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1玉6000円のメロンを育てるのは元スタントマン。純系固定種のメロン栽培に挑戦する原動力は

ナス男

ライター:

1玉6000円のメロンを育てるのは元スタントマン。純系固定種のメロン栽培に挑戦する原動力は

愛知県南部の渥美半島は、温暖な気候を生かしたメロン栽培が盛んです。実力派のメロン農家がしのぎを削る地域の中でも、一際異彩を放つのが、愛知県田原市の「渥美半島石井農園」代表の石井芳典(いしい・よしのり)さんです。手がけるのは、種が出回っていない、希少な純系固定種。数々の失敗を経てもなお、接ぎ木なしの純系メロン栽培を諦めない石井さんに、メロンを追い求める生き様を取材しました。

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石井さんプロフィール

大河ドラマのスタントマンを経験したのち、愛知県田原市の実家に戻り親元就農。
鮨職人のような究極の作品作りに憧れ、純系の高松メロンの栽培を開始。
こだわりのメロンは、地元スーパーや豊洲市場の直販サイトなどで高値で取引され、名だたる料理人からも高い評価を得ている。

母親の病気を機に、実家の農家へ親元就農

筆者:まずは、渥美半島石井農園さんの全体の栽培と労働力を教えてください。

石井さん:約60aのビニールハウスで、夏は古田メロンとミニトマト、冬はストックという花を栽培しています。
労働力は父親と私たち夫婦、パートさんが1名です。

筆者:石井さんは25歳の時に親元就農されたとのことですが、就農する前は何をされていたのですか?

石井さん:16歳の時に剣舞の全国大会で優勝したり、極真空手をしていた経験を生かし、上京して殺陣を学んでいました。
23歳の時にはスタントマンとして、大河ドラマにも出演しましたね。
農家の長男ではありましたが、当時は大して農業に興味がなく、芸能の世界で飯を食っていくつもりでいました。

筆者:スタントマンとして生きていく予定だったのですね!そこから一転して、実家に戻ることになったきっかけは何だったのですか?

石井さん:母親に病気が見つかって、急に実家の農業が心配になったんです。
今まで好き勝手生きてきたけど、手伝わんといかんなと。
2008年に母親が亡くなったことをきっかけに、実家のある愛知県田原市に戻って親元就農しました。

筆者:そうだったのですね。
そこからは農業一本で打ち込んできたわけですか?

石井さん:正直、就農当初は農業だけに打ち込んでいたわけではないんです。
究極の作品作りを目指すような生き方をしたかった私には、トラクターで何時間耕しても代わり映えのしない風景は、平坦で退屈に感じていました。
そのため一時期は農作業が終わった夜に、漁に出たり鮨職人の道に脱線したこともありましたね(笑)

そこから農業一本でやっていくことを決めたのは、父親からの「純系の高松というメロンは、別格にうまかったな」という声がきっかけ。夏になると、毎年のようにこの言葉を耳にしてきました。

メロンの一大産地で各農家がしのぎを削る渥美半島で、語り草になるほどの究極のメロンがあるのかと、興味をそそられましたね。
「農業にも、究極の作品を追い求める職人のような世界があるかもしれない。」
そう気づいてから、メロン作りに没頭するようになりました。

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収穫間近の純系高松「古田メロン」

数々の失敗を乗り越えてたどり着いた栽培

筆者:高松という品種はF1種ではない、純系固定種のメロンで、種が出回っていないということですよね?

石井さん:おっしゃる通り、純系高松は昔の固定種で、種苗店では売っていません。そのため、まずは純系高松の種取りをしている方を探して回ることから始めました。
偶然、高松を種取りしている方が、隣の古田町で見つかったので、訪ねて種を譲ってもらうことに。「高松はメロンがバタバタ倒れるから栽培が難しいし、苦労して作っても高く売れないよ」

こう警告してもらいましたが、純系のメロンへの興味が勝っていたので、全く気になりませんでした。
一年目はビギナーズラックもあってか、1200本植えて300本が枯れたものの、予定量よりも多く収穫できましたね。

筆者:なるほど、古田地域の種だから「古田メロン」なんですね!
でも接ぎ木も使わないとなると、年々病気になりやすくなっていくのでは?

石井さん:おっしゃる通りで、2年目からは試練の連続でした。
耐病性は全くなくて接ぎ木もしないので、毎日ハウスに行くたびに、バタバタとメロンの枝が倒れているんです。

それこそ7種類の接ぎ木も試しましたけど、メロンの味が接ぎ木ごとに変わってしまい、納得いく味にならなかったんです。

結果的に2年目は4000本の古田メロンを植えて1000本枯れて、3年目は約半分の2000本の古田メロンが枯れてしまいました。究極の作品作りが目的で、売上には興味がないとはいっても、さすがに堪えましたよ。

子どもも生まれたばかりでしたし、ヒーリング音楽をかけないと寝られないほど、精神的に参っていました。

筆者:約半分のメロンが枯れたハウス…、地獄絵図ですね…。
そんなどん底の状況をどのように乗り越えたのですか?

