農林水産省からガイドラインが発表されました
2025年5月、農林水産省から「バイオスティミュラントの表示等に係るガイドライン」が発表されました。これは、BSという新しい農業資材の定義・使い方・表示ルールなどを、初めて国として明文化したものです。
これまでは、「BS」の定義がなく資材の効果がわかりづらい商品や、作用機序や成分などが曖昧な商品も市場に流通していました。
また、微生物由来、海藻由来、腐植質・有機酸由来など原材料で注目される傾向が見られましたが、原料・成分からは、BSの効果は判断できません。なぜなら、原料が同じであっても、製造方法が異なれば、生成される化合物の形や種類が変化し、その結果、作用が大きく異なるためです。複数の原材料を組み合わせた製品の場合は、それぞれではなく、混合された状態で効果を検証することが本来は必要です。
しかし実際には、原材料名やイメージだけで判断され、十分な情報がないまま使われるケースもありました。そのため、「よくわからないまま使って失敗した」「値段に見合わない」と感じる人も少なくありませんでした。
しかし、このガイドラインによって、「科学的な根拠に基づいた資材を、適切に選び、正しく使う」という基本がはっきり示されました。
今後、現場での混乱を防ぎ、効果の高い活用が広がっていくことが期待されています。

バイオスティミュラントには、どのような効果が?
では、BSは何をしてくれる資材なのでしょうか?
一言で言えば、植物の「生理機能」に“刺激”を与えることで、植物自身のストレス耐性を改善します。
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- 夏の猛暑が続く中で、稲の登熟が思わしくない
- 異常気象でトマトの着果が不安定
- 果樹に乾燥ストレスの兆候が出てきた
こうした非生物的ストレス(高温や乾燥、塩害など)に、あらかじめ備える力を引き出すのがBSの役割です。
BSを施用すると、植物の“センサー”(レセプター)が刺激を受けて、植物内で刺激に反応する仕組みが働き始めます。それに伴い、植物内で植物ホルモンの生成や遺伝子の働きが活発になります。
結果として、毛細根を増やして養水分を吸収しやすくしたり、高温に備えたタンパク質の防御機構を発動したりと、植物が自ら「備える」状態に入るのです。
バイオスティミュラントと、肥料や農薬との違い
生産者からは、「肥料や農薬とは何が違うのか?」という疑問がしばしば聞かれます。簡単にまとめると、次のとおりです。

