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【令和7年度】農村プロデューサー養成講座 入門コース 第3回 コミュニティ・地域づくり分野 講師:大正大学 地域創生学部 教授 牧野 篤 氏 |
「ふるさと」をつくるということ
第一章:「ふるさと」をつくる基盤 〜「コンパッション」と「ウェルビーイング」〜
「よき存在」になるということ
人口減少や少子高齢化が進む現代において、地域コミュニティは疲弊し、その持続可能性が問われています。この状況で私たちが考えなければならないのは、次の世代にとっての「ふるさと」とは何か、ということです。それは単なる風景や歴史ではなく、その基盤となる「人の関係性」に他なりません。
このことを象徴する出来事が、北海道のある町で起こりました。地元の高校でカビが発生し、子どもたちがしばらく学校に入れなくなったため、市役所や公民館が高校生の授業や学習のスペースとして開放されました。最初は場所の提供だけだった支援が、やがて市民による「頑張ってね」という励ましの声や、お菓子やお茶の差し入れに発展しました。その温かい応援に背中を押され、生徒たちは勉学に励み、多くの学生が大学合格を果たします。合格後、生徒たちが公民館にお礼に訪れると、受付の職員と歓声を上げて喜びあったそうです。また、そんな市民の姿に影響されてか、無目的に大学へ進学することを考え直し、地元の市役所に入って貢献したいという高校生が出てきました。そんな「夢のような光景」が生まれたのです。かつてその町では、地元を離れ、大学を目指す若者は嫉妬の対象ですらありましたが、今では地域全体で若者の未来を応援する温かい関係性が育まれています。これこそが、真の「ふるさと」がつくられた瞬間ではないでしょうか。
この関係性の根底には「コンパッション(Compassion)」という概念があります。これは単なる「共感」ではなく、「相手の悲しみや苦しみを分かち持ち、自分のこととして引き受ける」という感情です。困っている生徒たちを目の当たりにした大人たちが、見返りを期待せず、純粋に「何とかしてあげたい」という思いで行動する。そうすることで子どもたち自身が、その気持ちを受けてさらに社会のために何かしたくなってくる。こういう連鎖が生まれています。これを、「恩送り」といいます。
こうした行動は、近年注目される「ウェルビーイング」の本質にも繋がります。ウェルビーイングは「一人ひとりが幸せを感じられる状態」と訳されますが、それは単に「良い状態」であること以上に、他者のために行動することで自らが「よき存在」になる、という側面を持ちます。誰かの苦しみや悲しみを我が事として引き受け、誰かのために「よきこと」をし、その人の苦しみを和らげることで自分自身もまた満たされ「よき存在」になる。そうすることで社会全体が幸せな状態へと向かっていく。この個人と社会の幸福が連動する関係性こそが、真のウェルビーイングであり、温かいコミュニティの土台となるのです。

第二章:「本当はあきらめていない」地域の再生(愛知県豊田市の事例)
⽅法としてのPassive Action Research
こうした「関係性」を基盤とした地域の再生を実践するときに、私たちが用いる手法が「パッシブ・アクション・リサーチ」です。
これは、専門家が能動的に働きかけるのではなく、まず「受け身」の姿勢で地域に入り、住民に寄り添い、同じ目線に立って話を聞き続けることで、住民自身が自分の本当の気持ちに気づく動きを誘う方法です。コンサルタントのように解決策を提示するのではなく、地域の方々に私たちが「巻き込まれていく」中で、自らが鏡となり対話を重ねる。このプロセスを通じて、住民自身が自らの言葉で本当の思いや課題に気づき、当事者意識が芽生え、活性化に向かっていくアプローチです。

当事者になるということ
この実践例として挙げられるのが、愛知県豊田市の中山間地域での取り組みです。

平成の大合併後、人口減少が加速する限界集落で、そこに住む人々は疲弊し「この地域は俺たちで終わりだ」と、「誇りの空洞化」つまり「あきらめ」に陥っていました。私たちのチームは、すぐに解決策を提示するのではなく、まず1年間、地域に滞在し、ひたすら話を聞き続けることから始めました。話を聞き続けることで、それが彼らの映し鏡となり、彼らが心の奥底に秘めていた「このままでは終われない」という悔しさやプライドに火がつきます。当事者意識が引き出されることで、プロジェクトが本格始動したのです。
跡継ぎがいないこの地に、私たちは「農山村で自分の人生の新しいライフスタイルを創って、都市に発信しよう」というテーマで都市部の若者を公募しました。その際、応募してきた移住者を選ぶのは地元住民自身、という形を取りました。これは、受け入れる側に「自分たちが選んだのだから面倒を見る」という当事者意識を持ってもらうための仕掛けでした。
移住した若者たちは、都市での経験と知恵を活かし、また地元の高齢者から学んだ知識や手業を組み合わせて、地元の方たちと様々な取り組みを実施しました。地域の農作物を都市民に届ける交流会「ご縁市」の開催、放置された間伐材を価値に変える「薪事業」、廃校となった小学校を活用した、新たな経済と文化の拠点「つくラッセル」の設立。更に事業を進める中で、高齢化した地元の方たちが「この若者たちと最期まで暮らしたい」と言い出したことをきっかけに、集落全体を一つのグループホームと見立てたデイサービス「あんじゃない」が始動します。そして、移住した若者たちが家族をつくり、子どもを産み、地元の学校の廃校当時12名だった学齢期の子どもは、すでに120名になろうとしています。いまではこうして、高齢者、若者、子どもたちが日常的に食卓を囲み、互いに支え合う「共居(きょうきょ)村」という新しいコミュニティが誕生しました。地域住民と移住者との対話から生まれた様々な取り組みを経て、この地区はは多世代が共生する地域へと再生を遂げました。

