土づくりのための資材をメーカーに提案する“知恵と工夫”の農家
福井県坂井市の三里浜砂丘地は、その名の通り昔は砂だらけの土地だった。しかし昭和40年代から土地改良事業が始まり、畑地が造成されて以来、ここでは長くラッキョウなど砂地に向く作物が作られている。現在は近くを流れる九頭竜(くずりゅう)川からパイプラインが引かれスプリンクラーが設置されたことで農業用水の心配がなくなり、区画ごとに防砂ネットも張られ、農地として活用できるようになった。
このように基盤整備された畑ではあるものの、他の地域と同様に高齢化と人口減少の波はやってきているようだ。今はすっかり荒れてしまっている畑もあれば、持ち主が草刈りだけしている畑もある。
そんな中、青々としたニンジンの葉が茂っていたのは、本原農園の畑だ。筆者が取材に訪れた12月は、ニンジンの収穫の真っ最中。そのニンジンはどれもとても形が良く、つやつやとしている。
本原農園代表の中山晋吾(なかやま・しんご)さんは「砂地は石もなく、ニンジンが下にまっすぐ伸びます。おかげで肌質が奇麗で、均質なニンジンがとれる」という。このニンジンは砂地のたまものなのだ。しかも「砂地はニンジンの収穫がしやすい。水はけが良いので、雨が降っても作業ができる」と、砂地の利点を大いに活用している様子だ。周辺でも砂地で根菜を作っている農家がいくつかあるそうだ。
しかし、砂だけが本原農園のニンジンの秘密なのだろうか。確かに畑の土はさらさらしているが、黒々として栄養が豊富そうに見える。そこでさらに聞いていくと、「この畑はこの5~6年、ニンジンの収穫の後に1反(10アール)あたり2トンほどの堆肥(たいひ)を入れています。堆肥を入れたら緑肥をまいて、6月にすき込む。それを繰り返して土づくりをしていますね」とのこと。その堆肥は同じ坂井市内にある和牛肥育牧場のものだ。ニンジンの畑は3.5ヘクタールあるそうなので、70トンの堆肥を使っていることになる。
さらに土壌には保水力アップなどの効果を期待して乳酸菌資材も混ぜ込む。これはもともと福井県に本社があった株式会社ホクコン(現ベルテクス株式会社)が開発した「ラクトプラント」という植物活力剤だ。実はこの乳酸菌資材、中山さんのアイデアで商品化されたという。「もともと育苗時や定植時に葉面散布する別の乳酸菌資材を使っていて効果を感じていましたが、土に入れることができる形態であればもっと生育が良くなるはずと思って、担当者にお願いしたんです」
作物のためなら知恵を絞り、工夫を重ね、努力を惜しまない。その意気込みが開発担当者を動かし、思い通りの資材ができた。今はニンジンだけでなく、ダイコンやカブの畑にも同様に施している。こちらも非常に生育が良く、秀品率も高いそう。「おかげで肥料も減らせます。乳酸菌資材を使っても、こっちのほうが経費節減になる」と中山さんは話す。こうした取り組みを通じて化学肥料の節減だけでなく農薬の節減も行い、本原農園は福井県のエコファーマー認定を受けている。
もとコンビニ社員が農業を志したわけ
本原農園の代表は、先ほども紹介した通り、中山晋吾さんだ。なぜ農園名が名前と違うのかと聞くと「本原は妻の実家の苗字」とのこと。
中山さんはもともとコンビニエンスストアを運営する会社に勤めるサラリーマンだった。農家の娘で看護師をしている妻と結婚したが、婿入りはしていない。結婚当初は妻の実家である本原家の4ヘクタールほどの水田をちょっと手伝う程度。本原家の両親も農業を継がせるつもりはなかった。
しかし、中山さんは農業に可能性を感じ、サラリーマンを辞めて2014年に自ら個人事業主として就農。その理由は「人口減少の中、小売業はパイの奪い合いになる。自分が50歳になった時、会社がなくなっているかもしれない」と思ったからだという。一方で食料生産は絶対必要な仕事であり続けるのに、それをやる人は減り続けている。「良くも悪くも農業には競合が少ないんです」と、勝算を見込んでの参入だった。
農業の知識はやりながら学んだという。農業関係の学校などにも行かなかった。周りの農家や公共機関に聞けば教えてもらえるし、「今はインターネットがあるから調べれば何でもわかる」とも言う。さらに全国の農家に視察に行って学び、試行錯誤を繰り返して技術を高めた。