石井さん:固定種のメロンには、F1種のような栽培マニュアルが全くないので、とにかく思いつく限りの資料を取り寄せましたね。
地域の郷土資料館で農業の歴史から何かヒントがないかも探りましたし、メロンと名のつく本は全て買いました。
それこそ、100年前に出版されたメロン栽培の本も買いましたよ。
あとは、試行錯誤の連続です!メロンの病気対策としては、種子の乾熱消毒から始まり、土壌消毒や好気性細菌の活用、炭酸マグネシウムの施用をしています。
株間を広く取ったり、3列植えられる棟を2列にしたりして、通気性を上げて病気のまん延を抑えるなどの工夫も採用しました。

筆者:えっ、3列栽培できるところを、2列だけにしたんですか?
病気対策とはいえ、だいぶ売上を犠牲にしちゃいますよね……。

石井さん:いや、それが逆ですね(笑)。
量を減らしてでもうまく栽培出来れば、その分売上は増えると考えました。
他にも古田メロンに合わせた自家配合した液肥を使ったり、葉面散布などで樹勢をコントロールするなど、色々こだわりはあります。

今のところの一番の対策は、毎日メロンのハウスに行って、1本1本のメロンの状態を見ることですね。形質が安定するF1種と違って、固定種の古田メロン一つ一つの形質のばらつきがありますから、1本1本のメロンの状態を見て全体を把握することが原始的だけど効果的なんです。
地道な試行錯誤の結果、2023年は4000本中1500本枯れましたが、なんとか採算ラインに乗せるだけの量が収穫できました。
2025年は1000本の枯れに留めて、ようやく安定した生産と、自身が納得できるメロンの味が表現できるようになりましたね。

筆者:F1種のメロンであれば、ある程度のデータを活用した管理も可能だと思いますが……。マニュアルがない固定種のメロンは、本当に手間がかかるのですね。

石井さん:当然、私もハウス内の環境のモニタリングはしているのですが、データだけでは結果は出せません。だから私のメロン栽培は、現代農業とは程遠い「中世農業」だと周りに言っています(笑)

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3列植えられる棟を2列に減らして、通気性を上げる

高価格でも売り切れる販路

筆者:渥美半島石井農園さんの現在の販路はどのような形ですか?

石井さん:メロンは地元のスーパーや、ECサイトなどで販売しています。メロン以外はJA出荷がほとんどですね。

ありがたいことに、地元のスーパーでは1年目から美味しさが話題になって、地元の新聞に取り上げてもらいました。その記事を見た豊洲市場の方から連絡をいただきまして、豊洲市場の直販サイト「豊洲市場ドットコム」にも出荷するようになりましたね。

筆者:一年目から純系の古田メロンは、メディアにも取り上げられていたのですね!
東京の市場は高く売れるイメージですけど、価格は石井さんが決めるのですか?

石井さん:古田メロンの取引価格は、こちらが提示して決めています。
東京に輸送するということで、販売価格で最高単価が6000円弱になるような、強気の取引価格を最初から提案しました。
ちょっと高いくらいの価格では、半分枯れる可能性がある純系メロンは、採算が合わないですからね。
お客様とメロンの味以外の思いを共有するつもりで、古田メロンの試行錯誤のストーリーをつづったパンフレットを毎年更新しています。

豊洲市場ドットコムは最初は売れるか懐疑的だったみたいですけど、味にうるさいグルメな方からのリピートを受けて売り切れたので、市場関係者も納得してくれたようです。
 
筆者:1玉約6000円の高級メロン…!
それでもリピートしてもらえるということは、やはり他のメロンとは一味違うのでしょうね!
販売面に関しては、苦労はありましたか?

石井さん:最初の頃は、途中でメロンが枯れるなど出荷量が読めずに、ご迷惑もおかけしました。

それでも近年は予定量なども目処がついて、継続した取引ができているので感謝しています。2025年には輸出業者を通して、台湾にも古田メロンが輸出される予定です。
世界でも評価される「世界一のメロン」を作るのが目標なので、とても楽しみにしています。

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古田メロンをPRするパンフレット

目標は古田メロンを世界一にすること

筆者:世界一のメロン、ロマンがありますね!
でも正直なところ、80点の合格ラインのメロンを作れれば、大半の消費者は納得して買ってくれると思います。合格ラインのさらに上の点数を目指していることを、消費者に分かってもらうのは、相当大変ではないですか?

何より半分も枯れるリスクがある品種よりも、高価でなくても90%出荷できる品種を栽培している農家がほとんどだと思いますが、いかがでしょう。

石井さん:たしかに味は個人の味覚の違いによるところが大きいですし、古田メロンを栽培していなかったら、しなくてよかった苦労はたくさんあります(笑)
蒸散してメロンの味が少しでも抜けないようにと、朝2時から収穫しなくてもいいだろうし。
それでも結局、私はスタントマンや鮨職人のような、「究極の作品作り」に魅力を感じるんですよ。「回転寿司でも十分美味しいけど、目指すのは銀座の高級鮨店の味」みたいな感覚ですかね。

95点以上のメロンの味の違いが分かる方は少数でしょうけど、最高峰の違いが分かる方に評価していただければ、それが世界一のメロンと言えるのではないでしょうか?

筆者:農業を作品作りに例える農家に初めて出会いましたが、険しくもやりがいのある生き方なのかもしれませんね。
取材させていただきありがとうございました!

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毎日1つ1つのメロンを観察することがポイント

取材協力

渥美半島石井農園

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