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「DASH村」に魅せられ、自らコミュニティ農園を設営。新規就農3年目で見つけた「新しい農のカタチ」

「DASH村」に魅せられ、自らコミュニティ農園を設営。新規就農3年目で見つけた「新しい農のカタチ」

憧れをもって就農したものの、やりたいことと収入が釣り合わないー。新規就農者の多くが最初にぶちあたる壁がこのギャップではないだろうか。自身が掲げる理想の在り方と、生活のための収入の確保はなかなか一致しないものだ。自分1人で無理ならば、同じ志を持った仲間が集まれば形になるのではないか。そんな考えを抱き、「新しい農のカタチ」を実践する新規就農3年目、27歳の若手農家に取り組みの全容と展望を聞いた。

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農家になりたい! きっかけは「DASH村」

福岡県うきは市は、名水100選に選ばれるほど良質で豊富な地下水がある地域だ。

この地で「新しい農のカタチ」を実践するのが、ハミングファーム代表、池尻翔太(いけじり・しょうた)さんだ。池尻さんは、いわゆるサラリーマンの家庭で生まれ育ったのだが、幼い頃に楽しみに見ていたテレビ番組「THE鉄腕DASH」の人気コーナーである「DASH村」が人生観に大きく影響していると語る。

企画の面白さはもちろんのこと、生活に農があるとなんて豊かなのかと魅了され、自然と農業に興味をもった。高校卒業後は大学の農学部への進学を目指したが現役ではかなわず、予備校に通うこととなった。予備校時代によく調べてみると、進学希望の学部は研究に重きをおいていたことに気づき「自分は研究がしたいのではない、現場に出て実践がしたい」と両親に相談した。両親はもちろん猛反対だ。

「もう勘当もんですよね。進学のために予備校まで通わせてもらったのに、予備校も大学進学もやめて就農したいって。両親に合わせる顔がありませんでした」という池尻さんだが、気持ちは前を向いていた。

「そこからバックパッカーになり全国回ってそれぞれの地域の農家さんに雇ってもらいました」

両親もまさか、バックパッカーとして全国の農家の元へ勉強に行くという言葉が返ってくるとは予想だにしなかったことであろう。

その後、全国を渡り歩きさまざまな地域の農家へ短期就農し、まさに生きる実践を積み上げてきた池尻さん。最も印象に残っているエリアを問うと「群馬県にある石田観光農園」だという。

「それまで慣行栽培の畑で作業性や収益性をいかに上げるかという現場で働いてきた中で、こんなにお客さんに対してダイレクトに農の楽しさを伝えることができるんだという驚きとともに、従業員もお客さんも楽しく過ごしているこの環境こそが、幼き頃から理想としていた『DASH村』のようだと思えた」と池尻さん。

自分が理想とするカタチが見つかったならば、あとは故郷に戻り、それを実現するのかと思った筆者だが、池尻さんはその後すぐにアメリカに渡ったというから驚きだ。

「元々は1年間のバックパッカーを終えたら、農業学校に入って農業経営者としての勉強をする予定でした。そんな中、観光農園の社長が農業学校に行くくらいなら、アメリカに渡って農業の知見をもっと広げてきたらどうだろうか、と勧めてくださったんです」(池尻さん)

アメリカ研修(JAEC)のOBでもある社長に研修先を紹介してもらい、次はアメリカに渡ることとなった。

アメリカでは、CSA(Community Supported Agriculture)という概念を学び、地域と農業者の適切な関わり方、そしてモデルを学ぶことができた。

CSAとは、地域コミュニティが農園のサポーターのような形となり、先払いで農園の野菜を購入するシステム。農家側はフードロスの削減や売り先の確保ができ、虫食いや形にとらわれないためこだわりを追求することもできる。一方で、購入者側にとっても生産者の顔が見えて安心であり、鮮度の良い野菜を入手出来るなどのメリットが生まれる。

CSAの栽培方法として、安心安全を伝えるための一つの手段がオーガニックだった。このため、アメリカではオーガニック栽培も学ぶことができたと、池尻さんは振り返る。

ぶちあたった、独立就農の壁

群馬県で理想とする農業の在り方について学び、アメリカでCSAを学んだ池尻さん。まだまだ販売面での知識や経験が浅いと思い、帰国後は東京の八百屋に就職し、仕入れや販売を通じて青果物を取り扱う事の大変さ、難しさを学んだ。

1年半働いた後、コロナや家庭の事情が重なり帰郷することとなった池尻さん。いよいよ故郷の福岡へ戻り就農へ向けて動き出したが、元々農業従事者の家庭出身ではない。土地探しなど苦労は絶えなかった。

