なぜ電鉄会社が、ハンター育成?
近年、アウトドアへの関心の高まりなどから、狩猟免許所持者数(特に10代から40代)が増加しているという。しかし、免許所持者は増えているものの、狩猟者登録をしている人は免許所持者全体の6割程度にとどまり、実際には狩猟をしていない「ペーパーハンター」が増加傾向にある。また、ハンターの多くは高齢化しており、近い将来、ハンター不足に陥ることは避けられないのが現状だ。
鳥獣被害が増える地域と、免許は取得したもののハンターの経験や技術を習得できず次第に意欲を失う若手ハンター。この双方をつなぐことで鳥獣被害対策に結びつけたいと考えた有田さん。小田急沿線には山間地もあることから、「社会課題の解決」を目的とした社内事業アイデア公募制度で採択され、2022年に事業化された。
限られた人だけのものだった「狩猟」を、もっと身近な、日常に取り入れられるものにすること。それこそが、ハンター育成の裾野を広げることになり、鳥獣被害の解決につながると同社では考えている。
ハンターバンクの会員は、サラリーマンから料理人など多種多様
これまでハンターバンクへの入会者は、300人超。しかも、会員のうち、狩猟免許を持っているのは2割ほどで、大多数は免許を持っていないという。
「ハンターバンクの会員さんの多くは、普段は都心で働くサラリーマンです。新鮮なジビエ肉を自分で手に入れて食べてみたいという方、アウトドアの延長で狩猟に興味を持った方から、鳥獣被害の対策をしたいという方まで、参加動機もそれぞれに異なります」(有田さん)
有田さんによると、狩猟免許をいつか取ってみたいという人が、お試し的に参加するというケースも多いようだ。他にも、フレンチやイタリアンなどの料理人や、バルの経営者、ジビエ食材に関心のある人、食育として子どもを連れて参加する人もいるという。
ハンティングの流れを、実地で体験しながら学ぶ
ハンターバンクではレクチャー期間と、独り立ち期間(レクチャー終了後)に分けて講習・サポートを行っている。
レクチャー期間は3カ月間。実際にわなを仕掛け、捕獲・解体までを一連の流れとして学ぶことができる。狩猟道具やわなを監視するトレイルカメラのレンタル料は会費に含まれている。また、わな周辺へのエサまきや、普段の見回りは現地スタッフや協力農家がサポートする。週末にはイノシシ解体体験やジビエBBQなどのイベントを通して、知識や技術を身につけることができる。
4カ月目以降は、講習形式の技術指導やイベント等はなくなるが、チーム単位でのハントや、わなの見回り管理サポートなどは引き続き受けることができる。
「個人で狩猟を始めようとすると、そもそもどんな道具が必要なのかや、わなの設置方法・設置場所の交渉などを自分で学び、行わなくてはなりません。ハンターバンクでは、道具や場所の問題を解決した状態から始められ、実地で学びながら、わな猟のノウハウを身につけることができるような仕組みを用意しています」(有田さん)
3カ月間のプログラム内容は?
3月スタートの15期生のスケジュールを参考に、プログラム内容を見ていこう。
① キックオフミーティングに参加
入会後は、5~6人で一つのチームを作り、チームごとにイベント参加や狩猟を行うため、初回のキックオフミーティングでは、チームメンバーや現地の農家、サポートスタッフなどと顔合わせをする。この日に箱わなの設置も行う。
次回の全体ミーティングまでの間は、コミュニケーションアプリを用いて、トレイルカメラで撮影した映像や、現地スタッフからの報告をもとに、メンバー同士で作戦を立て、現地スタッフに対応を依頼する。
有田さんによると、平日は仕事の合間にわなの様子をアプリで確認し、仲間と情報交換や交流を深め、週末にチームメンバーで現地に出向くケースが多いという。
コミュニケーションアプリ上では、ハンターマニュアルなどのコラム配信や、ジビエ肉の調理方法、料理の紹介などが行われ、事務局と会員間、また、チームメンバー間をつなぐコミュニティとしても活用されている。
② 全体ミーティング(勉強会)
全体ミーティングでは、イノシシの生態や、どういうエサを好むか、捕獲方法などを学ぶ。
また、設置した箱わなを見回り、捕獲にはどのような工夫が必要になるか、チームメンバーで作戦会議を行う。
③ 解体体験
解体体験では、実際にイノシシを解体しながら、解体方法や肉の部位について学ぶ。研修期間中にイノシシを捕まえることができなかったとしても、この段階で解体を体験することができる。
④ ジビエBBQ/ステップアップミーティング
最終週には、参加者同士で懇親を深めつつ、3カ月間のレクチャー期間の振り返りを行う。
ハンターバンク会員の、生の声を聞いてみた!
