車窓から見える一面の水田
タンザニアのランチは魅力的だ。手ごろな値段で食べられるローカルな食堂では、鶏肉や魚に加えて、豆のスープや野菜などが提供される。トウモロコシの粉を練って作った「ウガリ」が主食として出されることが多いが、ライスに変えてもらうこともできる。食堂を見渡してみると、ウガリを食べている人とライスを食べている人はおよそ半々といったところ。値段は1食あたり150円くらいで、日本人観光客にとっては非常に安く、地元の人々にとっても手の出ない価格ではない。お昼時にはどこの食堂も大にぎわいである。
筆者がタンザニアを訪問したのは約10年ぶりである。肌感覚ではあるものの、以前よりも多くの人々がコメを食べるようになっていることを感じる。経済都市ダルエスサラームや首都のドドマ、ヴィクトリア湖のほとりの街などさまざまな土地を訪問したが、どの食堂をのぞいてもコメが食べられていた。
こうしたコメの多くは、タンザニア国内で栽培されたものだ。稲作といえば日本をはじめとするアジアを想像する人も多いと思うが、実はタンザニアも稲作国でコメがたくさんとれる。そのことでタンザニアは「東アフリカの穀倉地」としてのポジションも獲得しつつある。バスや電車から外を眺めていると、その水田の多さに、異国にいることを忘れてしまいそうになるほどだ。
タンザニアの稲作を支える雄大な自然
今回現地で話を聞いたのは、タンザニア北東部のキリマンジャロ州を拠点に農業技術の普及を行っている栗原一寿さん。稲作の技術指導を行うために、JICAからキリマンジャロ農業研修センター(タンザニア農業省が管轄、以下KATC)に派遣されている。
栗原さんに、タンザニアの稲作について簡単に説明してもらった。
タンザニアでは、稲作の7割以上が“天水”で行われていると言われる。「雨が降って洪水が起きたり川が氾濫したりしたときに、畦(あぜ)を作って水をためることでコメを育てるのが天水農業です」と栗原さん。日本ではあまり見られなくなったが、タンザニアにおいては天水田は健在だ。
天水農業での稲作の課題として、収量の低さが挙げられる。「天水の場合、収量は1ヘクタールあたり2トン程度になってしまう」と栗原さん。この数値はもみベースであるため、精米ベースの収量では2トンに至らない水田も多く、日本の平均の半分にも満たない。それだけで生計を立てることは難しく、栗原さんは「天水の農家さんは、主に自給用にコメを育てています。実際には他の作物も育てているのではないでしょうか」と話す。
また、自然の摂理に任せるしかない天水農業の場合、異常気象のリスクを全面的に背負うこととなる。「雨が降らなかったら収量がゼロになるわけですよね。それなのに化学肥料を投下したり手間を掛けて世話をしたりするわけにはいかず、どうしても粗放的にならざるをえない場所も多い」と栗原さんは言う。収穫も、年に1回のみだ。天水に依存している限り、収量向上には限界があるのかもしれない。
現在タンザニアでは、コメの二期作も行われるようになってきている。7月に田植えをして11月に収穫、12月にも田植えをして4月に収穫といった具合だ。栗原さんによれば、「三期作が可能な土地もある」とのこと。かなり恵まれた環境にあるようだ。
こうした二期作・三期作については、その大半が灌漑(かんがい)農業によるものだと栗原さんは話す。灌漑農業は水へのアクセスが安定するため、天水田に比べて収量増加が期待できる。しかし、水路を整えるなどの基盤整備にかなりの初期費用がかかるのは大きな課題だ。
独自の進化を遂げるタンザニアの稲作
いまタンザニア政府は、単位収量の増加を課題の一つとして挙げている。2000年代に入ってコメ生産量を大幅に増加させた同政府は、東部アフリカおよび南部アフリカへの輸出強化を目指す。また2019年時点で1ヘクタール2トン程度だった単位収量を、2030年までに倍増させる目標を掲げた。
