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日本の伝統的な稲作技術がマダガスカルを救う⁉︎ リン不足を解決する農法とは

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日本の伝統的な稲作技術がマダガスカルを救う⁉︎ リン不足を解決する農法とは

稲作が盛んな国、マダガスカル。国民1人あたりの年間コメ消費量は日本の2倍以上の約102キロだ。その旺盛なコメ需要に応えるべく、農家は収量増大に取り組んでいる。しかし土壌の性質上イネがリン欠乏に陥りやすく、長年その解決策を模索してきた。そんなマダガスカルの課題解決の糸口が、日本古来の技術にあるかもしれない。

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マダガスカルの人々は、日本の2倍以上のコメを食べる

マダガスカルの人々はコメをたくさん食べる。FAO(国連食糧農業機関)の2021年のデータによれば、マダガスカルのコメの年間消費量は1人あたり102キロと、日本の2倍以上。世界的に見てもまれな「コメの国」である。

旺盛なコメ需要を支えるべく稲作も盛んに行われていて、国中に水田が広がっている。その光景は東南アジアや日本の田園風景に近い。国際農林水産業研究センターの辻本泰弘(つじもと・やすひろ)さんは、「他のサブサハラ・アフリカ(サハラ砂漠以南の地域)の国とは違って、マダガスカルでは水田を畦(あぜ)で区切って苗床で育てた苗を植えるのが普通です。代かきや除草も真面目に行われている」と話す。アフリカの多くの国ではタネを散播(さんぱ)する光景が広く見られるが、これらを“アフリカ的な稲作”とするならマダガスカルの稲作は“アジア的”だ。

マダガスカルの農民がP-dippingで苗にリン肥料をつけて田植えをしている様子

マダガスカルの田植えの風景。畦が整えられ、苗が移植されている様子が見える

コメの単収は、日本の半分にも満たない

しかし、マダガスカル稲作の生産性は伸び悩んでいる。FAOのデータによれば、1961年から2000年ごろまでは1ヘクタールあたりの収量は2トン程度と、約40年間にわたって横ばいだった。今世紀に入ってからは上昇傾向にあるものの、2022年でも3トン程度にとどまっている。同じくFAOのデータで日本は1ヘクタールあたり7トン弱。マダガスカルの単収は日本の半分にも満たないことが分かる。

その救世主となるかもしれないのが、マダガスカルから遠く離れた日本で100年以上前に行われていた古来の技法だ。後述する辻本さんのプロジェクトでは、日本でかつて実践されていた「揉付(もみつけ)」というリンの施肥法をベースとした技法をマダガスカルに適用させている。この技術が、長年停滞していたマダガスカルの稲作を飛躍させる可能性を秘めている。

なぜ、マダガスカルの稲作は伸び悩んでいるのか?

辻本さんによれば、マダガスカルの稲作はかなり昔から行われているとのこと。「インドネシアなどに起源を持つ民族がマダガスカルに流れ着いたのが、1500年前から2000年前と言われています。それがきっかけとなり、稲作文化が広まりました」

国際農林水産業研究センター辻本泰弘博士

国際農林水産業研究センターの辻本さん

このように伝統的なコメ生産国なのに、マダガスカルの稲作の生産性はなぜこれほど低いのか。その原因は、土にある。

マダガスカルをはじめとして、アフリカの土壌は古い。「ゴンドワナ大陸に起源を持つ古い土壌が広く分布しています。火山活動も乏しく、長年の雨風にさらされて土壌の風化が進んでいる状態です」と辻本さん。風化の進んだ土壌の場合、養分不足が問題となりがちだ。

しかもマダガスカルの土壌は風化が単に進んでいるだけではない。化学肥料の吸収を妨げる成分が土壌に含まれていることも特徴として挙げられる。マダガスカルの土壌には鉄やアルミニウムが多く含まれており、それらとリン酸が結合して、作物がリン酸を吸収できない状態になってしまう。このような土壌だと、リン肥料を投下してもその大部分が土壌に固定される形で奪われてしまうため、作物に栄養分として行き渡らないのだ。

土壌のリン酸固定の問題は、火山灰を母材とする黒ボク土でも見られる。黒ボク土は北海道や東北、関東、九州などに広く分布していて、戦後の日本では過剰ともいえるほどリン肥料が施用されていた。
しかし、現在リン不足に悩むマダガスカルの農家では化学肥料に回す資金は限られている。「マダガスカルといえば、ハリウッド映画などで動物の楽園として描かれるなど、豊かなイメージを抱かれる方も多い。しかし実際には貧困や飢餓に苦しんでいて、アフリカの中でも特に貧しい国の一つです」と辻本さん。世界銀行によれば、2023年のマダガスカルの1人あたりGDPは529ドル(日本は3万3834ドル)であり、40年前と比べても伸びていない。その一方でご存じのとおり、肥料価格は乱高下を続けている。

こうした状況の結果、マダガスカル稲作の生産性は伸び悩んでいる。現在の自給率は90%ほどで、伝統的な稲作国でありながらコメの自給は達成できていない。国中に水田が広がっていて、畦を作って苗を育てた上で手間ひまかけて除草をしているわりには、少し寂しい収量にとどまっているといえるだろう。

