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俺の職場は海! 経験ゼロから漁業者になったアイデアマンが実行力で次世代につなぐ漁業

湯川真理子

ライター:

俺の職場は海! 経験ゼロから漁業者になったアイデアマンが実行力で次世代につなぐ漁業

リアス海岸で知られる志摩半島の東にある浦村(うらむら)は、周囲を山林や竹林に囲まれた港町だ。孝志丸(たかしまる)水産代表の浅尾大輔(あさお・だいすけ)さんは、この地に根を下ろし、漁業経験ゼロから漁業者になった。カキ小屋の経営、アサリの増養殖技術の確立、さらに漁業の営みを体験できる漁業アクティビティーの実現など、次世代へつなぐための漁業をめざし、持ち前の行動力で幅広い事業展開をしている。資源管理をしながら安定した漁業にするために動き続けている浅尾さんに漁業への思い、次世代につなぐ漁業とは何かを聞いた。

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「俺の職場は海さ!」と言いたくて漁業者に

三重県鳥羽市浦村町は、カキ養殖の盛んな地域だ。人口700人にも満たないのに、約60軒ものカキ養殖場がある。浦村の海は海水と真水が程よく溶け合い栄養も豊富な恵まれた環境なので、春に種付けをすると10月には収穫できるほど大きく育つ。
その浦村で現在カキ養殖業を営むのは大阪府出身の浅尾大輔さん。高校卒業後、各地を旅しながら数年間、飲食業、サービス業、加工業と、さまざまな仕事を経験したという。
「風来坊のように旅をして暮らしていました。旅の資金を得るために、いろんな仕事を経験しましたが、ここが俺の居場所というところはなかったんです」(浅尾さん)
そんな中、鳥羽のホテルで働いていた頃に、当時はまだ交際中だった妻の親戚のカキ養殖場を手伝うように。それが浦村の海との最初の出会いだった。

浅尾さんはカキ養殖を手伝っているうちに、浦村の海にどんどん引かれていった。「満潮と干潮で何トンもの水が移動するのを目の当たりにして、その海の力に感動した」のだという。
やがて、カキの養殖を仕事にするまでになった。「漁業者になったのは、『俺の職場は海さ!』というフレーズを使いたかったからです。カッコいいでしょ」。そう言って浅尾さんは満面の笑顔を見せてくれた。
浦村の海の魅力に引かれたのと同時に、餌を与える必要がなく環境への負荷が少ないカキ養殖にも魅力を感じた浅尾さん。2008年に夫婦で浦村町に移り住み、妻の親戚から漁業権を譲り受けて漁業者になった。浅尾さん、29歳の時である。

リアス海岸の浦村の海

誰も気に留めていなかったものを新たな商品に

カキ養殖の傍ら、カキの売り先を確保するために、焼きガキ小屋「孝志丸かきっこ」も始めた。朝に収穫した新鮮そのもののカキが、客の目の前で焼きガキになる。シーズン中は、多くの観光客でにぎわう。しかしカキ養殖は、春先で終了すると次のカキシーズンまで作業が少なくなる。安定した経営をするためにも何か他に出荷できるものはないかと浅尾さんは模索した。そんなとき、「以前は浦村の浜でアサリがよく取れたが、今は取れなくなった」という話を耳にする。
「子どもの頃から潮干狩りが好きだったんで自分でも掘ってみたんですが、取れませんでした。それならこの場所でアサリを増やすことはできないだろうかという思いが湧いてきたんです」(浅尾さん)

浅尾さんは、アサリのことを調べているうちに、カキ殻を特殊加工で固めた「ケアシェル」という商品があることを知った。原材料はカキ養殖で出たカキ殻と海洋性水酸化マグネシウムのみで、海のものから出来ている。ケアシェルは浜の酸性化の中和に効果があると言われていたが、当時はそれがアサリの増殖につながるかは分かっていなかった。
そんな中、浅尾さんはカキ養殖の若手メンバー数人に声をかけ、2009年に「浦村アサリ研究会」を立ち上げ、取り組みを開始。春と秋に産卵するアサリの稚貝を採集する「採苗」のため、潮の干満で露出したり水没したりする干潟にケアシェルを入れたネットを置いたところ、袋の中にじゃらじゃらとアサリが入っていた。アサリは袋の中で外敵にさらされることなく安全に成長していたのだ。
その後、浦村アサリ研究会は、三重県内の研究機関などの協力を得て、アサリの採苗試験や養殖試験を繰り返し、研究を進めた。その結果、満潮時に水没する場所に採苗ネットを設置し、海に漂うアサリの幼生を着底させて育てるという新たなアサリ養殖技術を確立。それを商業ベースにまで進歩させることに大きな貢献を果たした。カキの出荷のない夏の収入源確保としてだけでなく、カキ養殖業者がカキ殻を用いて行うアサリ養殖として期待されている。

アサリn

アサリを手にする浅尾さん。籠の中に入っているのはケアシェル

しかし、海の仕事は容赦ない天災に見舞われることもある。2011年3月の東日本大震災の影響で、海は荒れ、カキ養殖の筏(いかだ)もアサリも被害を受けた。だがそんな中でも浦村アサリ研究会のアサリは「浦村アサリ」として2012年9月には地元の朝市で初売りでき、すぐに完売した。この取り組みは高く評価され、2013年には農林水産祭の水産部門で鳥羽磯部漁協浦村支所「浦村アサリ研究会」が天皇杯を受賞した。浅尾さんたちは、この養殖技術を浦村だけのものにせず、県内外からの視察を受け入れている。

