韓国国立種子院のホームページを見て驚いた
まずは、サイトの信ぴょう性について確認する必要がある。筆者が見たサイトは本当に韓国国立種子院のホームページなのだろうか。

韓国国立種子院のホームページ
知人を介して、日本で働く韓国の人に確認をしてもらったところ、「間違いなく韓国内の品種登録を扱っているサイトである」とのことだった。
なるほど。となれば、やはり品種登録がなされているということだろうか。続いて、品種のリストを確認してみよう。

品種リストを確認してみよう
中には「ゴールドスイート」や「レッドクラレット」など、韓国国内で育種された新品種の名前もあるが、「ナガノパープル」や「ゴールドフィンガー」「ネオマスカット」など、公的機関・民間を問わず、日本で育種された品種も多数見受けられる。
その他、「カベルネ・ソーヴィニヨン」や「カベルネ・フラン」といった一般的なワイン用品種や、「ニューヨークマスカット」「レッドグローブ」といった、アメリカで作られ日本でも導入や輸入をしている品種の名前もあり、2025年4月時点で計255品種が登録されていた。
それだけ多いとなると、さすがにすべてを記載するわけにはいかないので、そのごく一部をまとめたのが以下の表である。

登録されていた品種の一部をリスト化したもの
なお、登録をしている人物のなかで最も目立つのが、慶尚北道という地域にある苗木業者と思われる人物だ。日本で育種された品種の大半は、この人物が出願している。
また、このうち「ゴールドフィンガー」の権利者であった原田さんに確認を取ったところ、この事実を知らなかったため、本人の知らないところで登録がなされていたようである。
登録の正体は「生産、輸入販売申告制度」
ひとつ気になる点は、「日本の品種を勝手に登録できるのか?」ということだ。韓国はUPOV条約(植物の新品種の保護に関する国際条約)を批准しており、そのような不当な品種登録はさすがにできないはずだ。
そもそも、シャインマスカットは品種登録がされていないが、すでに韓国で広く栽培されている。勝手に登録したところで、メリットがあるかと言われると疑問だ。
また、登録番号に「出願」と「生版」という二つのパターンがあることも気になる。筆者は韓国語が分からず、翻訳サイトに頼って調査をしているため、「生版」という言葉が本当に正しいのかはいまいち分からないが、「出願」とは別の単語であることは確かである。調べてみたところ、「生産販売」を表す単語のようだったので、以降本文内では「生“販”」と呼ぶことにする。
いったいこの登録の正体は何なのか。頭を悩ませていたところ、以前農研機構に勤めていた知人から、「これは『生産、輸入販売申告制度』を利用した登録ではないか」と教えてもらった。
調べてみたところ、「生産、輸入販売申告制度」とは、韓国の品種登録に関連する制度の一つであり、日本にはこのような制度は存在しない。内容は以下の通りである。
・品種保護権設定品種、国家品種目録登載品種以外のすべての種子を対象に、生産または輸入して販売する場合には、品種名称と種子試料を添付して申告しなければならない。
・申告品種は他人の保護品種であってはならない。
・申告手数料は3万ウォンである。
・無申告品種の種子を生産、輸入販売した場合は、1年以下の懲役又は1000万ウォン以下の罰金が課せられる。
かいつまんで言うと、品種登録をしていない品種を生産、輸入販売する場合には、この制度を使って登録しなければならないということだ。なお、国家品種目録登載は稲、麦、豆、トウモロコシ、ジャガイモの5品目のみにかかる法律なので、ブドウに関しては無視してもいい。
たしかに、韓国で育種された品種については「出願」となっており、「生販」で登録されているものはない。
また、シャインマスカット流出の反省からか、近年日本で育種された品種は韓国でも品種登録を行うようになっており、農研機構の最新品種「グロースクローネ」は韓国でも「出願」となっており、農研機構名義で品種登録をしている様子が見て取れる。

グロースクローネの品種登録ページを翻訳したもの
いっぽう、「生販」で登録されている品種について確認してみると、「生産・販売届出登録状況」として、出願人と同じ名前が申告人の欄に記載されている。