ツテを頼ってどうにか借りることができた畑で最初に作ったのは、肝いりのオーガニック野菜。こだわりの食材を扱う飲食店数点と直売所に卸したが、売り上げはスズメの涙程度だったという。

自分の“こだわり野菜を栽培する労力”と、収入が釣り合っていなかったのだ。

品種は味の良いもの、栄養価が高いものを厳選し、栽培方法も無農薬、無化学肥料にこだわったが、それがあだとなった。作物のできにこだわりすぎたあまり、少量しか収穫するとこができず、ニッチな野菜を求めているコアユーザーを販路として持っていなかったと振り返る。

ここで二つの選択肢が生まれた。認めてくれる人が現れるまでこだわり抜いた野菜を作り続けるか、あるいは、まずはこだわりを多少排除して慣行農業をやり、栽培技術を上げて顧客を獲得するという土台を固めていくかだ。

「いろいろ考えましたけど、僕自身の最優先事項は農業は続けたいってところだったんです」(池尻さん)

それからは生産する作物をナスや里芋、サツマイモ、ニンジンなどにシフトチェンジし、まずは収益化に努めた。
また生産物を変えただけではなく、作物の栽培方法をオーガニックから慣行に変え、売り先も飲食店、直売所だけでなく加工業者との契約栽培、JA、ネット販売などへ広げていった。また品種の選定基準を、味が最高の物から比較的栽培しやすく食味が良いものに変えていった。

最終ゴールである”自分の作りたい野菜をやりたい農法で栽培する”目標のため、まずは安定した収入を得ないことには、話にならないと踏んだためだ。

ただこのやり方だといつまでたっても最終ゴールにはたどり着けない。

「やりたい農法で栽培するには、純粋に応援してもらえるような農家にならないと」(池尻さん)

1人では無理なことでも複数人、同じ考えをもった人が集まれば今よりは可能性が生まれるのではないかと考え出したのだ。

思い描く新しい農のカタチ

自ら農家となり活動していく中で、農的な暮らし、豊かな暮らしの魅力にどっぷりとはまっていき、今度は、その気持ちを他者と分かち合いたいという思いが芽生えてきた池尻さん。

テレビで見て憧れていたけど一歩が踏み出せなかった、まずは気軽に田舎暮らしに片足を突っ込んで見たい、自分も栽培に関わって安心安全で新鮮な野菜を食べてみたい、そんな思いをもつ方が体験できる拠点になればと、コミュニティ農園を設立する事を決意した。

生産者としても、コミュニティ農園を作り会員を募る事によって栽培前から野菜の販売出口を決める事ができる。出荷規格や市場の需要に左右されないため、栽培方法にこだわる事ができるというわけだ。

まさに農家と消費者のwin-winの関係構築が図れるのではないかと、池尻さんは考える。

まずは2024年に既存の畑の一部を作り変えて野菜作りからスタートするこのプロジェクトは、2025年にはコメを作り、2026年には果樹園を作る。2027年にはコミュニティのベースとなるよう古民家再生を行い、鶏、ヤギ、アイガモ、豚、 牛などを飼育するつもりだ。里村になってきた段階で子供たちを招待し、サマーキャンプなどを行うなど、やりたいことが次から次へと押し寄せる。

DASH村のような理想の里山暮らしを現実の社会で実現するには「個人で頑張るのではなく、皆で協力し合い、喜びを享受し合うコミュニティが必要」と池尻さんは話す。

幼き頃に本能で感じた「生活に農があるとなんて豊かなのか」という思いを具現化するため、自分自身が思い描く理想を具体案として落とし込み、共有する。そこで裾野が広がれば、やっと理想とする新しい農のカタチが見えてくる。

そう思い、コミュニティ農園開拓のために協力者を募り、資金はクラウドファンディングを活用することにした。結果、1カ月半で55名もの応援が集まった。

「ファーストゴール、セカンドゴールは達成しました。あとはもうカタチにしていくだけですね。応援購入してくださったサポーターの方々、プロジェクト達成に向けて一緒に動いてくださった方々に対して感謝しています」(池尻さん)

新規就農者に限らず、さまざまな場面で「こんなはずじゃなかった」という壁には当たる。乗り越えなければならない壁なら少しでも自分がワクワクする方を選ぶ、という勇気を持つ人はどれほどいるだろうか。

我慢することが美徳だといわれた時代ははるか遠くに過ぎ去った。どうせやるなら幼い頃の自分に誇れることを。迷ったらそれを指針にすると案外間違いがないのかもしれない。

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