「東京都GAP」と「東京都エコ農産物認証制度」とは
東京都では、都市における持続可能な農業生産の一助とすべく、都内の農家に「東京都GAP」を取得することを推奨しています。また化学合成農薬と化学肥料を削減して作られる農産物を都が認証する「東京都エコ農産物認証制度」も設けています。
東京都GAPとは
農業におけるGAP(ギャップ、Good Agricultural Practices)は、「良い農業の取り組み」や「農業生産工程管理」などと訳される世界的に普及している国際基準の仕組みで、持続可能な農業の実践を証明するものです。消費者、生産者、環境にとっても有益な農業の取り組みのことを示しています。
日本国内で取得できるものとして「GLOBALG.A.P.」「JGAP」「ASIAGAP」に加え各都道府県のGAPがあり、東京都GAPもその一つです。
GAP認証を取得することによって公的に信頼のおける農作物の証明となり、それ以外の農作物との差別化を図ることができます。
東京都エコ農産物認証制度とは
東京都エコ農産物認証制度とは、都の慣行使用基準から化学合成農薬と化学肥料を削減して作られる農産物を都が認証する制度です。化学合成農薬と化学肥料の削減割合は、25%以上、50%以上、不使用の3区分で認証します。
認証を受けると、都が作物の安全性をPRしてくれるだけでなく、認証農産物に認証マークをつけて販売することができます。
東京オリンピックを機に「東京都GAP」「東京都エコ農産物認証制度」へ登録
江戸中期の享保年間から大泉の地で農業を続けている加藤家は、ファーム大泉学園代表の加藤直正さんで13代目を数えます。ファーム大泉学園の農産物からは枝豆とブルーベリーを東京都GAPと東京都エコ農産物認証制度へ登録しています。
元々は2020年の東京オリンピックの際に、大泉地区近辺で取引のあった仲卸業者よりオリンピックへ食材を提供したいという話がありました。食材提供にはGAP取得が必要だったため、賛同した加藤さんを含む複数の農家がJGAPの団体認証を受けました。
加藤さんは、JGAPの申請資料がそのまま東京都GAP申請にも役立つことを利用して、オリンピック終了後に個人で枝豆とブルーベリーに関する東京都のGAP認証を取得しています。
「東京都GAPは、練馬区の中でもかなり早くから取得しています。東京都GAP取得のメリットは、農作物をGAP認証を受けたものとして差別化して売り出せることや、東京都の催しでのマッチングを通じて販路拡大が期待できること。各種セミナーも受けられます。そして東京都より補助金(新東京都GAP推進事業補助金)も出ますから、農場の整備もできます」
GAP継続をためらう理由
GAPを取得するメリットを語る加藤さんですが、近々東京都GAPの基準が新しくなることにより、継続を悩んでいます。
「東京都GAPは審査項目がとても細かくて、100以上あると思います。認証されるにはそれらの項目を一つ一つ実施してレポートを出す必要があります。様式が決まっていてそれに沿って書くので、まとめて書くのではなく日頃から記録をつけないといけません」
日常の農作業に加えてこれらの作業をすることは、事務仕事に慣れていない農家にとっては負担が大きいのだとか。
「例えば肥料を入れるにしても元肥・追肥それぞれで、いつ何をどのくらい入れるかなど内容も記載します。あとは防除も濃度を間違えたら大変です。収穫量はどれくらいか、規定に基づいて出荷しているか、販売先はどこかなど、全てを記録しなくてはなりません。今ちょうど東京都GAPが更新の時期なので、継続するかどうか考え中です」(加藤さん)
消費者への差別化をアピールできる東京都エコ農産物認証制度
継続をためらうほど、細かい項目に沿って営農が必要な東京都GAP。もう一方の東京都エコ農産物認証制度はどうなのでしょうか。
「東京都エコ農産物認証制度の方が、東京都GAPに比べると項目が少ないです。この認証制度では化学合成農薬と化学肥料の使用量を減らすことを推奨しています。低減率によって『エコ25』『エコ50』『エコ100』と3つのランクが用意されていて、うちは『エコ25』をもらっています」
細かくランク付けをしている東京都エコ農産物に認証されることで、次のようなメリットがあると加藤さんは言います。
「東京都から、認証を得た作物にランクごとのシールが配布されます。シールを貼って販売することで、他の作物との差別化を消費者へアピールできています。あとはJAなどを通じて、地元のスーパーや小売店などへの販路を紹介していただけることもあります」
自分の農業スタイルを見つめ直す。認証制度登録の意義
「東京都GAP、東京都エコ農産物認証制度の他にも、練馬区には認定農業者制度があり、そちらも登録しています」(加藤さん)
加藤さんと同じく、練馬区内でも多くの農家がGAPや東京都エコ農産物、区の認定農業者などを申請しています。農作業以外に制度認証の取り組みに時間を割くことは大変ですが、制度を利用することでよかった点はどんなことでしょうか。