| 資材 | 主な役割 | 働き方 |
| 肥料 | 栄養の補給 | 栄養・元素の成分を直接的に補充する |
| 農薬 | 病害虫の防除など | 病害虫を直接的に防除する
植物の生理機能を増進・抑制させる |
| BS | 環境ストレスへの備え | 植物に刺激を与え、自ら備える力を引き出す |
また、生育障害が出てからでは遅いため、BSはストレスを受ける前に使うことで、効果を発揮します。「夏の高温が心配だから、事前に体力をつけさせておこう」「栄養不足に備えて、吸収力を高めておこう」など、予防的な使い方が基本になるのがBSです。
なぜ、いま、バイオスティミュラントが注目されているのか?
肥料や農薬とは異なる、第3の資材として注目されているバイオスティミュラント。
欧米では、農薬や肥料と同様に、すでに農業現場で広く活用されています。
すでにBSの市場規模が拡大しており、日本でも今後の導入が進んでいくと見られています。なぜ、最近、よく国内メディアや資材メーカーが取り上げているのでしょうか?
背景1 : 農業の脱炭素化(みどりの食料システム戦略)
農林水産省が進める「みどりの食料システム戦略」では、環境負荷を減らしながら持続可能な農業を目指すことが掲げられています。
BSの中でも栄養対策効果のあるものは、農作物による栄養成分の吸収・利用効率を改善します。そのため化学肥料や農薬の使用量を制限しつつ、収量や品質を維持できる手段として注目されています。
背景2 : 激しい気候変動(特に高温障害)への対策
もう一つの理由が、年々厳しさを増す気象リスクへの備えです。
ここ数年の高温続きで、水稲では登熟不良、野菜類では着果不良や日焼け、生育遅延などの問題が各地で発生しています。
品種改良での対応にも限界がある中で、今すぐに現場で使える手段として、BSが期待されています。
バイオスティミュラントについて日本の現場が抱える3つの課題
課題1:これまで日本には明確な定義がなかった
BSの導入について、いま全国の産地からはさまざまな声が上がっています。
「いろんなBS資材が出てきてるけど、正しい使い方が定義されていなかったり、やってみたけど効果が見えにくかったりで、不安を抱えている生産者も多い」。JAとぴあ浜松(静岡県)の現場からは、そんな声が聞こえてきます。
JAきたみらい(北海道)の担当者も「BS資材と農薬・肥料の違いがわからないまま使っているケースもあり、消費者にも認知されていない」と話します。
実際、BSは、肥料・農薬に次ぐ“第3の資材”として、欧米を中心に注目されています。地球温暖化や高温障害、乾燥などのストレス環境への対応策として導入が進み、日本でも、資材価格の高騰や激しい気候変動への対策などを背景に、関心が高まりつつあります。
一方で、日本ではこれまでBSの明確な定義が存在せず、判断基準も曖昧だったため、「本当に効果があるのかわからない」という声が根強く残っていました。
こうした状況に変化をもたらしたのが、2025年5月に農林水産省が発表した「バイオスティミュラントの表示等に係るガイドライン」です。BSの定義や表示内容に関するルールが整い、商品表示の共通言語が初めて明確になりました。
参考:農林水産省「バイオスティミュラントの表示等に係るガイドライン」
今後、このガイドラインが浸透すれば、資材メーカーによるBS資材の調査・分析や、ガイドラインに則した商品表示の取り組みが進むと考えられます。それにより、現場では表示内容から資材の特性や効果を判断しやすくなり、信頼できる資材の見極めが可能になるとともに、BSの本格的な活用が進むことが期待されています。
課題2:正しい使用方法が現場に浸透せず、効果の曖昧さを招いている

BS市場には、これまで明確な基準がなかったため、特定の原料の使用や成分を提示して「収量アップ」「品質改善」など効果を訴求する表現が一部で見られ、過剰と受け取られる可能性のある記載も確認されました。
「資材を持ち込まれても、どれが本当に信頼できるBS資材か判断がつかない」。JA遠州中央(静岡県)では、そんな戸惑いの声が現場から上がっています。
「発根促進ってよく聞くけど、それだけで全部BS資材と言っていいのか?」。JAひまわり(愛知県)の現場でも、混乱や疑問の声が上がっています。
BSは、肥料のように栄養を補うものでも、農薬のように病害虫を直接防除するものでもありません。あくまで「植物が持つ本来の機能を引き出す」資材です。その特性上、効果の見えづらさや、使いどころの難しさが現場の課題となっていました。
JAきたみらいの担当者も「何に効くのかわからないことが多く、これまで活用推進することができなかった」と振り返ります。 そのため、使用者の側からは「効果が判断しづらい」「使いどころが難しい」というような声が上がることもありました。
こうした不信を払拭(ふっしょく)するには、「作用の根拠を明確に示すこと」が不可欠です。農水省のガイドラインでは科学的検証に基づいた表示を求めており、今後は、ガイドラインに沿わない資材は是正が進み、信頼性の高いBS資材が主流になることが期待されています。
課題3:情報共有や成功事例の蓄積が不足している
BSはこれまで欧米を中心に普及が進んでいる一方で、日本では十分に検証された成功事例が限られており、国内での情報共有の場も不足しているのが現状です。
結果として、生産者が個人の判断で試験的に導入し、「結果が良かった/悪かった」で終わってしまい、その知見が蓄積されにくい構造が続いています。さらに、BSの効果が出た場合でも、
どのようなメカニズムで植物に作用したのか
使用時期や濃度は最適だったのか
他資材との併用による相性はどうか
といった技術的検証が不十分で、再現性のある技術体系として整理されていないことも課題です。
こうした課題を解決するためには、JA・生産者・研究機関などが連携し、実証データをもとに知見を整理・共有する仕組みづくりが急務です。
普及に向けての期待と3つの重要ポイント
1. 成分よりも「植物への作用」に着目した基準を

