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確実視されている将来のバター不足。生乳が供給の過剰とひっ迫を繰り返す、国内市場の構造的な課題とは

山口 亮子

ライター:

確実視されている将来のバター不足。生乳が供給の過剰とひっ迫を繰り返す、国内市場の構造的な課題とは

「間違いなく数年後にはまた、バター不足になる」。こう指摘するのは、元東京大学経済学部准教授で日本農業研究所研究員の矢坂雅充(やさか・まさみつ)さん。コロナ禍による需要の減退で、ここ3年、生乳余りが騒がれている。ところが、供給は数年内にひっ迫に転じる可能性が高く、2014年に起きた深刻なバター不足が再来しかねないという。過剰から一転して不足に傾くのは、なぜなのか。日本の酪農に付きまとう構造的な問題を解説してもらった。

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コロナ禍で過去最悪の在庫量に

――「アフターコロナ」といわれるようになり、多くの農産物はコロナ禍による需要の減退から回復してきています。生乳は、コロナ禍の影響をとても強く受けましたね。学校給食が休みになって牛乳の消費が減ったり、業務用のバターの需要が落ち込んだりしました。

生乳は農産物のなかでも特殊です。コロナ禍で需要が落ち込み、脱脂粉乳の在庫が、乳業メーカーの倉庫に史上最高のレベルで積み上がっています。
供給が過剰なのに、生産コストが上がったので、乳価を上げなきゃいけないという状況なんですよね。アフターコロナといわれるけれど、乳価を上げるぶん、需要はある程度落ちるわけです。

2023年度も対策を強化しなければ過剰になっている乳製品が積み増してしまいます。とにかく乳牛の頭数を減らさないと、当座はしのげないということで、乳業メーカーからも乳牛を減らせという声が強まっています。

生乳が不足していたときには、酪農の生産基盤を毀損(きそん)しないようにということを合言葉にやってきたんですが……。

矢坂さん

矢坂雅充さん

酪農はブレーキとアクセルを両方踏んでいる

――コロナ禍の前は、酪農家の戸数がすごい勢いで減っているので、乳牛を増やさないと生乳が足りなくなるという話でした。国が2015年度に始めた増産を支援する補助事業「畜産クラスター事業」が盛んに行われていましたよね。

今も畜産クラスター事業はやっていますから、増頭している酪農家もいるんです。事業を実施する準備として、3、4年前から億単位の資金を手当てして、さまざまな手続きも済ませている。となると、供給が過剰だから事業をやめるとは、なかなかいきません。

そうやって増頭しているところもある一方で、2023年3月から9月までに40万頭を減らすという国の事業もあります。乳牛を殺処分すると15万円が交付されます。
だから酪農は、ブレーキとアクセルを両方踏んでいるわけです。頭数の削減というブレーキと、増頭というアクセル。財務省から、けしからんと言われているそうですが。

そうはいっても、ブレーキかアクセルかのどちらかしか使わずに進んでいくと、副作用がひどい。ブレーキもアクセルも両方踏みながら調整せざるを得ないのが、今の日本の酪農です。

数年後に間違いなくバター不足に

――コロナ禍で落ち込んだ需要は、いつか戻るわけですよね。そうなると逆に足りなくなるのでしょうか?

乳牛の頭数を減らしていますから、数年後には間違いなくまたバター不足になるんです。それは農水省も含めて皆分かっている。母牛に人工授精をしてホルスタインがどれくらい生まれるか、統計データで分かるんです。今は人工授精をするときに、黒毛和種といった和牛の受精卵を移植する比率が上がっています。それもあって、乳牛となるホルスタインの雌があまり生まれません。

そうすると将来、乳牛は相当数が減りますよね。それは分かるんだけど、今、乳製品の在庫を減らすということが避けて通れないので、将来「しまった」と思うに違いないけれど、皆でその道を進んでいるんです。

加工乳嫌う消費行動が脱脂粉乳を余らせる

――生乳はまず日持ちのしない牛乳といった製品にし、残りを日持ちするバターや脱脂粉乳といった乳製品にしますよね。なかでも、脱脂粉乳が最も余りやすいと思います。脱脂粉乳にせず、もっと需要のある製品に変えることはできないのでしょうか?