「確かに制度登録に伴う事務作業の負担はあるけど、自分がやっている農業がGAPなどの制度の指針に沿っていれば、大きな間違いはないという安心感はあります」と加藤さん。
また、「GAPは、農業スタイルの点検の意味もあります。基準のもとで仕事をしているという認識は、自分への戒めになりますから」とも話します。
制度保持のための作業には、息子である14代目の直輝さんも関わっています。
「自分の農場は認証制度には登録していませんが、父のJGAP取得の時に倉庫の片付け、掲示物作成などの一通りの整備を自分が担当しました。帳票の取りまとめについては、父の登録ですので父が自身で行っています」(直輝さん)
2世代で協力して整備ができると心強くもありますが、直輝さんは認証制度取得についてはどう考えているのしょうか。
「認証制度に関わる整備を担当することによって、普段からの整理整頓の大切さを実感し、作業の効率化、農薬の管理の方法などを学ぶことができました。この経験は自分の営農にも生かされていますが、改めて東京都GAPや東京都エコ農産物認証を取得する必要があるかどうかは、効率を考えると少々疑問です」
農家ごとにやり方がある農業のスタイルを、国際的な基準・自治体としての基準に照らし合わせて統一することは、消費者への信頼を得るために必要になってきます。そのためには、農家が関わる事務作業・点検項目について、負担を簡素化することが今後の課題になることでしょう。
それぞれのスタイルを尊重する。2世代にわたる「農」のあり方
加藤家では、13代目の加藤直正さんと14代目の直輝さんとでは別経営体で農業を営んでいます。
「サラリーマンから就農して今年で21年目です。11代目の祖父は練馬大根、たくあん、露地野菜を作り、12代目の父は露地野菜と、当時はゴルフ場が日本にどんどん増えていたので芝生を作っていました。父はその後キャベツを作っていましたが、僕の代ではブルーベリーを主力にしました」(直正さん)
直正さんのメインの作物であるブルーベリーは、練馬区が企画している「ようこそ練馬ぶらり旅」でも、摘み取り体験として行程に取り入れられました。
「ブルーベリーは放置したら雨風で割れるし、収穫時期が来れば落ちるので、収穫タイミングの見極めが大事。特に今年は豪雨もあって大変でした。うちは観光農園なので、収穫量の9割は摘み取りで持って行ってもらって、出荷するものは残りの1割です。ブルーベリーの摘み取りは予約制でやっていますが、ようこそ練馬ぶらり旅のように団体で来てもらえることは本当にありがたいです。また機会があれば、ようこそ練馬ぶらり旅をお願いしたいです」と語る直正さん。
それでは直輝さんはどんな農業スタイルなのでしょうか。
「自分は就農して6年、独立して4年目です。父と同じく最初は全く違う仕事をしていました。いずれ就農しようとは思っていて、家の状況などのタイミングを見計らっての就農です。父は露地野菜やブルーベリーを作っていますが、自分はハウス内でトマトの養液栽培をしています。父とは全く別経営で、圃場(ほじょう)も作業管理も完全に分かれています。トマトを選んだのは反収が高いから。税務上の理由から、就農した時点で経営を分けています」(直輝さん)
2人の経営スタイルの大きな違いは、直正さんは土壌栽培、直輝さんは養液栽培という点です。
「自分の養液栽培トマトは10アールのハウスだけなので、日本で一番栽培面積の小さい農家かもしれません。作付けは年に1回、それで反収がどれだけ上がるか、いかに高収量・高品質のものを作るかが課題です。自分のトマトの販路は人づてで紹介してもらう形が多いですね。知り合いの仲卸業者さんや農協の直売所での委託販売から始まり、地元のスーパーにも卸すようになりました」(直輝さん)
直輝さんは、直正さんが行っているGAPや東京都エコ農産物認証の取得、収穫体験などの導入は、今は考えていないのだとか。
「GLOBALG.A.P.やASIAGAPは販売上のメリットがありそうですが、自分の栽培規模には見合わないと思います。まずはトマトの収量を上げることに注力したいので、今認証を受けることは考えていませんが、今後取引先のニーズがあれば検討します」(直輝さん)
直輝さんはトマトの養液栽培の勉強会に参加したり、イベントで若手の農家さんとつながったりと、積極的に情報交換をしているそう。少しずつ自身が作るトマトのリピーターが増える中、さらに収量を上げるべく養液栽培を研究する直輝さんと、次世代の農業スタイルを見守る直正さんからは、それぞれのスタイルを尊重しながら農業を続けていく信念を感じます。
編集後記
農作業が主の農家にとって、多岐にわたり複雑な事務作業を追加で行う必要があるとなると、認証制度の継続をためらう気持ちも理解できます。
認証制度があることで農業のクオリティーが上がり、販路拡大や単価アップなどのメリットがあることが確かであれば、認証手続きに関する農家の負担軽減を考えることが今後の検討課題になると言えるでしょう。