J-クレジット制度とは
J-クレジット制度は、CO2などの温室効果ガスの排出削減・吸収量を「見える化」し、国が「クレジット」として認証する制度です。クレジットを売買することで、農業者や自治体、企業などの脱炭素への取り組みを後押しし、カーボンニュートラル社会の実現を目指しています。
なお、この制度の運営は、経済産業省・環境省・農林水産省の3省が共同で行っています。
J-クレジット制度の仕組み
J-クレジット制度では、農業者や自治体などの「クレジット創出者」が、温室効果ガスの排出削減や吸収に取り組むと、その実績が「クレジット」として国から認証されます。
創出者は、認証されたクレジットを環境対策に力を入れる企業や自治体などの「クレジット購入者」へ販売することができます。購入者はそれを環境活動貢献のPRやCO2排出量の相殺(カーボンオフセット)に活用できる一方で、創出者はその売却益を新たな設備投資や地域活性化の資金にあてることができ、双方にメリットをもたらします。
農業者の皆さんにとってJ-クレジットは、日々の営農の中でCO2の排出削減や吸収に取り組むことでたまる“エコポイント”のようなものと考えるとイメージしやすいでしょう。ただし、このポイントは日用品の買い物には使えません。あくまでも経営改善や環境対応の資金として活用することができます。
J-クレジットを創出するには?
J-クレジットを創出するには、温室効果ガスをどれだけ削減・吸収できたのかを正しく算定し、公平に評価する必要があります。そのために、対象となる活動ごとに算定方法、モニタリング方法などが「方法論」として定められています。創出者になるには、対象となる活動に取り組む必要があります。
J-クレジット制度全体で72の方法論が承認されており、そのうち農業活動に関係する分野が6つあります(2025年3月時点)。
農業分野で取り組む6つの方法論
J-クレジット制度の方法論のうち農業分野の6つを紹介します。
水稲栽培における中干し期間の延長
水稲の栽培期間中に水田の水を抜いて田面を乾かす「中干し」の実施期間を従来よりも1週間以上延長する方法です。これにより、土壌からのメタン(CH4)排出量を抑制します。2023年4月に追加された比較的新しい方法論で、 従来の稲作管理の延長で取り組むことができるため、プロジェクトに参加する農業者が増えています。
バイオ炭の農地施用
バイオ炭を農地に施用し、炭素を土壌に貯留することで、大気中へのCO2の排出を抑制します。対象となるバイオ炭は、もみ殻、木竹、家畜ふんなどのバイオマス(生物由来の資源)を、燃焼しない水準に管理された酸素濃度の下、350℃超の温度で加熱して作られる固形物とされています。バイオ炭の施用により農地の土壌改良も期待できます。
茶園土壌への硝化抑制剤入り化学肥料または石灰窒素を含む複合肥料の施肥
茶園に施用する窒素肥料を硝化抑制剤入りの化学肥料または石灰窒素を含む複合肥料に代替することで、土壌からの一酸化二窒素(N2O)排出量を抑制します。
家畜排せつ物管理方法の変更
家畜排せつ物の管理方法(貯留方法や処理方法)を変更することにより、CH4とN2Oの排出量を抑制します。代表的な手法として、固形物と液体に分ける固液分離、強制発酵処理などがあります。
牛・豚・ブロイラーへのアミノ酸バランス改善飼料の給餌
家畜にアミノ酸バランス改善飼料を給餌することにより、排せつ物管理過程でN2O排出量を抑制します。
肉用牛へのバイパスアミノ酸の給餌
肉用牛に、アミノ酸の供給効率を高めた「バイパスアミノ酸」を加えた飼料を給餌することで成育を促進し、従来より肥育期間を短縮。それにより、枝肉重量あたりのCH4とN2Oの排出量を抑制します。 2023年11月に追加された、農業分野では最も新しい方法論です。
その他の方法論
農業分野以外にも農業者が活用しやすい方法論があります。例えば、農業現場への省エネルギー設備や再生可能エネルギー設備の導入でも、Jークレジットを創出することができます。
省エネルギー設備の例としては、ボイラー、ヒートポンプ、空調設備、園芸用施設における炭酸ガス施用システムなどがあります。一方、再生可能エネルギー設備では、バイオマス固形燃料(木質バイオマス)による化石燃料または系統電力の代替、太陽光発電設備などが挙げられます。
このように、 方法論には、これまでの取り組みの流れでできるものや、従来のものと置き換えることで可能になるものが多くあります。自身の農業経営に合った方法論を探してみてください。
J-クレジット制度に参加する意義
農業者がJ-クレジットの創出に取り組むことで、次のようなメリットが考えられます。