生乳を処理する過程で、どうしてもバターと脱脂粉乳が出てきます。この二つは昔から片方が余りがちで、アンバランスなんです。

かつてはバターが余った時代もありました。ヨーグルトがブームになったとき、ヨーグルトに使う脱脂粉乳が足りませんでした。今は、バターが菓子やパンに使うと風味がよくなるとして好まれるので、逆に脱脂粉乳が余っています。

牛乳の代わりに、脱脂粉乳を水で戻した加工乳や乳飲料(※)がいいとなれば、脱脂粉乳の需要は増えるんですが。加工乳は安いけれど、人工的だというイメージを抱かれがちで、消費が伸びていません。

数年前に生乳が不足しているときには給食の牛乳は加工乳にしようと農水省が言い始めたことがありました。もしそうなれば、脱脂粉乳の需要は相当伸びます。そのときはPTAなどが反対して実現しませんでした。

私が子供のころは各家庭にスキムミルク(脱脂粉乳)があって、牛乳が高いから、砂糖と一緒に水で溶かして飲んでいました。今は家庭で使うというと、育児用の粉ミルクのイメージくらいしかありません。
ヨーロッパや中国などでは、大人用の粉ミルクもかなり売られています。粉ミルクだと保存がきいて、しかもいろんな成分を入れられます。これはスポーツマン用、これは骨粗しょう症になりにくい高齢者用といったように、赤ん坊からお年寄りまでをターゲットにした商品があります。

※生乳や加工乳を主な原料とし、それ以外の成分も加えたもの。コーヒー牛乳や、カルシウムや鉄分などを加えたものなどがある

牛乳を中心とする消費構造では付加価値の高い乳製品に難しさ

――脱脂粉乳は、どうしても作らないといけないんですか?

バターを作るとき、同時に乳タンパクを豊富に含む脱脂乳ができます。これを保存するには、水分を飛ばして粉にして、脱脂粉乳にしないといけません。
私たちが着ている服のボタンは、乳タンパクの「カゼイン」から作ることが多いんですよ。でも日本の乳業メーカーは、工場の規模が小さいので、カゼインを作るところはあまりないと思います。日本の乳業は、世界的に見れば小さな工場ばかり。

たとえば生乳処理量が100万トンくらいの規模であれば、さまざまな製品を作れます。ヨーロッパやアメリカの工場では牛乳、乳製品も作りますが、それよりも付加価値が高いのがアミノ酸や酵素なんですね。これらの製品は、30年前にニュービジネスとして、拡大していました。利益率が高くていいんです。日本はというと、海外から輸入しています。

もし日本で100万トンの工場を作るとなると、全国の生乳生産量が約700万トンなので、乳業の工場は7つしかいらなくなってしまいます。
日本の消費者は牛乳が好きで、長距離を輸送するとお金がかかるので、工場は全国に点在する。そういう消費構造を踏まえると、生乳からもっと付加価値のあるアミノ酸や酵素を作るという技術が日本では導入しにくい。乳業メーカーは作りたいと思っているでしょうが、輸入した方が安いんです。

脱脂粉乳が余るのであれば、国内でチーズをもっと作った方がいい。国産チーズの割合を現状の約15%から20%くらいに高められれば、脱脂粉乳が極端に余ってにっちもさっちもいかないという、こういう状況は防げるはずです。

チーズの国産化が進まない理由は乳価にあり

――チーズをなかなか国産にできないのは、なぜなのでしょう?

