【プロフィール】
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増田秀美(ますだ・ひでみ)さん 株式会社増田採種場 専務取締役 主に増田採種場のマーケティングを担当。品種開発のアイデア出しから営業・広報活動、ECサイトの展開など、ブランディングの中枢を手がける。オリジナル品種であるプチヴェールの名付け親。 |
品種開発に欠かせないのは未来を思い描く想像力。増田採種場の代表品種
──増田採種場で品種開発に取り組む際に重視していることを聞かせてください。
品種開発において私たちが大切にしていることは、未来の世界を思い描く想像力です。なにせ一つの品種が生まれるまでには、おおよそ10年もの年月を要します。開発に必要な技術力が高いことは前提として、10年、20年後の食の在り方を想像できなければ、生産者や消費者に手にとってもらえる製品を生み出すことはできません。
食の見方や考え方は、飽食や高齢化、女性の社会進出などの背景により常に変わり続けます。世間の流れや動向を読み取りながら、その先を見据えて品種開発してきたからこそ、現在の増田採種場があるのだと考えます。
──実務だけでなく想像力も求められる現場ですね。増田採種場がこれまで手掛けた品種たちは、やはり先見の明により誕生したのでしょうか。
そうですね。1925年の創業当初から戦後を含めて、当時の方針は「食べるのに困らない世界をつくること」でした。それを実現するには生産者が安定して大量生産しやすい品種が必要です。それから歩留まりのよい品種開発に取り組み、やっとの思いで生まれた品種の一つに「YR錦秋(きんしゅう)」というキャベツがあります。YR錦秋は玉ぞろいがよく、耐病性に優れた品種です。キャベツの産地である東京都練馬区の低迷期を復活させたことでも有名な品種なんですよ。区内の石神井公園近くには、その功績を称える「甘藍(キャベツ)の碑」が建てられています。
次に1980〜90年代には、食に対して味やおいしさを求める流れが強まることを先見しました。これにより当社の代表品種「とくみつ(みつシリーズ)」が誕生します。これまでのキャベツにはない、糖度12度にもなる甘みを持つ品種になります。市場ではキャンディキャベツやスイーツキャベツ、冬甘菜(ふゆかんな)といった名前で出回っており、その品種はいずれも「みつシリーズ」のキャベツです。
そして2000年代には飽食の時代を迎え、健康への意識が高まることも見据えていました。現にフィットネスやサプリメントの認知は広まり、生活に取り入れるハードルもグッと下がっていますよね。
そういった世の中になったときに求められる食を想像した結果、ケールやプチヴェール(フランス語で小さな緑の意)といった、栄養が豊富かつ手軽に食べられる野菜を見いだしたんです。

増田採種場が開発した品種で受賞した賞状の数々
生産者の作業負担を軽減。ケール・プチヴェールの栽培メリット

増田採種場の圃場(ほじょう)にて「ソフトケールGABA(ギャバ)」が収穫されている様子
──健康を気にかける人は年々増えつつありますよね。ただケールやプチヴェールは、消費者はもとより生産者にもあまりなじみがない野菜であると感じます。栽培するにあたっての具体的なメリットを聞きたいです。
生産者のメリットとして第一に挙げられるのは、作業の省力化です。
同じアブラナ科のキャベツや白菜は、世間になじみがあり栽培しやすい一方で、1株あたりの重量が重く収穫が重労働で、収益の還元率が低い点も課題とされています。
私たちが特許を取得した栽培方法でのケールは、ホウレンソウや小松菜などの葉物野菜と同じ要領で収穫でき、1株あたりの重量も軽いため、体への負担を軽減できます。そのうえ、ハウス栽培にすれば雨や風をしのぎながら作業できます。
プチヴェールも露地栽培やハウス栽培で収穫でき、1個あたりの重量が軽いため、高齢の方でも作業が簡単にできます。そしてなによりケールやプチヴェールは、高単価での販売を期待できます。どちらも栄養が豊富なので、健康意識の高まる現代の市場で高い付加価値を提供できるためです。

ケールと他の食品との栄養比較(増田採種場2024〜2025パンフレットより)
──収穫しやすいのは生産者にとって大きなメリットですね。高齢化が進む社会にも欠かせない要素です。高い栄養価を持つ野菜を栽培し、収益アップや他の生産者との差別化を図りたい人にもおすすめの品種だと感じます。ただ、これまで作ったことのないケールやプチヴェールといった品種に取り組むのは、なかなか勇気がいりますよね。
そこで当社では生産者に安心して取り組んでいただけるよう、栽培現場で培ったノウハウを集約した栽培マニュアルを提供しています。このマニュアルは、自社の生産事業部が実際の栽培を通じて蓄積してきた知見をもとに作られ、現場で役立つ実践的な内容になっています。さらに栽培方法や収穫方法に関しては特許も取得しており、この技術は、土耕栽培から植物工場での栽培まで幅広く応用できます。