この事例から、過疎化は「経済構造」や「文化的な要因」だけによるものでなく、むしろ人々のプライドや当事者意識が傷つけられることによって起こっていること、つまり人々のプライドが重要であることを実感しています。その解決の鍵となるのは「補助金のような一時的な支援」ではなく、住民の誇りを回復し、主体性を引き出す「関係性」の再構築が重要なのです。これは、都市に住むごく普通の私たちにとってもいえることなのではないでしょうか。誰かが寄り添ってくれ、互いに尊重しあいながら、励まし合う関係、言い換えれば「社会に見捨てられてはいないという自尊感情」こそが大切なのです。
第三章:地域での活動で重要なこと
この社会はこれまで工業化され、大量生産・大量消費の経済システムをつくる過程で、人間を「衣食住が満たされれば自己実現に向かうという標準的な存在」として、つまり標準的な個人を一つのモデルとして、人々をマスとして扱う技術を発達させてきました。しかし私たちは本来、それぞれの個性を持つ固有で絶対の存在であり、マスとして扱われる標準的な存在に解消されるものではありません。それは、プライドにかかわってきます。本当は、人は良い関係性の中に置かれて初めて「本来の力」が引き出され、自ら動き出すのです。私たちは、まず受け身の存在(Be-ing)として「関係の中に投げ込まれ」、そこでの関わりを通じて、他者とのかかわりにおいてさまざまな力を引き出され、自らの力を確信し、有用感や肯定感を高めつつ、能動的な実践者(Do-er)へと変わっていきます。それがプライドと結びついているのです。
このような一人ひとりの力を引き出す方法が、「パッシブ・アクション・リサーチ」です。地域に入る時は答えを持って入るのではなく、まず「ちょこんとお邪魔する」という姿勢で、住民に寄り添い、話を聞くことから始めてみてはいかがでしょうか。能動的に働きかけるのではなく、地域に巻き込まれていく中で、住民自身が自分の思いや解決策に気づくプロセスを支える。そこでは、皆さん自身が地元の人々によって、思いもよらない形で、当事者にさせられてしまっており、そうすることで、自分が当事者であることを引き受け、動こうとしてしまうはずです。この「受け身」の姿勢こそが、地域に入って信頼関係を築く第一歩となります。

「ふるさと」とは、風景や歴史といった外的なもの以前に、自分を受け止め、認めてくれる「関係性」そのものです。その安心感の中でこそ文化は意味を持ち、人は地域を「自分ごと」として捉えることができます。皆さんの役割は、受け身の存在(Be-ing)としてこの温かい関係性を育み、人々が持つ無限の可能性を引き出すうちに、共にやらざるを得ない存在(Do-er)となり、当事者として「ふるさと」を創り上げていく存在になることではないでしょうか。
本レポートは令和7年7月18日に行われた「農村プロデューサー養成講座」入門コース 第3回 コミュニティ・地域づくり分野(講師:牧野 篤 氏)の講義を元に、一部内容を抜粋して編集しました。
農村プロデューサー養成講座 実践コースの参加者募集中!
入門コースを経て、さらなる現場力を身に付けるための実践的な研修コースです。地域の中での対話が求められる昨今、経験豊富な地域づくりのスペシャリストから、それらのノウハウも学ぶことができます。
| セミナー名 | 農村プロデューサー養成講座 実践コース |
|---|---|
| オンライン講義 開催日 | 1日目:令和7年9月10日(水)9:00~12:00 2日目:令和7年9月17日(水)9:00~12:00 ※両日の参加必須 |
| 対面講義 開催日 | 岡山会場:令和7年10月01日(水)~ 03日(金) 金沢会場:令和7年10月15日(水)~ 17日(金) 仙台会場:令和7年10月27日(月)~ 29日(水) 東京会場:令和7年11月10日(月)~ 12日(水) ※いずれか一つの会場に参加必須 |
| お申し込み方法 | \お申込みは、8月17日(日)まで!/ ★詳細は特設ページをご覧ください★ |
