一番大きい問題は、国内外の価格差です。日本の乳価は1キロ当たり100円を超えていて、チーズ用でも80~90円。ヨーロッパの乳価は40~50セント(60~75円)で、日本の2分の1です。為替レートの変動の影響もありますが、日本のチーズ用の乳価もせめて60~70円くらいまで下げないと、勝負にならないでしょう。

もう一つ問題なのは、現在のように生乳が余っているときは、皆チーズを作れと言う。でも、生乳の供給がひっ迫すると、飲む牛乳に回されて、チーズ用に回ってこなくなっちゃうんですよ。すると、チーズを製造する工場の稼働率が下がって、最悪設備を廃棄したり、メンテナンスをやめたりしてしまう。

チーズ用の乳価は安いので、生産者はより高い用途向けに生乳を売りたい。乳価は牛乳用が一番高いので、生乳がひっ迫すると、生産者はチーズ用なんかに売るなと言うわけです。政府も生乳が余ったときは、チーズ用の乳価が魅力的になるように補助金を出すんですが、足りなくなるとやめてしまう。これを何回も繰り返してきたので、乳業メーカーはチーズの製造の拡大に及び腰になっています。

たとえ生乳が足りなくなっても、チーズ向けの生乳を確保しないといけない。その場合、牛乳がちょっと足りなくなる、スーパーに行っても8時過ぎになると棚に牛乳が並んでいないということが起きるかもしれないけれど、チーズ用にきちんと生乳を供給するシステムを作らないといけません。

10年後、20年後に酪農は岐路に立つ

――生乳が過剰とひっ迫を繰り返すのは、何とかできないのでしょうか?

政府も乳業メーカーも生産者も、魅力的な新たな生乳需要を見つけることができなくて、牛の頭数を減らす形で今は進んでいます。じわじわと頭数が減って、酪農家も減っているので、2、3年あるいはもっと早いかもしれませんが、乳製品の在庫が確実に減って不足していく。そうなってから困ったと言って増やそうとしても、回復させるにはまた2、3年かかります。

需給のバランスが大きく波打つのは、政策の失敗です。生乳が余っているという目先の問題を前に皆、身動きが取れなくて、数年先の未来のことよりも現在の問題を解決しないといけない。酪農だけが袋小路に入っちゃったという感じですね。

肉牛なら、エサが高くなって経営が大変だけれども、需要は伸びてきていて、それなりに将来の見通しが立っています。コメは需要が底なし沼のように減ってはいますが、飼料用米をはじめたくさん転作をすることで、酪農ほどの過剰な在庫は抱えていません。

大きな視野でみると、日本の酪農はあと10年後や20年後とかに、岐路に立つはず。選択肢は二つあります。

国内の工場で乳製品を安定して作るためには、最低量の生乳が必要です。たとえば、それは600万トンかもしれませんが、その最低量を維持して、日本でもちゃんと脱脂粉乳やチーズを作るのが一つ目の選択肢。
生乳の需要の核となる牛乳の需要量は、300万トンあります。この300万トンだけを国内で賄って、残りは輸入した原料から乳製品を作ればいいとするのが二つ目の選択肢。

政府が単に手をこまねいて何もせず、後者の道を進んでしまったら、ほとんどの乳製品が輸入に置き換わってしまって、日本の酪農の規模は大きく縮みます。おそらく今の半分以下になってしまうでしょう。

政府がちゃんとしていれば、前者を選んで、日本にもやっぱり乳製品の工場が必要だから、自前で需給を調整しなければいけないとなるはず。そうすると、乳製品で海外産と競争しないといけないので、ヨーロッパやアメリカと同じ「直接払い」をしないといけません。

日本の乳価を、競争のためにキロ当たり60円にするかもしれないけれど、生産者の手取りとなる乳価は120円にしよう、差額は生産者への直接払いにするという政策への転換を迫られるはずです。これから10年、20年かけてそういうふうになれば、日本の酪農は、前者の道で残り得ます。

牛乳の需要は少しずつ減っていますけど、国産のチーズの需要は増えていくといった形で、生乳の需要は増える可能性があるんですね。日本の生乳の需要を安定的に維持する。このことを実現する意義は大きいと考えます。

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