本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
都会とは常識が異なる農村という“異世界”。僕はこの地に降り立ち、少しずつロールプレイングゲームのキャラクターのようにレベルアップを続けていた。周囲の農家とうまくコミュニケーションを取る術を身に付け、農地と収穫量も少しずつ増やしていった。
ただ、いまだトラブルは日常茶飯事である。先日も先輩農家のアドバイスを受けて野焼きをしたところ……
なんと近隣住民の通報を受け、消防車が出動する事態に発展! 野焼きをする際は、事前に消防署へ連絡を入れる必要があると初めて知った。ただ、このルールに従っていても周辺住民のクレームが頻発。結局、野焼きを断念するに至ったのである。
異世界でのさまざまなトラブルに加え、なかなか伸びない売り上げに、僕のライフは奪われていく一方だ。そこでライフ回復のために、頼みの綱とも言うべき行政や農協の担当者に頼ることにしたのだが、思いがけない形でダメージを食らうことになるのである。
行政の担当者から補助金の話が!
就農当初は、地域の農家と良好な関係を築くのにかなり苦戦した僕。それでも徐々にコツを掴み、今では大きなトラブルに発展することもなくなった。
むしろ問題なのは、経営面である。いろんな作物を作りながら試行錯誤しているものの、いまだに先輩農家のようには上手に栽培できず、どうしても売り上げが安定しない。その一方で、肥料や農薬、機械などを購入するためにお金が出ていく。会社勤めとの違いを痛感する場面が多くなった。
「野菜を作るのは楽しいけれど、正直、お金の工面はしんどいなぁ……」
そんな愚痴をこぼしながら農作業をしていると、就農間もない頃にお世話になった役場の人が通りがかった。
「平松さん、お久しぶりです。精が出ますね!」
そう声を掛けてくれた竹中さんは、農業振興課に異動してきて5年目になる。うちの役場では3年ごとに部署を移ることが多いから、農業振興課の中ではすでに古参の部類だ。
「いやぁ、大変ですよ。ここ、元々耕作放棄地だったんでね」
と返すと、何かを思いついたような顔をした竹中さん。
「そういえば、耕作放棄地を借りると補助金が受けられる制度があったと思うんですけど、それが使えるかもしれませんよ」
竹中さんに詳しく話を聞いてみると、どうやら町独自の取り組みとして、農業を辞める人の農地や耕作放棄地を借り受けて耕作する場合、補助金が支給される制度があるらしい。ちょうど資金繰りが苦しいと思っていたタイミングだ。少しでもお金を支給してもらえるならありがたい。
「もし補助金の要件に該当するなら、ぜひお願いします!」
そう返答する僕に竹中さんは、
「じゃあ役場に戻って一度調べてみますね!」
と返事をして、笑顔を見せながら帰っていった。
申請後、連絡を待ち続けていると……
後日、竹中さんから補助金の申請が可能だと連絡がきた。役所で簡単な説明を受けた後、「ここに判を押してもらえば大丈夫ですよ」と促され、手続きを済ませた。
しかし、申請からしばらくたっても一向に支給の連絡が来ない。
「まあ、行政のことだから、きっと時間がかかるんだろう」
と僕はのんびり構えていた。そもそも降って湧いたような話である。気長に待つのがいい。
そう思っていたら、ある日地域の農家が集まる会合で、竹中さんと一緒になった。
僕は、竹中さんの姿を見つけるやいなや、補助金の話を切り出した。
「竹中さん、こんにちは! あの件ってどうなりました?」
すると竹中さんは、明らかにバツの悪そうな素振りを見せながら、
「ごめんなさい。ダメでした。僕がうまく手続きを進めればよかったんですが……」
と謝ってきたのである。
詳しく事情を聞いてみると、どうやら耕作放棄地を借り受ける際、契約期間を10年以上に設定する必要があったらしいのだが、僕の場合、竹中さんの手ほどきで5年に設定したことで、条件をクリアできなかったようだ。
「僕がもう少し制度に詳しかったら……。本当にすみませんでした」
深刻な表情で謝る竹中さんに対し、「いいですよ、そもそも知らなかった情報ですし。また何かあれば教えてください!」と返した僕。内心はモヤモヤとしながらも「それほど金額も大きくなかったし、まあ仕方がないか」と気持ちを整理することにした。
コロナ禍で新たな補助金が登場!