クレジット売却益の活用
温室効果ガスの削減・吸収活動によって得られたクレジットを企業などに販売することで利益を得て、投資費用の回収やさらなる省エネ投資、または事業資金として活用することができます。
ランニングコストの低減
省エネ設備の導入や再生エネルギーの活用により、従来と比べてランニングコストを引き下げることができます。
ブランド価値の向上
環境に配慮した農業への取り組みは、消費者からの評価やブランド価値の向上につながります。
企業や自治体などとの関係強化
J-クレジットの創出や売買で関わった企業や自治体などと顔の見える信頼関係が生まれ、継続的なビジネスのきっかけになる可能性があります。
このように、J-クレジット制度では、環境配慮型の農業に取り組むことで、事業の発展や持続可能性の向上につなげることができるのです。
プロジェクトに参加するには
J-クレジット制度には、個人・法人を問わず参加できます。ただし、参加にあたっては、まず温室効果ガスの削減や吸収の取り組みを「プロジェクト」として国に登録申請する必要があります。
以下が、プロジェクト登録からクレジット認証までのおおまかな流れです。
1. 方法論の確認
2. プロジェクト計画書の作成
3. 妥当性確認(第三者審査機関による審査)
4. プロジェクト登録申請
5. プロジェクトの実施とモニタリング
6. モニタリング報告書の作成
7. 検証(第三者審査機関による審査)
8. クレジット認証
プロジェクトは農業者が単独で行うことも可能(※)ですが、申請やモニタリング、クレジットの売買といった実務があるため、時間も費用もかかります。そこで、実務面での負担を軽減できる「プログラム型プロジェクト」に参加することが現実的です。地域のJAや自治体、卸売業者、農機・資材メーカーなどが運営管理を担ってくれるため、よりスムーズにJ-クレジット制度を活用することができます。こうした仕組みで、全国各地で個々の小さな削減活動からもクレジット創出が可能となっています。
※ ただし、プロジェクトの登録は法人格を有する者に限られています。
自治体を挙げたプロジェクトの取り組み事例
J-クレジット制度は、自治体や地域の関係機関が主導してプロジェクトを立ち上げることで、地域内の農業者や事業者の参加が促進され、脱炭素への貢献だけでなく、地域ブランドの確立や活性化にもつながります。ここでは、3つの自治体の取り組みを紹介します。
岩手県八幡平市:水稲栽培の中干し延長
岩手県八幡平市では、市が主導して「水稲栽培における中干し期間延長」によるJ-クレジット創出に着手しました。地域の農家が参加する「八幡平市中干プロジェクト」を立ち上げ、手続きは運営管理会社が受託・代行。農家は負担なくJ-クレジット販売による副収入を得られるほか、生産する米には「環境に優しい米」という付加価値を与えることができます。さらに、地域金融機関が会員募集の支援を行うなど、地域ぐるみで農業と脱炭素の両立を目指す仕組みが構築されています。
山形県遊佐町:バイオ炭の施用
「ゼロカーボンシティ」を宣言する山形県遊佐町では、町内の水稲栽培で生じるもみ殻を原料とする「くん炭」を製造し、土壌改良材として水田に施用するプロジェクトを実施しています。くん炭製造は町内のJA施設で行われ、施設周辺の圃場(ほじょう)に散布することで、CO2排出を抑制しています。
北海道:酪農家の家畜排せつ物管理改善
北海道では、カーボンクレジット創出販売事業者が、地域の金融機関や各機器メーカーと連携し、酪農家の家畜排せつ物管理方法の改善によるJ-クレジット創出を進めています。従来の「堆積(たいせき)発酵」方式から「強制発酵」方式への変更で、CH4とN2Oの排出量を抑制。酪農由来では全国初となるプログラム型プロジェクトで、初年度(2025年度)は日本では最大規模となる約7000トンのクレジットを創出予定です。
できることから始めよう
農業分野でのJ-クレジット制度の活用は、地域の脱炭素化と農業振興の両立をかなえる新たな手段として注目されています。農業者にとっては、環境に配慮した営農活動に日々取り組むことへの“お返し”として、新たな資金源が得られる仕組みでもあります。
自治体主導や民間連携によるモデルケースも増えつつあり、制度を通じた地域内連携やブランド価値の創出も進んでいます。複雑な手続きや販売面は、クレジット運営管理事業者や自治体と連携して、できることから始めてみませんか。
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