10年先が見える農業に挑む!”犬に甘酒どうなん?”で始まった半農半X
岸本姉妹が暮らす岡山県の北東部に位置する勝央町の冬は積雪1m以上になることもある。
「都会の方は岡山のことを良く知らない人が多いんです。ブドウもモモもミカンもリンゴもイチゴもクリも採れる農作物の豊富な地域ですし、自然が豊かな所です。岡山のことをもっと知ってもらいたいし興味を持ってもらえる場所にしたいという思いもあります。農業を始めたいと思っていたのですが、農業経験がないので、先の見える農業のやり方が見つけられずにいました」(妙子さん)
岸本姉妹の実家の両親は農業を生業にしていたわけではないが、祖父が残してくれた約20アールの農地があり、そのうち10アールで米を栽培していた。20代からテレビのディレクターをしていた妙子さんは、映像の仕事が好きであり楽しいと思っていたが、将来に不安を感じていたそうだ。
「ディレクターとしての10年先が見えなくなっていました。都会の生活に疲れていたのかもしれません」
具体的にどんな農産物を作れば良いのか、10年先が見える農業ができるのか、これだというものが見つけられなかった。
疲れて帰ってくる妹に姉のこずえさんが甘酒を作ってくれた。しかし、妙子さんは甘いものが苦手で残した甘酒を飼い犬の老犬”すいか”にあげていたところ、日に日に”すいか”の毛並みがみるみる艶々になってきたのだ。
「”すいか”の毛並みがきれいになってるね。犬に甘酒ってどうなん?」とこずえさん。毛並みが良くなった”すいか”を見て、人に良いものは犬にも良いかもしれない。誰も作っていない犬のための甘酒に岡山の農産物を入れて販売すれば岡山のことも知ってもらえる。妙子さんは姉の言葉を聞いて、迷いが消えた。

左)甘酒を飲む前の愛犬・すいか 右)1カ月後の愛犬・すいか
「甘酒に使用する加工用の農産物なら農業経験がない私でもできるかもしれない。形の良い農産物は作れなくても体に良い農産物を作ることができると思いました。しかも犬が元気になる甘酒を作れば飼い主の人にも喜んでもらえると思いました」
こうして、岸本さんは大阪と岡山の二拠点生活が始まった。まったくの素人からの出発だったが、犬のための甘酒を製造販売するためのノウハウを学び、1年間の準備期間を経て2023年8月に姉妹で起業した。

露地で自然に育ったキュウイ
”やるなら日本一”誰もやっていないものを作りたい!から誕生したペット用「甘酒キューブ」
インスタ動画(妙子さんが制作)、甘酒の製造は、甘酒を米糀から作るところで働いていた経験がある上級麹士の資格を取得しているこずえさんである。畑は姉妹と姉妹のお父さんの担当である。

畑の栽培に協力している姉妹のお父さん
岸本姉妹には最初から決めていたことがある。”どうせやるなら日本一”を目指そうと。実は、姉妹は2人共高校生の時に国体、高校総体インターハイの両方で「なぎなた」日本一に輝いている。
「どうせやるなら日本一、人と同じことをやっても人の上には立てないと、なぎなたを指導してくれた恩師がずっと言っていました。人の上に立ちたいわけではないですが、やるなら誰もやっていないようなモノを開発したいと姉も私も思っていました」

米糀から製造している甘酒を作る 姉・こずえさん
妙子さんは岡山県の中小企業・小規模事業者のための経営相談窓口「岡山県よろず支援拠点」に相談に行った。「よろず支援拠点」は、国が全国に設置している無料の経営相談所である。
「今もお世話になっているんですが、ホームページの作り方や販売のシステムとか随分教えてもらいました。映像はプロであってもテレビとインスタでの映像は別のものなので、かなり指導してもらいました」
誕生したのが丸い形状の「甘酒キューブ」である。プレーン以外に、その時々の畑で採れた農作物を加えており、菜の花の季節には菜の花の甘酒キューブ、イチゴの季節にはいちごの甘酒キューブといったようにカラフルで見た目も可愛い甘酒キューブが誕生した。

