日本向けに小型の施肥機を開発
新しい農業技術の開発に取り組む生産者グループ「日本農業技術経営会議(通称プラチナファーミングの会)」が2025年2月に発足した。代表を務めるのは北海道十勝地方の畑作農家、尾藤光一(びとう・こういち)さんだ。
その研究会が7月30日に開かれた。メンバーの1人で、稲作農家の田仲利彰(たなか・としあき)さんが中心になり東洋農機と共同で開発したブロードキャスターを公開した。場所は茨城県河内町にある田仲農場の水田だ。
ブロードキャスターはトラクターに設置する肥料の散布機。開発のポイントは2つある。1つは稲の葉の茂り具合や色を衛星で観測するシステムとつなぎ、田んぼの各所で必要な量だけ自動でまく可変施肥の機能を持たせたこと。
もう1つは、馬力の小さいトラクターでも使えるように小型化したことだ。田仲農場は田んぼの区画が大きいので海外製の大型のブロードキャスターを使っているが、国内での普及を考えて小型の機種を開発した。

東洋農機と共同開発したブロードキャスター
十勝で見た光景が発想の原点
圃場での実演会が終わった後、場所を町の共同施設に移し、質疑応答を交えて説明会が開かれた。その冒頭で田仲さんは次のように話した。
「何年か前、とかち帯広空港に向かう飛行機から見下ろすと、栽培期間中の小麦畑にトラクターが当たり前のように入って、防除や追肥をしていた。それができるなら、水田にもトラクターを入れていいと思った」
稲を育てている最中の田んぼにトラクターを入れることはまずない。追肥は人が田んぼに入り、動力散布機を背負って行うのが一般的。最近はドローンでまくことも増えている。共通しているのは稲を踏まない点だ。
この日の実演会は一般的な事例とは対照的。ブロードキャスターを設置したトラクターが、青々と育った稲を踏みつけながら肥料をまいた。トラクターが走ったのは、田んぼの4つの辺と真ん中を縦に1回。
新たに開発した機械の説明に先立ち、田仲さんは稲を機械で踏みながら肥料をまいた点に真っ先に触れた。そこに自身の強い関心があったからだ。その意図を理解するため、日を改めて田仲さんに話を聞いた。

追肥について説明する田仲利彰さん。左は尾藤光一さん
ドローンの散布を上回る利点
「30アールの田んぼでトラクターで肥料を散布すると、約4%の面積を踏みつけることが計算上わかっている」。トラクターで田んぼに入る影響について、田仲さんはこう話す。試算には茨城県の農業研究所が協力した。
トラクターで追肥を始めたのは5年ほど前。現在は120ヘクタールある圃場のほぼすべてでトラクターで肥料をまいている。4%の面積を踏みつけて稲を倒しても、プラスの効果の方が大きいとの手応えを得たからだ。
田仲さんは「追肥をするのは収量と利益を増やすのが目的。それが達成できるなら、稲を踏んでも構わない」と話す。実際、元肥だけをまく試験区を設けて比べたところ、追肥をする方が収量が多いことが確かめられた。
元肥に使ったのは、いわゆる「一発肥料」。時間をかけてゆっくり溶けるので、追肥が要らないとされる肥料だ。田仲農場での試験で、たとえ稲の一部を踏んでも、追肥をした方が有利であることがわかった。

トラクターによる追肥の様子
ではなぜわざわざトラクターで稲を踏みつけながら肥料をまくのか。比較対照には、動力散布機とドローンでまくケースの2つがある。
まず動力散布機について言えば、これほど猛暑が激しくなる中で、人が田んぼに入って歩きながら追肥をするのは非現実的。100ヘクタールを超すような広大な農場になると、その困難さは一段と大きくなる。
次にドローン。田仲さんによると、トラクターなら1日に20ヘクタールまけるのに対し、ドローンだと5~6ヘクタールが精いっぱいという。酷暑の中、エアコンのきいた運転席で作業ができる点もトラクターの強みになる。
今後は「トラクターで踏んで倒れた稲のうち、どれだけ復活するのかを調べる」のを課題にしている。農業研究所の協力でその調査にも着手した。データによる裏付けを増やすことで、優位性が一段とはっきりする。

トラクターで稲を踏みつけた跡
精神的な抵抗を超えて
こうして見てくると、トラクターによる追肥が合理的であることがわかってくる。ではなぜほとんどの農家はそれをやらないのか。

