2017年には義父が代表となって「株式会社本原農園」を設立。2022年には中山さんが同社の代表を引き継いだ。現在、義両親は少し作業を手伝う程度で、経営に口を出すことはない。妻も看護師を続けていて農業にはノータッチ。中山さんと6~7人のスタッフが中心となって営農している。「家族経営の中に他人が入って仕事をするのは大変。うちにスタッフが定着してくれるのは、家族経営じゃないからだと思う」と中山さんは言う。
就農以来、中山さんのもとには農地を引き受けてほしいという依頼がどんどん舞い込んでいる。現在、本原農園の営農面積は水田が45ヘクタール、先ほどの砂地の畑が5ヘクタールほどまで広がった。
もうかる農業のために「量を作る」
中山さんは「量を作る」ことにこだわる。先ほどのニンジンは、1.5ヘクタール分は地元の生協との契約栽培、あとは市場出荷だ。「袋詰めをするのは人件費がかかるので、箱で出す」のが基本だ。
主食用米も年間160トンあまり生産している。これは坂井市のふるさと納税の返礼品にもなっているほか、自社サイトで直販も行っている。しかしやはり7割ほどは仲卸に出荷しているという。「直販が一番利益率が高いというのはみんなわかっていること。でも自分で全部売るのはものすごい労力がかかる。それより大量に相対取引で買ってくれる取引先を選ぶ」と、その考え方は非常に合理的だ。
機械化も徹底している。ニンジンの調整をする大きな機械が作業場に設置されていて、少ない人数でも大量に出荷できる体制が整っている。こうした設備や農業機械への投資も、「競合が少ないからやってやろう」という気になるという。そんな中山さんの経営手腕を見て銀行も融資を決めてくれる。
そうした事業のカンについて、「小売業の時は常に1円単位で採算が合うのかを考えてきた。その時の経験が生きている」と中山さんは話す。
インスタで農園を盛り上げる従業員にも恵まれ、規模拡大へ
本原農園の特徴は「コメづくりだけでなく、ニンジンやダイコンなどの野菜も、メロンやブドウなどの果物も作っていること」と中山さんは話す。おかげで通年仕事があるだけでなく、一つの作物の購入が本原農園の他の作物を知ってもらうきっかけにもなる。そしてリピーターへとつながっていくのだという。
日々の営農の様子は、同社のインスタグラムで発信されている。登場しているのは従業員の一人、いつも満面の笑顔の“坂ティー”だ。そのほか企画や撮影を行う従業員と二人三脚で運営している。「この投稿のおかげで、うちが真剣に農業に取り組んでいる会社なんだとわかってもらえる」と中山さんは話す。
インスタのフォロワーは、消費者や農家が多いが、取引先であることも多いという。これをきっかけに「本原農園は今、こんなものを作っているんだな」と知って商談を持ち掛けてくることもあるそうだ。
農園を盛り上げる従業員たちにも恵まれて、現状の本原農園は順調だ。しかし、数年後はわからないと中山さんは話す。「地域の高齢化はどんどん進んでいます。うちが引き受けないといけない農地は増える一方。しかし、広げたいと思ったときに従業員がいなければ難しい」
働きやすい職場づくりもしているが、若い人材自体が少ない地域だけに、募集をしてすぐに人が来てくれる状況ではない。「事業はヒト・モノ・カネ。お金は銀行も融資してくれるし、お金があれば必要なものは買えます。でも人がいないと何ともならない」
それでも中山さんは今後も経営規模を広げステップアップしていきたいと話す。それはやはり経営がうまくいっているからだろう。
「うちだからうまくいっているわけじゃない。農業は競合が少ないから、もうかる可能性がある。行政や周りの環境も農業を応援してくれている。だから、本気でこれに打ち込もうという気がある人は、ぜひやったらいいと思いますよ」
中山さんの成功を見ていると、農業は地域特性や社会の情勢、そして自分自身の経験や特性も最大限に生かして成功をつかむことができる仕事なのかもしれない、と思えてきた。