甘酒キューブ
インスタ初日、DMが鳴りやまなかった
インスタ名は「犬も笑う甘酒」とした。「甘酒キューブ」という名の通り、甘酒はまるいキューブ状である。
「私自身が手がべたべたするのが嫌だったんです。犬にあげやすいように冷凍のキューブ状にしました。発売した当時は、甘酒のそういった形のものはありませんでした。インスタのみの販売にしたのは、飼い主の人に私たちが作る「甘酒キューブ」を探してもらって、見つけ出してもらいたかったんです」
甘酒キューブをインスタに上げた初日、DM(ダイレクトメッセージ)が鳴りやまなかった。初日だけで600人からDMが届いた。
「予想を超えた反響でした。企画から形にしていくのは楽しいですし、私が飼っている”すいか”に食べさせられる体に良いものしか使用しません。農作物は加工にしているので廃棄するものもないです。買ってくれるのは大阪や東京の人が多いのですが、私の所では当たり前のように食べている大根の葉っぱを甘酒キューブにしたら、すごく喜んで下さったりしますし、インスタで犬が雪の中を駆け回る様子などを見て、行ってみたいという声も多いんです」
「甘酒キューブ」はできたての「生甘酒」を急速冷凍させ、可愛いキューブ状に成型し、使いやすいように冷凍パウチにしている。
9割がリピーター!インスタの”犬も笑う甘酒”を探して見つけてくれる人がターゲット
インスタで自分で探していいものを見つけたときの達成感や誰かに教えたくなる気持ちを大事にしたかったそうだ。そして、もうひとつ大切にしていることがあるそうだ。
「犬に寄り添って接客しています。買ってくださる飼い主さんのインスタを見て、メッセージを送らせてもらってます。小型犬ならどれくらいの量が良いか、スポーツする犬なら多めでも大丈夫とか、それぞれの犬の特徴に合わせてアドバイスをさせてもらっています。いわば御用聞きのような接客です。買って下さる人もインスタに上げてくださいますし、反応が分かるのでうれしいです。ですから飼い主さんと直接やり取りできない小売販売などは今は考えていません」
長年映像の仕事をしている妙子さんはインスタで映像を出すのはお手の物だと思い、尋ねてみると・・・
「テレビのディレクターの仕事とインスタの動画とは全く違うので気持ちをゼロにして取り組みました」と岸本さんは言う。
例えば、テレビの場合、テロップ(テレビの画面上に映し出される文字情報)は、3秒であったが、インスタの場合は1秒だ。短いように思うが、何回も見てもらうためだという。岸本さんは目からうろこだったそうだ。
また生ライブをするときは、見てくれている人がコメントを上げたいので、出したいと思っているので、コメントが出しやすいようにする。その方がリアルで視聴してくれている人とつながり距離が縮まる。
売上は右肩上がりで、購入者の9割はリピーターである。
注文を受けてから製造するので材料の無駄がない。
「ミカンの皮も大根の葉っぱも無駄にしたくないんです」

大根の葉
農作物だけでなく、岡山の未利用魚にも着目し、商品化
妙子さんは、岡山の未利用魚を使用しようと動いている。
「岡山では鱧がたくさん取れるんですが、鱧の骨は利用されずに捨てられています。その骨を煮込んで取ったスープはコラーゲンたっぷりです。岡山の漁師さんとのコラボして未利用魚を使用した甘酒を販売していく予定です」
岡山の良さを知って、岡山ってそんなに果物や野菜が採れる所なの、行ってみたいという声も届く。そんなときに、地元でやって良かったなあと思う瞬間だと妙子さんはいう。ゆくゆくは、購入者の人が愛犬を連れて岡山に来てもらえるような場所にしていきたいと岸本姉妹は考えている。農業の10年後が見えてきたようだ。

岸本姉妹:左)姉のこずえさん、右)妹の妙子さん
写真提供:犬も笑う甘酒・岸本妙子さん