一枚のはがきがもたらした鹿児島と青森の縁
鹿児島県さつま町は、南九州最大の大河である川内川が町の中心を流れ、初夏になるとホタルが飛び交う風光明媚な土地です。基幹産業は農業で、米やトマト、里芋、カボチャ、南高梅、ミカン、キンカン、タケノコなど、多彩な品目が栽培されています。
一方、青森県鶴田町は津軽平野の中央に位置しており、農業では稲作とリンゴ、フドウ栽培が盛んな地域。フドウ品種のスチューベンは、作付面積・生産量ともに日本一位です。
2つの町は九州の南側と本州の北端エリアと遠く離れていますが、平成9年には姉妹盟約を、平成22年には友好交流協定を締結して交流を重ねてきました。きっかけは、一枚のハガキがもたらした小さな偶然からです。
さつま町は平成17年に旧宮之城町と旧鶴田町、旧薩摩町が合併して誕生した町です。さつま町の一部(旧鶴田町)エリアは、かつては青森県鶴田町と同じ町名だったことから、平成4年に鹿児島の鶴田町役場が送った税務の通知ハガキが、配達不能で返送される際に誤って青森県鶴田町に届いてしまったとのこと。それがきっかけとなり交流が始まりました。
お互いの祭りに特産品を持って行って販売したり、さつま町(旧鶴田町)の五ツ太鼓祭りを教えに行ったり、青森のねぶたを寄贈されたり、人や特産品、文化の往来がありました。
「私は旧鶴田町役場時代に、物産館を担当していました。青森県鶴田町のリンゴを扱っている中で向こうの農家さんの人手不足や苦労を知るようになりました。私が住んでいる地域の定例会メンバーで2年に一回旅行をしていたのですが、『せっかくなら普通の旅行じゃないことを企画しよう』『青森のリンゴ農家さんが人手不足なら手伝いに行こう』と収穫応援旅行をすることになりました。」(さつま町むつみ会援農協議会 寺脇さん)
平成29年に、寺脇さんを含めた17名のメンバーで青森へ。丸一日リンゴの収穫を手伝いました。
「鹿児島に住んでいると、リンゴがなっているところを見る機会なんてないですよね。すごくいい香りがするし、はじめて見るリンゴに一同感動していました。」(さつま町むつみ会援農協議会 寺脇さん)
また、最終日夜の交流会でさつま町(旧鶴田町)に咲いているヒガンバナの写真を参加したメンバーが見せたところ「青森には自生していないから球根を送ってほしい。」とお願いされたそう。翌年、平成30(2018)年から球根を送り始めて、以来6年間ずっと送り続けています。そのお礼に青森のリンゴや特産品が届く、親戚付き合いのような交流がずっと続いてきました。
ヒガンバナが植えられた富士見湖パークは、青森の夏の終わりの新たな風物詩として注目を集めています。球根を植える中心メンバーの瀬戸さんは「北限のヒガンバナ群生地を目指したい。」と意気込んでいます。
労働産地間連携が、お互いの新たな発見に
その後もまたリンゴ収穫応援に行こうと計画していましたが、新型コロナウイルスの影響もあり中断していました。コロナが落ち着いて「そろそろ計画しよう」と考えていた矢先、令和4年度末に農林水産省の労働産地間連携等推進事業の話を聞いて活用することに。さつま町のミカン農家や農政課果樹担当などのメンバーで「さつま町むつみ会援農協議会」を発足して計画を進めます。両地域で今後一層深刻になる労働力不足への解決策を模索する狙いもありました。
「リンゴを見たことのない鹿児島のミカン農家、ミカンを見たことのない青森のリンゴ農家がたくさんいます。現地に行き収穫を手伝う体験が、お互いにとっての新たな刺激や発見につながるのではないかと思いました。」(さつま町むつみ会援農協議会 寺脇さん)