釣りや自然が大好きで、狩猟の世界も勉強したい!
◯山本祐也(やまもと・ゆうや)さん
1988年生まれの35歳。会社員。
狩猟免許は持っていません。
◯ハンターバンクに入会した背景は?
もともと釣りが趣味で、釣った魚をさばいて食べるのが好きでした。
広告でハンターバンクのことを知りました。海のことは知っていても、山のことはよく知らず、山で捕れる肉はどんな味がするんだろうと思い、狩猟に興味がわいて入会しました。
◯ハンターバンクに入ってみた感想は?
まだ狩猟に必要なことを勉強中ですが、わなの設置方法から、エサのまき方、解体のやり方まで学びました。
設置したわなの様子が、カメラを通してリアルタイムで送られてくるので、参考にしながらエサの設置方法を考えたりと、とても面白い経験ができました。
イノシシが思うようにわなに近寄ってきてくれず、想像していたよりわな猟は難しかったです。ただ、1人ではできないことも、頼もしい仲間と一緒に取り組んでいるので、楽しく続けられています。
また、解体も体験しました。
思っていたよりもイノシシは大きく、時間がかかって大変でした。指導を受けながら解体したのですが、皮の引き方・骨の断ち方・脂身を残す方法など、知識がないとできないと感じました。まだ部位の違いもなかなか判別が付きづらく、繰り返し経験を積んでいきたいと思っています。
◯今後の目標は?
まだ自分の設置したわなで、イノシシを捕まえることができていません。今後は、生きているところを捕まえて、実際に止め刺しを行い、解体しておいしくいただくところまでできるようになりたいです。
鳥獣被害に悩む農家の助けになりたい!
◯松岡正司(まつおか・まさし)さん
1963年生まれの60歳。
会社員をやりながら、趣味で家庭菜園をしています。
ハンターバンク入会後に狩猟免許を取得しました。
◯ハンターバンクに入会した背景は?
趣味で畑をやっていて、ハクビシンやアライグマに作物を食べられてしまうことがありました。実際に鳥獣被害を受けたのをきっかけに、対策のため狩猟に興味を持っていたところ、ハンターバンクを知り入会しました。
◯ハンターバンクに入ってみた感想は?
ハンターバンクは、自分のペースで狩猟に取り組めます。働きながらでも無理なく続けられるので、ちょうど良い温度感だと思っています。
最初のうちは、わなの向きを変えてみたり、エサの種類を変えてみたりと、試行錯誤をしながら、わな猟の勉強を続けていましたが、なかなかイノシシが捕獲できず、いろいろと失敗もしました。今となっては良い経験ができたと思っています。
狩猟についてしっかり勉強ができたので、狩猟免許も取りました。私が所属していたチームでは、7人中5人が狩猟免許を取得しました。中には猟友会に入会した人もいます。
チームで動いているから、仕事などで自分が動けないときも、仲間が助けてくれるのがチーム制のいいところだと思います。行かなくてはならないという義務感がないので、仕事をしながらでも、良い意味で気楽に楽しんで狩猟ができる良さが気に入っています。
◯今後の目標は?
最近はテレビなどでも鳥獣被害について、報道されるようになってきました。
今後は鳥獣被害に悩む農家の助けをしながら、自分で捕ったイノシシ肉などを、仲間で楽しんで食べることができればいいと思っています。
ハンター不足解消と鳥獣被害削減の両輪を目指して
狩猟の世界は、外からの参入が難しい業界だ。興味を持ったとしても、狩猟に必要な知識や経験の習得、実践場所の確保など簡単にできるものではない。
ハンターバンクはその障壁を取り払い、ハンターになりたい、狩猟をしてみたい人たちの入り口になりつつある。同時に、鳥獣被害の削減にもつなげるという両輪の役割を果たしている。有田さんは「今後、小田急沿線や首都圏に限らず、事業エリアを各地の農村まで拡大し、日本各地のハンター人口を増やしたい」と話す。
わななどの管理を地元の企業に業務委託すれば、鳥獣被害対策事業のビジネス化も可能になる。既に小田急電鉄では、ハンターバンクの現地運営を地域の企業と連携して実施することで、収益を地域内で循環させることにもつなげている。ハンターを増やしながら、地域の経済活性化に貢献できるハンターバンクの取り組みは、鳥獣被害対策に課題を感じる地域にとって、課題解決に向けた新たな選択肢となることが期待される。
【取材協力・画像提供】小田急電鉄株式会社 ハンターバンク事務局