直近の5年間、卒業生の半数以上が農業に関わる進路を選択
全国に約300校ある農業高校。そのほとんどは公立だが、三重県伊賀市にある「愛農学園農業高等学校(以下愛農高校)」は、数少ない私立校だ。全寮制で1学年の定員は25人。小規模ながら、農業人材の輩出という点で抜きんでた実績を残してきた。今年で創立60年を迎える同校は、直近の5年間でも、半数以上が農業に関わる進路を選択(大学農学部、農業者大学校への進学者も含む)。過疎化、高齢化が著しい限界集落で農業に取り組む卒業生も多く、農村や地域の活性化にも貢献している。
かつては農家出身の子どもが多かったが、現在は3割程度。一人も農家出身者がいない年もあったが、それでも半数以上が卒業後は食や農の分野に進んだという。家庭の事情で全寮制を希望している、農業を学びたいが通える範囲に農業高校がない、見学に来て学園の雰囲気が気に入ったなど、入学を希望する理由はさまざまだ。
「3.11以降、安心・安全な食べ物を求める方が増え、有機農業を実践している本校への関心も高まってきたように感じます」と教頭の泉川道子さん。
愛農高校は農業高校ではあるが、農業人材の育成・輩出そのものを教育の目標に掲げているわけではない。「農業は平和な暮らしを実現するためのツールの一つと考えています」。生徒たちは、持続可能な農業の実践、日々の食事、仲間との共同生活、聖書の教えを通じて、周囲の人や自然と互いに尊重し合って生きることを体験的に学ぶのだという。
カリキュラムではない。暮らしの中に農業がある。
そんな愛農高校で、結果的に多くの卒業生が農業の道を選ぶのはなぜだろう。他の農業高校にはない特別なカリキュラムが組まれているのだろうか。
「強いて言えば、暮らしの中に農業があるということでしょうか。普通教科のほかに、1年生は作物、野菜、果樹、酪農、養鶏、養豚の6部門をローテーションし、2年生になるとそのうち一つの部門を選択して専門的な知識や技術を学んでいきます。
現在、学園ではコメ、野菜、果樹のほか、豚100頭、ニワトリ1000羽、牛6頭を育てていますが、その世話は生徒たちに任された大切な仕事で、授業時間内で完結するわけではありません。酪農部は毎朝5時半から搾乳が始まりますし、夏休みには3年生が学校に残って朝4時半から畑仕事に取り掛かります。カリキュラムや時間割に合わせて世話をするのではなく、家畜や作物を育てることを軸とした暮らしを送っているのです。これは全寮制だからこそできることかもしれませんね。
その中で生徒たちは、トマトが赤くなるまでにはいつ何をすべきか、ニワトリはどうやって卵を産むのか、家畜の出産についてなど、教科書に書かれていないこと、失敗や廃棄処分などつらい現実も含めて、実に多くのことを体験的に学んでいきます」(泉川さん)
日々の農作業、家畜の世話などは、先生たちが主導しているのではなく、生徒が主体的に活動しているという。
「厳しい規律で生徒を管理するということでもありません。やるべきことはすべて上級生を見て覚えていくので、3年生になる頃には、一通りの仕事ができるようになります。大人が手取り足取り教えなくても、子どもたち同士で学び合っていくのです」(泉川さん)
生徒たちが育てた野菜や畜産物は、そのまま日々の食卓に並ぶ。「食堂で使う食材の7割は生徒たちが育てたものです」。うまくできてもできなくても、すべては自分たちに返ってくる。育てる大変さを知るからこそ、食のありがたさも実感できるといえるだろう。
経営計画から収支決算まで。経営を意識しながら日々の作業に向き合う
愛農高校では、自分たちの農業を持続していくための経営計画を立てることも生徒たちに任されている。毎年4月、部門ごとに3年生が中心となり、前年度の収支決算をもとに一年間の作付け量や必要経費を割り出して経営計画を発表。年度終わりには、収支決算の結果発表を行っている。
「今年は台風が来たから一部の区画の稲が全滅だったとか、養豚部の生産部門は飼料代の高騰で赤字だったが、加工部門の売り上げが伸びて利益が出たとか、部門ごとに振り返ります。ここで大事なのは、計画通りに遂行できれば評価されるということではありません。漫然と活動をするのではなく、常にコストや売り上げなど経営を頭に入れながら日々の仕事に向き合うことの大切さを、生徒と共有しています。
だから、自分たちの育てた農畜産物が、天候による生育不良、病害、管理不足など、さまざまな要因で廃棄処分になると、生徒たちはものすごく落ち込みます。もったいないというのもありますが、売り上げの低下につながる事態を、すべて自分たちの責任として引き受けるからです。先輩たちは同じミスを繰り返さないよう、後輩たちには真摯(しんし)に指導や声掛けをしています」