特許取得について(増田採種場2024〜2025パンフレットより)
一方的に品種開発して生産者に「作ってください」という投げやりなお願いはしません。栽培においても生産者と同じ目線に立って試行錯誤を重ね、そこから得た方法や学びをともに提供することも私たちの責務です。
生産事業部で育てた野菜は自社のネットショップや地域のスーパー、百貨店などで販売しながら商品の認知も広げています。市場拡大に積極的に取り組んでいるのは、新たなニーズを生み出すことで、生産者と消費者の双方が満足できる未来につながると見据えているからなんです。
食べる人が求めるニーズを満たすのも役目
──机上の空論でなく、実践ベースに作られた栽培マニュアルを提供してもらえるのは生産者にとって心強いですね。また種苗メーカーでありながらも、早い時期から6次化に力を入れていますよね。
2003年には通販事業に取り組んでいました。今は「マスダケール」というセルフブランドを立ち上げ、ケールを主力として市場にアプローチをかけています。商品には機能性表示食品であることを表記し、一目でどのような機能を持っているのかを分かりやすくしています。機能性表示食品の商品は、ケールの「ソフトケールGABA」と「カーボロネロルテイン」、オリジナル品種の「プチヴェール」です。
ちなみに国内の生鮮葉物野菜というカテゴリにおいて、機能性表示食品として受理されたのは当社のソフトケールGABAが初になります。ソフトケールGABAは、苦みや独特のクセがなく、みそ汁や野菜炒めといった料理に入れてもおいしく食べられます。他にもホットケーキミックスと一緒にミキサーにかければ、栄養満点のおいしいパンケーキが簡単に作れるので、お子さんのおやつにもおすすめです。体に必要な栄養素は自然が作る野菜から十分に摂取することができると考えています。
──ケールに対するイメージが変わりますね。品種改良により日常の食卓に取り入れやすいところまで進んでいるのですね。栄養豊富なケールですが、日本ではメジャーな野菜でない一方、海外での認知度は高いのでしょうか。
ケールは世界各地で食べられているポピュラーな野菜なんです。たとえば、アメリカではケールチップスとなってスナック感覚で食べられていたり、ヨーロッパでは伝統野菜として煮込み料理に使われていたりします。
しかし、日本での食するケールの認知度は依然として低いです。この課題を解決するには、やはり自ら率先して認知度を高めていくしかありません。その一環として、地域活動へも力を入れています。JA遠州中央が主催するキャベツ狩り選手権への協賛や、当社主催のアブラナ科野菜の収穫体験会などです。2023年に行われたキャベツ狩り選手権には、全国から132人もの方が集まり、その盛り上がりぶりはテレビ番組「相席食堂」にも取り上げられたほどでした。ほかにも、当社のケールが「がっちりマンデー!!」や「満天☆青空レストラン」といったテレビ番組で紹介されたこともあります。
静岡県のスポーツ団体とも提携。アスリートベジタブル®への取り組み
──話題づくりにおいても枚挙にいとまがない増田採種場ですが、現在進めている取り組みなどはありますか。
新たに「アスリートベジタブル」というコンセプトを作り、スポーツ団体と提携しながら、市場への認知を推し進めています。アスリートベジタブルには、ケールやプチヴェールなどの栄養豊富な野菜を通じて、健やかな日々を送ってほしいという願いが込められているんです。体が資本のアスリートはもちろん、日常的に運動を楽しむ方や元気に遊ぶお子さんなど、体を大切にするすべての人に向けた取り組みです。現在は静岡県を代表するサッカークラブ「ジュビロ磐田」とサプライヤーパートナーを結んでいる他、ヤマハのラグビーチーム「静岡ブルーレヴズ」や静岡の女子ラグビーチーム「アザレア・セブン」と協力関係にあります。
こうしたアプローチの積み重ねが新たな食文化の土台を築き、未来の食卓の形をつくります。
今後も種苗メーカーという枠にとらわれることなく、想像力を生かしながら日本の食をより豊かにし、人々の健康を支えていきたいと考えています。
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