「平松さん、いろいろとありがとうございました」
半年後、竹中さんは人事異動で役場の別の部署に移っていった。よく考えてみれば、3年程度でどんどんと新しい人が移ってくる農業振興課には、農業に詳しくない人も多い。
「補助金制度に熟知している人の方が珍しいのかもしれないな」と感じた僕は、自らアンテナを張り、「どんな補助金があるのか」を自分で調べるようにした。
そして2020年、新型コロナの感染拡大が起こった。世の中は大パニック。感染防止のために外出が制限され、経済は大きな打撃を受けることになった。
ただ、農村には比較的のんびりとした光景が広がっていた。そもそも密とはほぼ無縁の異世界である。農作業をするには何ら支障がない。外食産業などは大きく業績を落とす一方で、巣ごもりで自炊する人が増え、スーパーなどはむしろ好業績が続いた。
「食べ物は不況に強いと言うけれど、農業への影響はそこまで大きくなくて良かった」
それでも、花を生産する農家などは大きく売り上げを落として大変だと聞いた。
そんな折、ネットを調べていたら、コロナ対策の一環として「経営継続補助金」という新たな補助金が開始されるとの情報を見つけた。コロナの感染拡大防止対策を行いつつ、販路開拓や事業の継続・転換のための設備の導入、さらには人手不足解消などの取り組みに使えるとのこと。
「これは使えそうだな。久しぶりに農業振興課に問い合わせてみるか」
早速電話を入れてみると、竹中さんの後任の新しい職員が出たのだが、
「それはうちでは受け付けていません。窓口は農協さんじゃないですかね?」
と、そっけない返事が返ってきた。
そこで農協の知り合いに連絡したところ、「担当が別にいるのでまた連絡させます」と言われ、僕は電話を待つことになった。しかし連絡はなく、そのまま時間だけが過ぎていった。
申請を断念!ただ、後日採択者を見てみると……
「そろそろ経営継続補助金の申請の締め切りが近づいてきたんじゃないか?」
そう思って調べてみると、申請の締め切りまでもう1カ月を切っていた。案内を見る限り、購入予定の資材の見積もりを取るなど、準備にはそれなりの時間が掛かりそうだ。そこで再度農協に電話を入れてみると、やっと担当者への相談の場を設けてもらえることになった。
指定された農協の支店に足を運び、補助金の担当者に会ってみると、
「平松さん、採択されるか分からないし、申し込まない方が得策だと思いますよ。応募している人もそこまで多くないですし……」
と、申請が面倒だと言わんばかりの態度で話を切り出されたのである。
「そうなんですか? でも、採択されたらお得ですよね?」
と反論すると、担当者は僕の提案を一蹴するかのように、
「まあ、そうなんですけど、採択率はだいぶ低いと思いますし。もし採択された後も、いろいろと報告書類などがあって大変ですよ」
と申請しない方向へと誘導してきた。「できれば断りたい」という意思が丸見えである。
締め切りまでの残り日数を考えると、申請まで漕ぎ着けるのは至難の業だと感じた僕は、
「分かりました。無理に機械を買う必要もないし、今回は見送ることにします」
と補助金申請を断念したのである。
「まあ、採択率も低いと言っていたし。そういうものかもしれないな」
そんな風に自らを納得させていた僕は、後日、インターネットに公開された採択者一覧を見て、愕然(がくぜん)とした。
そこには、地域の知り合いの農家がずらりと並んでいたのである。
なぜ僕への対応は後回しにされ、申請しない方向に誘導されたのか。真相はよく分からないが、採択者リストには、有力農家がたくさん並んでいた。これだけの件数に対応するのは、きっと相当に骨が折れる作業だっただろう。農協の担当者も人間である。古くから付き合いのあるベテラン農家を優先し、新参者が後回しになるのは仕方がないのかもしれない。
「せめてもう少し早く動いていれば、その後の対応が違っていたのかもしれないな……」。そう思いながら、僕は今回もただ諦めるしかなかった。
レベル16の獲得スキル「補助金は早い者勝ち!過度な期待は絶対に禁物!」
特に非農家から新規就農する場合、親から資材などを譲り受けたりできる親元就農に比べて資金繰りに苦慮するケースが多い。そこで頼りたいのが、農家を支援するさまざまな補助金・給付金である。ただ、農業に限らず、補助金はいわば「早いもの勝ち」の世界だ。いち早く情報をキャッチし、積極的に動かなければ採択されるのは難しい。また、行政・JAの担当者が制度を十分に把握していないことも多いのが実情だ。
補助金申請はとても面倒な作業だ。通常業務に加えて、新設された補助金の申請業務に対応するのは、行政・JAの担当者にとっても負荷が大きい。そこで、スムーズに手続きを進めてもらうためには、普段から信頼関係を築いておくことが重要になる。
そもそも補助金や給付金は「水物」だ。急にルール変更がなされることもあるし、手続きミスで受理されないケースなども考えられる。補助金・給付金ありきの過大な事業計画を立てるのではなく、あくまで身の丈に合った経営を行うことが大事である。
資金繰りに苦慮する中、その打開策として期待した補助金の獲得にあえなく失敗してしまった僕。ただ、逆に言えば、そのおかげで補助金に頼らない経営の大事さを学ぶことになったわけだが、行政や農協とのやり取りにおいては、その後も一筋縄ではいかない出来事が色々と発生するのであった……。【つづく】