「成分が何かというより、植物にどう作用するかで資材の有効性を判断すべき」。JAはが野(栃木県)の担当者はそう話します。
実際に、植物への作用を把握する目的で植物元素解析を実施したJA全農いわて(岩手県)では、その結果を現場に示せば、「これならBS資材を勧められる」といった反応が期待できるとされており、植物への作用を見える化することが資材評価にもつながっています。
こうした声を受け、農水省ガイドラインでは、以下の情報の明示が推奨されています。
使用されている主原料と含有量
植物に対する作用のメカニズム(植物体内で起こる反応)
対象作物・使用条件・有効な使用時期
安全性に関する情報(重金属・病原体・残留農薬などが含まれていないこと)
これらの情報がきちんと開示されている資材であれば、生産者は事前に内容を確認し、納得して導入できます。
今後は、第三者機関による認証や検証済ラベルなどの制度が導入されることで、資材の信頼性が客観的に示されるようになると期待されます。
2. 効果を「見える化」することで説得力を

「効果があるなら、やっぱり目に見えたほうが説得力がある。着花数が増えたり、花落ちが減るなど、具体的にわかれば使いやすい」。JA大潟村(秋田県)のこうした声は、全国の現場でもよく聞かれます。
BSの効果は、肥料のように「成分量」で効果を語ることができないからこそ、科学的な定量データによる「見える化」が重要になります。
JA全農岐阜(岐阜県)からも「外観で判断できない場合は、植物体内の変化を捉える元素解析などが有効ではないか」との声が寄せられています。
そこでいま注目されているのが、以下のような定量的・科学的な測定指標です。
遺伝子解析(ストレス応答遺伝子の活性)
植物ホルモン分析(オーキシンなどの変動)
元素解析(栄養成分の取り込み具合)
収量・生育データや圃場(ほじょう)写真の記録
こうした根拠データがあれば、「なぜこの資材が効くのか」が論理的に説明でき、現場での再現性のある活用につながります。
3. 利益につながる栽培設計があってこそ普及する
「最終的には、BSを使ってコスト削減や収益向上といった利益につながることが重要」。JA遠州中央のこの声に、JAさらべつ(北海道)からも「高温でも安定した収量が取れるようになることを期待したい」と望む声が寄せられています。
しかし、BS資材は、ただ“まけば効く”というものではありません。
「どの作物に、どの時期に、どれくらいの濃度で使うのが最適か」が明確であってこそ、資材の真価が発揮されます。たとえば、
高温障害対策として、出穂10日前に500倍で1回散布
定植後1週間以内に葉面散布して栄養吸収を促進
このような、具体的な栽培処方設計と活用マニュアルの整備が普及のカギとなります。
また、JAはが野では「BS資材によって食味や糖度の向上も期待している」との声もあり、収量の確保にとどまらず、 食味や品質の向上といった効果にも注目が集まっています。品質が評価されることで取引価格の上昇にもつながる可能性もあり、生産者の利益向上に直結するとして、産地からは大きな期待が寄せられています。
まとめ
✅バイオスティミュラントとは、植物を刺激し作用を促す資材の総称
✅肥料・農薬とは異なり、植物を刺激し、植物が本来備えている機能を引き出す
✅原料が同じでも効果が変わる。重要なのは「効果の証明」
✅効果を引き出すための使用条件(使用する時期や濃度)がある
✅効果が実証されている製品の選択が成功の秘訣
✅気候変動にも対応できる新しい農業資材として、注目が高まっている
このように、これからの農業に欠かせない資材として期待が寄せられていますが、「よくわからないまま試してみる」だけでは、効果が見えずに終わってしまうリスクも伴います。だからこそ、今後の活用には、以下の3つが不可欠です。
✅科学的に裏付けられた正しい資材の選定
✅客観的に効果を説明できる科学的および実証的な根拠データ
✅目的に応じた適切な使い方の提示
この「資材×根拠×使い方」の3つがそろって初めて、BSの本当の価値が現場で発揮されるのです。
今後、農林水産省のガイドラインに基づいた運用が広まり、JAや生産者の皆さんが安心してBS資材を導入できる環境が整うことを、強く期待しています。