ロザリオビアンコの登録ページを翻訳したもの。出願者の「キム・ヨンマン」を含む、複数の苗木業者と思わしき名前が記載されている
以上の点から、「韓国の人々が日本の品種を勝手に品種登録している」というのは筆者の憶測による勘違いであり、実際にはあくまでも「生産、輸入販売申告制度」にのっとって申告されたものなのだろう。
正直、一緒くたにされるのはややこしいな……とは思うが、日本にはない制度であり、品種登録と同じページに記載があったため、早とちりをしてしまったというわけだ。
生産、輸入販売申告制度と現状の問題点
この「生産、輸入販売申告制度」だが、育種者にとってはどのように映るのだろうか。マスカットジパングの育成者であり、韓国でもマスカットジパングの品種登録を行っているブドウ育種家の林慎悟(はやし・しんご)さんに、見解を聞いてみた。
──韓国の生産、輸入販売申告制度について、育種者としてどう感じますか。
私も今回初めて知りましたが、「流通の詳細が分かりやすくなる」という点で、非常にいい制度だなと思いました。むしろ、日本でも採用してほしいぐらいです。
──流通の詳細が分かりやすくなるとは?
「生産、販売届出登録状況」のリストにない苗木業者や個人が販売していると、罰則があるということですよね。ということは、自分が育種した品種の苗木がどの会社で入手できるのかが一目で分かるので、育種者としては非常にありがたい制度だと思います。
──自分の品種の管理がしやすくなると。
もちろん、きちんと品種登録をするのが一番大事ですが、実際にはそれが難しい場合もあります。品種登録をしなくても、ある程度罰則という抑止力があることで、望まない品種の拡散を防げると思います。あくまでも国内に限った話にはなりますが。
「正規販売店はこちら」のような形で、販売ルートがはっきり分かるというのはメリットだと私は思いますね。
──なるほど、違法な増殖や販売を防げるというわけですね。
今回筆者が目にした登録情報はいわゆる品種登録ではなく、「生産、輸入販売申告制度」による登録だと分かり、制度自体は育種家にとって良いものであるようだ。しかし、問題はそれだけではない。
この制度は韓国国内で品種登録がされていない品種について生産、販売をするためのものである。つまり、この制度によって登録されている品種は、少なくとも過去に一度は韓国国内に流通しているというわけだ。
シャインマスカットやルビーロマンの流出についてはメディアでも広く報道され、多くの人に知られているが、他にも数多くの品種が韓国国内で過去に、もしくは現在進行形で販売されているという証拠になる。
育成者の権利が高らかに叫ばれるようになったのは、せいぜいここ20年ぐらいのこと。日本でも、過去に海外から導入した品種を改良して育種をしている。例えば、シャインマスカットの祖父母にあたる品種はアメリカや当時のソ連から導入した品種である。
さらに、2022年の種苗法改正以前は、品種登録済みの品種であっても、正規の手段で購入した苗を海外に輸出すること自体は合法であった。また、中には育種者が厚意により譲ったケースもあるかもしれない。
そう考えると、感情的なものは置いておくとしても、韓国で栽培されている=違法な流出だと断ずることは難しいのではないかと思う。
その上で、日本で育種された品種が韓国国内に広く流通しているということは事実である。実際に、生産、輸入販売申告制度によって登録されている苗木業者のサイトを見てみたが、日本の品種が予想以上にたくさん並んでいた。

日本の登録品種である「黒いバラード」や、かつて登録品種だった「ゴールドフィンガー」が並ぶ
最後に、筆者が調べて分かった範囲で、生産、輸入販売申告制度を利用して登録されている日本の品種をリストにしてみた。日本国内での品種登録の有無にかかわらず、非常に多くの品種が韓国国内で販売されていたことが分かるだろう。
登録は2014年から2015年に集中して行われており、出願日を確認する限りではすべて種苗法の改正前にすでに韓国で登録されている品種ばかりだ。また、2022年に登録されているマスカ・サーティーンは品種登録をしていないので、保護の対象にはならない。感情的にはいまいち釈然としない部分もあるが、これらのケースはすべて問題のない行為であるといえる。
シャインマスカットの反省から、日本で育種された品種でも韓国で品種登録をするケースが増えており、前述の農研機構の「グロースクローネ」のほか、島根県の「神紅(しんく)」、長野県の「クイーンルージュ®(品種名・長果G11)」、山梨県の「サンシャインレッド®(品種名・甲斐ベリー7)」「甲斐のくろまる」「甲斐キング®(品種名・甲斐ベリー3)」といった品種はすでに韓国でも品種登録を終えている。今後、恐らく日本で品種登録されているブドウがこの「生販」のリストに載ることはないと思いたいが、韓国国立種子院のサイトはこれからも定期的に見守っていきたいと思う。