国際農林水産業研究センター辻本泰弘博士が現地で調査して指導している

現地で調査・指導を行う辻本さん

簡単かつ安価な解決策「P-dipping」

こうした状況を打破しうる技術が、辻本さんの研究チームが開発した「P-dipping(ピー・ディッピング)」だ。本来、肥料は圃場(ほじょう)にまくのがセオリーである。ところが前述の通り、マダガスカルの土壌はリン酸を固定する力が強く、イネに行き渡る前に土壌中の鉄・アルミニウムと結びついてしまう。そこで、化学肥料を圃場にまくのではなく、苗の根っこに塗りつけてしまおうというのがP-dippingの発想だ。

P-dippingでリン肥料を苗につけている

リン肥料を混ぜた水田の泥に苗の根を“ディップ”している様子。30分ほどつけ込むことで効率的にリン酸を吸収できる

P-dippingは、シンプルかつ安価。具体的には、大きめのバケツを用意して、そこで水田の泥とリン肥料を混ぜ合わせることで高濃度のリン肥料を含む泥を作る。苗の根をそこにディップ(少し浸すこと)してから田植えを行うという形だ。マダガスカルでは平均的な20~30アールほどの圃場の場合、リン肥料の購入費用は平均で10ドルから20ドル程度となる計算で、「農家さんにとっても、それほど大きな負担ではない」と辻本さんは話す。

これほどまでにシンプルな手法で、収量は1ヘクタールあたり1トンくらいは増加するとのこと。「8割から9割ほどの農家さんで、投資額に対して利益の方が大きいというデータが出ています」と辻本さん。まだ新しい手法であるものの、現地の農家2000人ほどがP-dippingをすでに実践しているそうだ。

P-dippingがさらに普及して取り組む生産者が増えれば、リンの単肥の価格も下落することが見込まれる。農家にとってのインパクトは今以上に大きなものとなるだろう。しかも辻本さんによれば「P-dippingなら稲の生育期間を短縮できることも分かっています。干ばつや低温などのリスクを軽減できることも明らかになりつつある」そうだ。

マダガスカルの稲作を紹介した動画。P-dippingの説明は4分10秒ごろから(国際農林水産業研究センターがマダガスカルと共同で実施しているプロジェクト「Fy Vary Project」のYouTubeチャンネルより)

日本由来の技術が、マダガスカルを救う

面白いのが、P-dippingが誕生した背景である。この技術は、日本でかつて実践されていた農法に着想を得たそうだ。収量が伸び悩んでいるマダガスカルの稲作に何らかの有効な施策はないかと考えていた辻本さんが、ある時に目にしたのが日本の文献だった。そこにはマダガスカルと同じようにリン酸固定力が高い土壌の多い鹿児島県で明治期に実践されていた「揉付」という農法が書かれていた。
その手法は、リン酸を多く含む肥料である骨粉を直接イネの苗の根にこすりつけるというもの。この揉付は、日本ではいつの間にか廃れてしまった。日本においては、労働力を必要とする揉付よりも、資本を投下して肥料を圃場全体に惜しみなくまく方が合理的だったのだろう。

しかしマダガスカルでは、日本に比べて労働力がまだまだ安価である。しかも日本のように育苗・移植を行う文化が根付いているため、辻本さんいわく「苗をぽちゃっとディップするだけでいいので農家の人たちにとってもやりやすい」点にもP-dippingの強みがある。

現代的な農業は肥料を圃場全体にまくため、費用がどうしてもかさんでしまう。肥料の使用量を抑えつつ高い効果を得られるP-dippingは、マダガスカル稲作の救世主となるかもしれない。日本の伝統に端を発する技術が、100年以上の時を超えて遠く離れたマダガスカルで実践されているというのは興味深くはないだろうか。

マダガスカルの農民がP-dippingで苗にリン肥料をつけている様子

P-dippingした苗を植えている様子

人にも環境にも優しい施肥法

P-dippingは、まだまだ社会実装がはじまったばかりの技術だ。この技法が根付いた先に待っている社会は、どのようなものなのだろうか。

一つ考えられるとしたら、誰一人取り残さない農業への移行だ。通常の化学肥料の使用法であれば、農家は数十キロ、場合によっては100キロを超える重さの肥料袋を圃場まで運んでいかなければならない。一方、P-dippingに使う肥料は従来よりも少ない量で済むので、運搬の労力が軽減できるという。「肥料を売っているところから、自分の村落まで1時間くらいかけて歩いて帰る農家の人も多いんです。P-dippingに使うリン肥料の購入者の属性をICTツールを使って記録しているのですが、購入者の半数は女性であるほか、高齢者もいます。通常の施肥法で用いるような重い肥料袋を運搬することが難しい人でも運べる点にも、P-dippingの強みがあります」(辻本さん)

マダガスカルの農民が収穫したイネを運んでいる力作業の様子

マダガスカルでは機械化が進んでおらず、力作業が伴う

P-dippingは、化学肥料の施肥量を抑制できることから、環境負荷軽減の観点からも意味のある技術だと言える。もちろん、肥料価格が高騰しつつある現代社会においては、経済的にも大きな効果をもたらすことは想像に難くない。日本由来の技術であるP-dippingが、マダガスカル以外の国に広がっていく未来も遠くないのかもしれない。

取材協力・画像提供:辻本泰弘

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