【プロフィール】
■井狩篤士さん
株式会社イカリファーム 代表取締役 滋賀県立大学農学部卒業。家業を継ぎ就農。2008年に法人化し、代表に就任。「自分の子どもに安心して食べさせられる」基準を大切に、滋賀県近江八幡市で減化学肥料・農薬による栽培に取り組む。コメ・ムギ・ダイズを300ヘクタール超の農地で栽培している。 |
■岩佐大輝さん
株式会社GRA代表取締役CEO 1977年、宮城県山元町生まれ。大学在学中に起業し、日本および海外で複数の法人のトップを務める。2011年の東日本大震災後に、大きな被害を受けた故郷山元町の復興を目的にGRAを設立。著書は『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)ほか。 |
■横山拓哉
株式会社マイナビ 地域活性CSV事業部 事業部長 北海道出身。国内外大手300社以上への採用支援、地域創生事業部門などで企画・サービスの立ち上げを経験。2023年4月より同事業部長就任。「農家をもっと豊かに」をテーマに、全国の農家の声に耳を傾け、奔走中。 |
多角化戦略で350ヘクタールに
横山:先進的な農業経営者を訪ねて、岩佐大輝さんと全国をめぐっています。今回は第3弾、滋賀県近江八幡市の「イカリファーム」を経営する井狩篤士さんにお話を伺います。
岩佐:イカリファームでは畑で農産物を作るだけではなく、さまざまな取り組みにも力を入れているようですね。事業全体の内容を教えていただけますか?
井狩:うちはもともとコメ農家で。「今も」と言いたいんですけども、現在はコメよりもムギやダイズの生産面積が多く、コメは全体の3分の1ほどです。合わせて300数十ヘクタールの農地があります。さらに、その他の穀物の収穫、乾燥調整、農業土木での区画拡大や施設の施工など、合わせて350ヘクタールほどの(農地に関わる)業務を手がけています。特に力を入れているのはコムギで、学校給食のパン用や、関西・中四国のセブンイレブン向けの原料を生産しています。また、他の農家さんに作っていただいたものを仕入れて販売するといったビジネスも展開しています。
岩佐:あとは農作業の受託もやられていると。
井狩:土地を預かり、作付けして、地代をお支払いするというかたちが多いですね。
横山:お父様から引き継がれた当時の売り上げはどのくらいだったんですか?
井狩:あの頃は農地がまだ30ヘクタールくらいだったので約3400万円でしたね。黒字ではありましたが、売り上げより借金が多かったんです。手取りで僕は月10万円ちょっとくらいの給料です。それでおやじの方に残ったのが400万くらい。家族内では「コンビニでバイトしようか」という話も出ました(笑)。
販路変更で経営状況が改善
岩佐:栽培したコメ、コムギ、ダイズは、どう販売されているのでしょうか?
井狩:販路は昔から悩んでいた部分です。ただ、経営改善の中で一番効果があったのが実は販路の変更でした。当時は系統出荷をしていましたが「このままいったら将来ないな」と思ったので、父に相談して1年だけ自分で販売先と仕入れ先を決めさせてもらったのです。
岩佐:それはまた勇気がある決断ですね。
井狩:「そんなことをしたら村八分にされるぞ」と父に当時言われたわけですけど、「村八分にされても経営を安定させるか」「今のまま廃業していくか」のどちらが良いかと考えたら間違いなく前者だろうと思いました。そこから仕入れ先も、3社から見積もりを取ったり。そうしたら経営面積は変わらないのに売り上げが1000万円増、経費は200万円減。「あれっ?」と思ってね。
岩佐:売り先と仕入れ先のチャネルをちょっと変えるだけで? それはすごいことですね。
井狩:コメだけでその効果だったんですよ。そこからムギもダイズも、なるべくなら最終的な消費者に近いところにどんどん売るようにしています。
販路開拓に孤軍奮闘する
岩佐:どのように開拓していったんですか?
井狩:もう暗中模索ですよね。でも、どこかのルートを通って市場に出ていることは間違いないので、いろいろ探しました。
岩佐:どぶ板営業というか、一軒一軒、声をかけていくような営業ですか。
井狩:そうですね。ちょっと痛い目にもあいながら勉強して……。でも、挑戦し続けたことが良かったと思いますね。コムギなんか特に難しくて。商流が寡占化していて巨大。個人農家が自力で販売に挑むのは孤軍奮闘という感じでした。
岩佐:今は製粉会社と直接、取引しているのですか。
井狩:そうですね。直接取引によって中間経費を減らすことで収益向上につなげています。あいだに他者が入ると手数料が発生しますし、手数料自体は少なくても在庫保管費が発生することがあります。僕らは、他の農家さんから集荷するときには、買い切りにして、それ以上の費用をいただかない仕組みにしています。
岩佐:製粉業者に卸すまでの前工程のための設備投資は、それなりに必要ということですよね。
井狩:はい。リスクはありますよね。でも、リスクを取って進まないと、開拓はできない。コストダウンの積み重ねで、利益率が上がり、それを元に銀行にはビジネスモデルを説明しました。お金を借りるにしても「いかにやる気があるか」じゃなくて、誰が聞いても納得してもらえるビジネスをきちんと数値化して見せるようにしています。
岩佐:それは説得力ありますよね。
反収を上げることに向き合う
横山:最初の転機は販路開拓でしたが、2番目の転機はどこになりますか?