青森県鶴田町では、町役場の農業担当部局の方が町内のリンゴ農家へ打診し、鹿児島県さつま町では、「新生ミカン生産団地」のミカン生産者が受け入れを担当。実施にあたっては、農繁期はどちらも秋であるため、タイミングのすり合わせに苦労しました。
「リンゴは、毎日収穫して市場や農協に出しているようです。出さなかった分は貯蔵していて、収穫が終わった後も少しずつ販売しています。だからリンゴ農家さんは収穫のピーク時以外もずっと仕事があるので予定を開けるのは大変です。」
それに対し、ミカン農家には収穫量の多い表年と、収穫量の少ない裏年が交互に繰り返されることが多く、表年になった時には人員の確保に苦労していました。
調整を重ねてタイミングを図り、鶴田町では11月10日~16日、さつま町では11月25日~12月1日にかけて実施。鶴田町からは5名、さつま町からは8名が参加しました。
気候や収穫・運搬方法の違いに刺激を受ける参加者
収穫支援の参加者は、リンゴとミカンは同じ果樹でも収穫方法や扱い方、運搬方法など数多くの違いがあることに驚き、発見になったと話しています。
リンゴは傷を付けてはいけないので、下に転がしたり置いたりはせずに、収穫したらかごに入れて丁寧に扱います。それに対して、ミカンは収穫したら袋にまとめて入れておき、コンテナに入れるときは転がしてガラガラと移します。だから鶴田町の人たちは「こんな風にミカンを転がしていいんですか。」と驚いていたそう。作業車両もミカンの果樹そばまで乗り付けるなど、運搬方法も大きく違いました。
「気候も全然違いますよね。11月の青森はマイナスになる冷え込みで、リンゴをもぐときに、上に積もった雪が落ちてきます。2~3時間も作業していると手が動かなくなったようで、参加者は体験して初めて知る苦労があったと話していました。」(さつま町むつみ会援農協議会 寺脇さん)
最終日の晩に行われた交流会では、害虫の駆除や草刈り方法など、農業技術の話題でも盛り上がったそう。普段接する機会のない、気候も作物も違う地域のノウハウを知る貴重な機会となりました。
信頼を生む交流が、産地に新たな風を吹き込む
「収穫を手伝ってもらった農業者たちも、いい仕事をしてもらったと非常に喜んでいました。そして何よりも、初めてリンゴやミカン収穫を体験する感動が何物にも代えがたいですね。タイミングや費用などさまざまなハードルはありますが、今後も何かしらの形で地域交流は続けていきたいです。」(さつま町むつみ会援農協議会 寺脇さん)
今回の事業とは別に、さつま町と鶴田町との交流で生まれたものに「葡萄(ぶどう)のお酒フィレール」があります。
「鶴田町の町長さんから青森のスチューベンで焼酎作ってほしいという依頼があり、さつま町の老舗・軸屋酒造に相談をしながら、スチューベンと焼酎の両方の良さを生かしたリキュールタイプのお酒を造りました。」
商品名の「フィレール」はフランス語で「紡ぐ」を意味します。青森の言葉がフランス語のように聞こえること、そしてさつま町と鶴田町それぞれの特産品を紡いでいくことから名づけられました。
ヒガンバナの風景に収穫支援、2つの町の特産品を生かしたリキュール、一枚のハガキがもたらした偶然が、さつま町と鶴田町に新しい風を吹き込んでいます。根底で支えているのは、決して大規模ではないけれど地道で長い丁寧な付き合いが培った絆でした。
少子高齢化で各地域の農業従事者が減っていく今。労働力不足解消を目的とするだけでなく、お互いの文化や農業技術を尊重した付き合いに、これからの農業を考えるヒントがありそうです。
【取材協力】
さつま町むつみ会援農協議会
【農業労働力産地間連携等推進事業に関するお問い合わせ】
株式会社マイファーム
農業労働力確保支援事務局
MAIL:roudouryoku@myfarm.co.jp
TEL:050-3333-9769