経営改善プロジェクトで試行錯誤を促すのは、先生たちのファシリテーション
また、経営計画だけでなく、経営改善に向けたテーマを部門ごとに設定し、研究や調査を行う「プロジェクト」も毎年行われている。
たとえばある年の養豚部は「飼料米」をテーマに設定。トウモロコシを中心とした穀物飼料のうち15%を飼料米(飼料代の高騰を意識して自給にも挑戦!)に替えて飼育し、肉質や味を検証した。
もちろんプロジェクトによっては、期待したような結果が出ないこともあるし、結果が出るまでに時間を要するテーマだったために、検証し切れないまま1年が終わることもある。決して最短距離の効率的な学びではないが、研究に真摯に向き合い試行錯誤した過程を何よりも大切にしている。
今年の11月に行われる収穫祭でも、作物部は収穫した小麦から麺を打ち、ラーメンを販売しようと計画しているそうだ。生徒たちの「やりたい気持ち」を尊重しながら、そこに気づきや学びが生まれるようサポートしていく。
「上手にファシリテートしていく先生が多いですね」(泉川さん)
農家の暮らしを3年かけて体験。思い通りにいかない悔しさや挫折も、農ある暮らしの豊かさも。
作物や家畜の世話が中心の生活をする。経営計画に基づいて営農する。経営改善のための試行錯誤を続ける。それはまさに、実際の農家の暮らしを3年かけて疑似体験しているようなものだ。その過程で、思い通りにいかない悔しさや挫折を経験し、自分なりに頭を働かせ手を動かし続けることが明日の糧になっていくことを学ぶ。
「すごくお金もうけができる生き方ではないかもしれません。でも、豊かな自然の中で仲間と一緒に働いて食事をする、そんなささやかな営みに喜びや豊かさを感じられるようになるんです。同じ価値観を共有しているので、卒業してからも同級生や先輩・後輩の結びつきはとても強いですね」
その言葉通り、1年生と2年生で1週間ずつ行われる泊まり込みの農家研修や、卒業後に希望者のみ選択する「専攻科」と呼ばれる1年間のファームステイは、卒業生の家庭に世話になることが多い。生徒たちはそこで、先輩たちのリアルな暮らし方や生き方を目の当たりにする。
卒業生は今。福岡の花き農家、天本頼主さん
~経営者となった今、先生方の教えが身に染みています~
2014年に愛農高校を卒業した天本頼主(あまもと・よりちか)さんは、現在、福岡で花き農家をしている。中学3年生の夏に参加した宿泊体験が愛農高校での最初の思い出だ。「ニワトリを屠畜(とちく)して食べるという実習を通じて、普段食べているものがどういう経緯で食卓に並ぶのか興味を持ちました」
高校時代、自由時間は音楽を楽しみつつも、農業のイロハを体で学んだ。
「それまではすごく短気で、うまくいかないことがあると感情を爆発させていたんです。でも農業を学ぶ中で、うまくいかないことには必ず原因があり、それを分析したり把握したりできるようになりました」
卒業後は「学校とつながりがあると甘えが出るから」とあえて専攻科に進まず、一研修生として先輩農家の下で2年間修業。農業に向き合う姿勢を厳しくたたき込まれた。地元に戻り就農して8年。今では、農園の代表者として経営に携わる毎日だ。
「経営者となった今、当時、先生たちに言われた言葉や自分たちが毎日やっていたことの意味や価値が、ジワジワ身に染みてきました。『農業者たる前に人間たれ』という創立者の小谷純一先生の言葉を、今まで以上に、かみしめています」
ようやく時代が愛農に追い付いてきた
就農者が減り続けている今、農業の新たな担い手を増やすには何が大切なのだろうか。
泉川さんにたずねると、「つながり合い、ではないでしょうか」という答えが返ってきた。
「一人一人が自立して、考えて、できることをやる。でも一人ですべてを負うのではなく、大事に思っていることを共有し合い、助け合えるコミュニティを作っていく。地縁血縁だけではなく、同じ価値観を持つ移住者が集まって地域を盛り上げたり、新たに農業法人を立ち上げたりする動きは少しずつ増えているように思います」
今はまだ、その一つ一つは小さな点かもしれない。しかし、それはいつか線となり、社会を変えるうねりを起こすこともあるだろう。
2022年、愛農高校が受賞したグッドデザイン賞(学校教育プログラムとしては初めての受賞)は、まさにその兆しのような出来事で、その余波は1年越しで当編集部まで届いてきた。
学園を訪れた人からは、「ようやく時代が愛農に追い付いてきた」と言われることがあるそうだ。60年ブレずに続けてきたことが今、最前線の教育や農業のあり方として改めて評価されているということだろう。
【取材協力・画像提供】愛農学園農業高等学校