なぜリジェネラティブ・オーガニックなのか
第1部では、パタゴニアがリジェネラティブ・オーガニック(以下RO)を推進する理由と展望が、食品部門パタゴニア プロビジョンズの近藤勝宏さんと木村純平さんから語られました。また、土壌生態系を研究する福島大学の金子信博教授からは、土壌生態系を守る必要性と方法が教示されました。
パタゴニアの取り組み
ビジネスを通して地球環境の課題解決を試みるパタゴニアは、30年前にウェアの原料を100%オーガニックコットンに切り替えました。更に気候変動の最大の原因が食産業にあることを踏まえ、農業を解決策とする取り組みを加速させています。その手法がROです。堆肥、輪作、不耕起、カバークロップなどを活用した農法で土壌の健康を積極的に改善し、生態系を再生させることを目指しています。
2017年、パタゴニアは複数の企業や有機農業の研究機関とともにリジェネラティブ・オーガニック認証(ROC)を設立。人類を養うと共に地球を救える可能性を秘めた解決策として農業を発展させていくために、RO農法を実践する農家や研究者と共にその取り組みを進めています。
Photo Credit:©Taishi Takahashi
土壌は生き物の塊
福島大学の金子信博教授は「土壌生態系をリスペクトする農業」と題した講演で、管理された耕作地よりも手を入れていない熱帯雨林の方が光合成でできる有機物が多いことをデータで示し、不耕起栽培技術の可能性が語りました。最近の研究調査で生物の種類の59%が土壌に生息していることが分かっています。
英国食糧農業機関(FAO)では生態系や生物学的な働きを向上させることで、持続的な生産を行なっていくために3つの提案をしています。なるべく耕さない、地面を裸にしない、輪作をすることです。農薬や化学肥料を減らすことができるため、小規模農家の経営が良くなるとしています。
金子教授は、有機農業の公的な定義では、化学肥料や除草剤、遺伝子組み換え作物に対する規制的な枠組みですが、世界的に拡大しつつあるROは、不機起、カバークロップ、輪作を一緒に行うことで自ずと肥料、農薬を減らせる主張であると説明。「土壌生物は耕されることが苦手なことを覚えて帰ってほしい」と締めくくりました。
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実践者による事例紹介
第2部では、リジェネラティブ・オーガニックを実践する4経営体5人による事例発表とパネルディスカッションが行われました。
規模、作物、取り組みも多様
SHO Farmの仲野晶子さんは 「再生型農業のエコフェミニズム的転回とその実践」と題して、多くの人に創造的な仕事を公平に与えることで環境再生型農業が進展することを発表しました。横須賀に夫と立ち上げた農園で2021年に代表となり、夫1人が乗っていたトラクターをやめて不耕起に変え、民主的な意思決定をしたことで実現したと言います。機械ではなく人に投資したことで農業に関わる人を増やすこともできました。
Three little birds合同会社の佐藤真吾さんは 「土地利用型作物での不耕起有機栽培の技術的探求」と題して、千葉県匝瑳市(そうさし)のソーラーシェアリング農地で、土壌を再生するための不耕起栽培と緑肥による麦・大豆・緑肥の輪作体系の実証実験プロジェクトの成果を発表。研究者らと共同開発した除草機の導入が収量確保につながりました。ROにおける土地利用型農業の利点として土壌炭素を多く貯められることを挙げています。
メノビレッジ長沼のエップ・レイモンドさん・荒谷明子さんは 「大地再生農業〜土に倣う農と暮らし」と題して発表。2019年から北海道・長沼町でROを始め、カバークロップを導入するも育たず、土を掘って空気不足が分かりました。微生物などを入れ、ミックスカバークロップの種をまき、その環境に合う作物を育てることで解決に向かったエピソードから、農業は土の命を観察して対応することが大事、と語ってくれました。
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はちいち農園の衣川晃さんからは 「消費者を巻き込む耕さない畑のアイスクリーム」と題して発表がありました。不耕起栽培を1年学び、7年前に神奈川県で新規就農。手作業の農園として人気が高まると少量多品目生産に課題を抱え、コミュニティ農園へ転換。保存が効く大豆をメインに栽培し、それを使ったアイスクリームブランドを立ち上げ、売上の一部を生産者に還元して不耕起栽培農家を増やすことにつなげています。
RO実践者によるパネルディスカッション
1つめのテーマは、RO農法による変化について。仲野さんは「すぐに明らかな変化があり、それは水です」と言います。耕起型の有機農業は大雨後は畑に入れないほど水はけが悪く、不耕起でそれがなくなったのは驚きだったそうです。佐藤さんは「不耕起で土壌生物がたくさんいる状態になった」と言います。レイモンドさんは「羊の導入で液体炭素が3~5培のスピードで土の中に貯留された」と言います。衣川さんもまた「水はけが大幅に良くなり、時間は掛かっているけれども作物が採れるようになっている」と話します。
2つめのテーマは、ROの実現可能性について。衣川さんは「手作業は機械と比べてリカバリーしやすい。経済的に成り立つかは実証中」です。仲野さんは「耕起型から不耕起型に変えた初年度も売上を維持、人海戦術とトラクターのコスト比較で12万円下がった」そうです。佐藤さんは「大面積のプレイヤーにROを広めるには、除草剤を除草機に置き換えるのは手段のひとつ」と言います。レイモンドさんは「機械を使わずとも品種選択によって雑草が生えにくい環境を作っている」と話してくれました。
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農業技術、研究の取り組み
第3部では、農業を共に発展させる研究の取り組みと題して、研究者3人の発表がありました。
茨城大学の小松﨑将一教授は 「農家との連携が切り開く不耕起有機栽培の現状と未来展望」と題して、2020年12月に開始した不耕起有機の大豆栽培のチャレンジを発表しました。耕運方法による作物生産性や土壌の変化等の試験結果から、不耕起有機栽培による土壌炭素の蓄積とそのメリットを確認。農学研究では耕して作物を作る技術開発がなされてきましたが、耕さないでいかに圃場を管理して収量を向上させるかは新しいテーマ。皆さんが使える技術にするために、研究を重ねて経験を共有したいと語りました。
神戸大学の庄司浩一准教授は「栽培のための農業機械、機械にあわせる栽培体系」と題した発表で、2023年3月に開発した除草機の技術開発を報告。技術的には根の深さの違いを利用した条間除草であり、株間除草は不耕起を前提とすると使える原理が少ないため未実現。60年代に田植え機が普及したのは、機械にかけるため定植苗の生育状態の変更を業界一丸となって推進したため。栽培体系を機械にあわせることも課題解決の一手との話がありました。
最後の登壇者、北海道大学の内田義崇准教授は 「多年生穀物カーンザ:未来に根ざした選択肢」と題して講演。多年性穀物のカーンザは深い根を張るため、より少ない雨で作物が作れるなどの効果が学術的に分かり、2022年から正規試験を開始し、収穫方法や利用方法も含めて実験を進めています。消費者にその良さをどう説明するのかもみんなで考えていけば面白いプロジェクトになり、多年性穀物がサスティナブルな農業のツールになる時代が来ると締めくくりました。
ROの可能性が伝わる
リジェネラティブ・オーガニック農法には、土壌を修復し、動物福祉を尊重し、農家の生活を向上させる目的があります。パタゴニアをはじめ多くの企業が取り組んでいますが、日本ではまだ黎明(れいめい)期。実践者や研究者、同社メンバーらの熱量は高く、ここでの情報共有をきっかけに、農業者ができることから取り組み、消費者が食の選択をすることで、農業は土壌回復の有効的な手段になり得ることが示されたカンファレンスでした。