう「Popular Nice Taste」の頭文字を取って「ポンタ」と名付けられた。
色合いを変えていくブドウは、「虹の雫」の名前とともに商品化へ
そして2020年、希望する農家へ苗が配布され始めたポンタは、商品化へ向けて本格的に動き出した。
流れは順調と思われたが、ポンタという名に関して、大手コンビニエンスストアなどで知られるポイントサービスに似ていて紛らわしいという声も一部で聞かれるようになった。よりわかりやすく、親しみやすい名前が求められることとなり、公募をすることになる。
流通を本格化し、広く愛される大阪産ブドウの生産を目指すため、産官連携の「大阪ぶどうネットワーク」は2023年、ポンタの愛称を全国から募集した。790通もの応募の中から選ばれた愛称は「虹の雫」。次々に色合いを変えていくブドウを七色の虹になぞらえ、雫という語感からはジューシーさやみずみずしさが感じられる。このブドウの特徴を捉えており響きも美しい。ぴったりの愛称といえるだろう。
2023年8月18日に大阪市で開催された「大阪ぶどうエキスポ2023」において愛称が披露されると、大阪初のオリジナル品種である話題性とともに色合いが変化するおもしろさも注目を集めた。
競合ひしめくブドウ市場で、虹の雫はどんな位置づけになる?
最近ではシャインマスカットが大人気のブドウ市場だが、虹の雫はどのような位置付けになっていくのか。今後の展望とともに、実際に食べた時の印象についても尋ねてみた。
虹の雫の糖度は通常でも20度、高いものでは23度になることもあるが、もともと酸味が少ない品種のため、しっかりした甘さを感じられるという。香りにも独自性があり、マスカットのようなすっきりした香りとも、巨峰のような濃厚な香りとも異なる、芳醇(ほうじゅん)でフルーティーな独特の香りを持つ。房を手にした時、実を口にした時、豊かな香りが広がるのが特徴だ。果皮の色の変化とともに、香りや味わいも少しずつ変わっていくという。時期によってさまざまな味や香りを楽しめる、奥行きの深さも魅力だ。
大阪府内の生産者のみが栽培し、地元の直売所などでの販売が始まったばかり。新しい品種として、色合いが変化する楽しさとともに味や香りの魅力もアピールしたいが、まだ生産量そのものが少なく、広く流通させるまでには至っていない現状がある。生産者はさまざまな品種のブドウを栽培しており、新品種だけを急拡大できる状況ではないという。
環農水研、大阪府、生産者などの関係機関は互いに連携しながら、虹の雫の生産と消費の拡大を推進する考えだ。虹の雫の栽培を少しずつ増やす一方で、道の駅や直売所などで販売することで一般の認知度向上に取り組んでいく。
2023年現在は、羽曳野市にある環農水研の圃場と生産者の畑をあわせて200本弱の木がある。また、大ぶりで粒の数が多いブドウゆえに粒を間引きする手間がかかるため、省力化する方法についても研究中だという。虹の雫の歩みは、まだ始まったばかりだ。
「これから少しずつ、大阪で栽培されるブドウの一つとして農家さんに選ばれ、生産量が増えていけば良いなと思う。大阪オリジナルの品種として、多くの人に愛される存在になってほしい」と三輪さんは語った。
生産者の中には「シャインマスカットが4番バッターなら、虹の雫は1番バッターになる」と表現する人もいるという。大阪の主要品種である安定のデラウェアや、栽培面積が拡大している大人気のシャインマスカットに置き換わるような品種ではなく、大阪を代表するブドウの一つになることが期待されている。
取材後記
開発断念の危機を乗り越え、50年もの歳月を経て商品化へ進み始めた虹の雫。
ブドウ栽培の長い歴史を持つ大阪だが、初めてのオリジナル品種ということで注目度は高い。新品種の開発が中断される前に携わっていた環農水研のOBたちも、非常に喜んでいるという。知名度の高い品種が割拠する
ブドウ市場で、今後どのような躍進を遂げ、どのように愛されていくのか、虹の雫のこれからが楽しみだ。
【取材協力・画像提供】 地方独立行政法人 大阪府立環境農林水産総合研究所