アサリの取り組みが評価を受けても、浅尾さんの思う漁業者の安定までまだ道のりは遠かった。浅尾さんは「カキもアサリも天災に弱く、自分の中ではそれがずっと課題でした」と話す。度々被害を受ける中、どうにか漁業を続けられないかと模索しているときに、浅尾さんは海藻のアカモクが東北で食べられているのをテレビで見た。三重では、アカモクは養殖網や船のスクリューに絡みつくために“邪魔モク”と呼ばれ、活用されていなかった。しかし赤尾さんはこの放送を見て早速行動に出た。アカモクを刈り取って三重の水産試験場と一緒に成分分析をしたところ、栄養価はすぐれていることが分かった。さらに味も良い。「初めて朝市に出したときは、何やそれって言われたんですけどね」と浅尾さんは当時を振り返る。
その後、アカモクの食べ方の提案や栄養価の高さの周知など、魅力を伝える地道な活動は徐々に実を結んでいき、商品価値を持つ海藻へと評価が変わった。今では三重の特産品になっている。

アカモク

アカモクごはん

「新しいものを見つけることは自分の領域です。あいつ何してるんやと言われる、だからこそ、見つけたらすぐに動いて実行しています」(浅尾さん)
アサリもアカモクも誰もが気にも留めていなかったものだ。しかし、常に漁業のこれからを考えている浅尾さんのアンテナには引っかかった。浅尾さんには、そういう感度の高いアンテナがあるようだ。

そんな浅尾さんだが、年々、海が目に見えて弱ってきていると感じているという。真珠をつくるアコヤガイの稚貝が死んでしまう事象が、2019年から三重県志摩市の英虞(あご)湾などで大量に発生している。カキ養殖の漁獲量も減少傾向にあった。このままではいけない。

強い漁業をめざして、経営を集約

2022年7月、30代から70代のカキ業者が手を取り合い、出資をし、新会社「株式会社浦村SeaFarm(シーファーム)」を設立した。
「カキ養殖を産業として残していくためにどうすればいいかを話し合いました。担い手不足、加工設備の更新にかかる費用などの問題があり、1人だと賄いきれない高齢者は、養殖業をやめるしかありません。みんな資材や人件費の高騰で困っていました。自分だけでは賄いきれないことも共同でやれば経費も節約でき、労力も補い合えるのではないか。解決策は経営を集約できる会社組織にすることでした」(浅尾さん)

現在、浦村SeaFarmには11の業者が共同で参加。それぞれが持っていた加工場、倉庫、船は集約することに。カキ養殖の筏は共同で管理し、カキの選別や身むきなどの作業を行う加工場は3つに集約した。資材も一括購入し、運搬用のトラックも減らし、稼働率を上げた。経費を削減したことで、カキをばらして洗浄するための大型機械も購入できたという。
「今まで市場に出荷していた人が多かったのですが、新会社では飲食店への販売、ECサイトに力を入れています。焼きガキの店『かきいち本店』もオープンしました」(浅尾さん)
このように皆が協力することで作業効率も上がり、新たな雇用も生まれた。浦村SeaFarmでは役員11人の他、社員、アルバイトなど約25人が働いている。インドネシアからの技能実習生も大きな戦力となってくれている。
「6人いるんですが、よく働いてくれます。タテの関係ではなく、一緒の仲間です」
そう話す浅尾さんは、そんな彼らが可愛くて仕方ないらしい。今まではカキシーズンの9月中旬から5月頃までは、ほとんど休みなしだったが、休みを取ることもできるようになったそうだ。

カキ筏_n

カキ筏

浅尾さんの中にはやりたいことがまだまだある。現在、未利用魚を活用するために、ペットフードに加工して販売しようと計画中だ。他にも空き家を利用する民泊事業を仲間と一緒に進めている。
「未利用魚は、販売先がなく、足でけってよけてしまうような小魚です。これをペット用にレトルトや真空パックにして販売しようと思っています。民泊事業は、ゲストハウスがあれば、研修のための宿泊にも使用できます。どちらも雇用も増やせます」(浅尾さん)
減ってきたもの、無駄とされていたものを増やすのが好きだと浅尾さんは言う。カキもアサリもアカモクもそうだ。
「ここでは、人間力が必要です。都会で物足りなくなった人、発想の転換ができる人で、どこにノックすればいいのか分からない方がいたら、僕のところに来てほしい」(浅尾さん)

以前から漁師仲間と取り組んでいる「伊勢志摩漁村アクティビティ」では、伊勢志摩の漁村の魅力を発信し、漁村ならではのアクティビティーとして、漁船フィッシング、ワカメ狩りクルージング、牡蠣(かき)イカダクルージングなどを提供している。
「ワクワクは最強です。強い敵が来てもワクワクを持ち続けていれば、負けても次があるからと思えるんです」と浅尾さんは言う。ワクワクスイッチに切り替えることでマイナス面もプラスに置き換える。2022年には南太平洋のトンガ諸島で起きた海底火山噴火による潮位の上昇で、多くの養殖の筏が壊れ、カキが海中に落ちる被害に見舞われたときも、浅尾さんはショックを受けた直後にワクワクスイッチに切り替えた。
「あのときは、浦村からカキがなくなったわけではなかったのに、カキ小屋の営業にも影響が出ました。カキがあることをアピールするために、ロープに引っかかって残ったカキに『落ちない牡蠣』と名前を付けて販売しました」

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筏から落ちなかったカキのチラシ

浅尾さんの前向きなワクワクは他の人にも伝わり、活気が戻ることが多い。ワクワクは伝染するのだ。漁業を次世代につなぐために、新たな漁業の魅力を発信し続ける浅尾さんの挑戦はまだまだ続く。

船上浅尾大輔さん

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