こうした動きを、日本政府も強力に後押ししている。栗原さんが拠点としているKATCは未来の農業普及員を輩出するための研修センターであるが、日本はKATC講師や農業普及員への研修などを通じて、タンザニアの技術力向上に努めている。KATCのほかに日本政府による灌漑技術者の育成や灌漑施設整備の支援も行われており、こうした地域では安定的に水を確保できることから高い収量が望めるそうだ。
しかし、設備を整え日本の技術を伝えれば収量がすぐに上がるかというと、そうではない。今回、栗原さんに話を聞く中で、タンザニアという土地で稲作指導をすることの難しさを強く感じた。
同じ稲作でも、日本とタンザニアでは異なる点も多い。栗原さんがタンザニアの農家へ稲作指導をする際に、「水を効率よく使うために畦を作りましょう」と教えることもあるという。「日本基準では当たり前」のことを広めるための指導も時には必要となる。こうした指導や研修を通して、1ヘクタールあたり2.5トンだった収量が3.2トンまで伸びたケースもあったそうだ。
ただし、日本でうまくいっているやり方を単に広げるだけでうまくいくとは限らない。畦づくり一つとっても、例えば「地域によっては洪水が多発する場所もあります。そこでは逆に排水が課題になるので、日本のように畦を作ると逆効果になりかねない」と栗原さんは語る。
「雨が降っている時に収穫している農家さんを見かけたこともあります。腐敗につながるので日本ではまず見かけませんよね。ただ、その農家さんは何らかの事情があって収穫期に間に合わず取り残されてしまい、鳥害に苦しんでいたようです。しかも今年はエルニーニョの影響からか雨が続いたこともあって、いつまで待てばいいのか分からない。そんな状況の中で、雨天の中でも刈らざるをえない事情があったようです」(栗原さん)。こうした光景を前にして、一般論を述べたり日本のやり方を押し付けたりすることに、あまり意味はないのかもしれない。
田植えは、その最たる例だ。「タンザニアでは、種もみの散播(さんぱ)や点播(てんぱ)などの直播(ちょくはん)も多く見られます」と栗原さん。日本での一般論では、苗床で育てた苗を等間隔に正条植えしていくことが望ましいのかもしれない。しかし、タンザニアでの一般論は違う。「特に天水農業の場合、どれだけ手間をかけても雨が降らなかったらその年の収穫はゼロになる。しかも降雨のタイミングを逃さないようスピーディーな作業も求められます。確実に収穫できるか分からないリスクを負った農家さんを前に、日本でうまくいっているからという理由で押し付けることはできないですよね」
そこで栗原さんは、タンザニア国内の他の地域を回りグッドプラクティス(優れた取り組み)を探しているそうだ。「それらを集めて、アイデアとして蓄積していく。現地の農家さんのやり方を尊重しつつ提案することで、よそ者のアイデアが意外とハマるかもしれない。そんな感覚でやっています」
東アフリカの穀倉地から、世界の穀倉地へ
こうしたさまざまな支援によって確実に進歩しているように思えるタンザニアの稲作だが、日本では起こりえないような大自然のハプニングによって、努力が水泡に帰すこともあるらしい。「水田が象の群れに踏み潰されてダメになってしまったという話を聞いたときは、今までの経験したことや考え方を根底から揺さぶられました」と栗原さんは語った。それでもタンザニアの人々はこうした自然環境とうまく共存してきた。
タンザニアのポテンシャルは限りなく大きい。すでに「東アフリカの穀倉地」としての地位を手にしつつある同国であるが、耕作可能な土地のうち農地として活用されているのはわずか11%(2009年、経済協力開発機構発表)に過ぎないと言われている。灌漑設備が拡大すれば、単位収量の増加も期待できることだろう。稲作について、タンザニアが「世界の穀倉地」となる日がくるのかもしれないと筆者は考えている。