井狩:社内での業務の見直しですね。例えば父の時代は「暇があったらあぜ草を刈ろう」。でも、草を刈っても収益性は上がらない。その暇は本来、反収を上げることに向き合わないといけない。うちは時給換算したら草刈りは赤字になるので、今は外部の人にやってもらっていますよ。「農家が全部、草を刈らないといけない」という思い込みがある方もいると思いますけれど、任せられるところは外注するという感覚が僕にはあります。
横山:今の従業員数はどれくらいですか?
井狩:最初は3人でしたけど、今は12人です。1人あたりの生産性は上がってきました。少人数だと勉強よりも目の前の仕事になりますが、人数が増えてくると、1人1人をちゃんと教育することが経営に効いてくると思います。うちでは、勉強の日を決めて2時間とか半日とか、みんなで勉強するわけですよ。無駄の考え方とか、トヨタ生産方式とか。晴れの日でも外に出ずモニターを見て。それがちょっとずつ効いてきますね。生産性を上げようと思うと教育しかないですね。
Doを繰り返していく
岩佐:今後の井狩さんのビジョン展開を教えてもらっていいですか?
井狩:できない理由探しはやめようと。やりたいなと思ったら即行動ですね。「『明日やろう』は『馬鹿野郎』」という格言がありますよね。PDCAとよく言われますけど、それよりは基本「Do、Do、Do」。Doを繰り返していくと、勝手にその中で失敗しながらプランとかアクションとか、いろんなものがチェックされるイメージがあります。
岩佐:今後の経営は、どのように拡大されていきますか。
井狩:拡大とかは特に考えていないんです。けど、市場から求められるだろうことに対して、人材育成や技術的な部分などをそろえていこうと思っています。たとえば、衛星診断のソリューションとか素晴らしいと思うんですよ。まだ粗いところはありますけど傾向って見えますよね。そこからバックキャストで考えて経営改善していく。それによって社員さんの給料も上げられるし、福利厚生も良くなって、業界の活性化につながるし、「農業をやりたい」と思う方たちがいっぱい出てくると僕は思います。
岩佐:井狩さん個人は「Do、Do、Do」だけど、経営としてはPDCAをきちっと回されていて、生産性を改善しているということですね。
井狩:僕個人の生き方が好き勝手なのはいいにしても(笑)、やっぱり皆さんの生活をしっかり守らないといけないので。会社は必ず黒字を出して、みんなの所得はどんどん上げていく。そういう活動はしていかないといけない。それから、僕は近江商人の末裔(まつえい)なので、自分が成功したり、「これ、いいやん」と思ったりしたら、周りに横展開する。「やってみませんか?」って皆さんに声をかけるんですよ。そうすることで日本の農業全体の生産性、国のGDPも上がる。これは続けていきたいですね。
イカリファームの農業戦略のポイント
横山:いろいろお話していただきました。岩佐さん、イカリファームの経営をまとめてみると、いかがですかね?
岩佐:お話を伺って、うわさ以上の経営者だということがわかりました。戦略的に素晴らしいところを六つにまとめてみました。
イカリファームの農業戦略のポイント | ||
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① | ニットエコノミクス(最小単位での生産性)を意識しつつ拡大 | 規模拡大の一方で生産性が低下する農家も多い中、基盤を固めてから拡大している。 |
② | 再現性を考えた上で、拡大のための組織作りやテクノロジーを導入 | 組織力向上のための投資を惜しまず、さらにテクノロジーを活用している。 |
③ | 時間の使い方に対するバリュー志向 | 何をしている時間が最も価値を生むのかを徹底的に考える。 |
④ | 中長期の投資リスクを取る | コムギについて収益が不確実でも初期投資を行った。結果、構造優位が作られリターンにつながった。 |
⑤ | 自身が地域の柱となる | 近江商人の精神を徹底。地域の農家が潤うことで、その恩恵が自社にも還元されるという好循環を作り出している。 |
⑥ | オープンマインド | 明るく、前向きな姿勢が仲間を引き寄せ、成長を支えている。 |
横山:ありがとうございます。学びの多い時間でした。
(編集協力:三坂輝プロダクション)