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宣言だけで終わらない。栃木県小山市に学ぶオーガニックビレッジ宣言の取組み

相馬はじめ

ライター:

宣言だけで終わらない。栃木県小山市に学ぶオーガニックビレッジ宣言の取組み

市町村が地域を挙げて有機農業を推進し、持続可能な食と農を目指すことを内外に示す「オーガニックビレッジ宣言」。全国で150を超える自治体が掲げていますが、その多くが「宣言はしたものの、次の一歩をどう踏み出すか」という共通の課題に直面しています。そんな中、2023年に栃木県で初めてオーガニックビレッジ宣言をした小山市は、アンテナショップ開設や学校給食への導入など、具体的なアクションを打ち出しています。そこで、本取組みの主体を担う小山市役所の農政課の担当者と、学校給食用有機米の生産を行う株式会社蒼水ファームに取材し、オーガニックビレッジ宣言の現状や成果について話を聞きました。

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小山市のオーガニックビレッジ宣言の原動力

小山市役所 外観
2023年3月25日、栃木県内で初となるオーガニックビレッジ宣言を行った小山市。その挑戦は、一人のリーダーの強い想いから始まりました。
2020年7月に就任した浅野正富市長は、かねてより有機農業の推進をはじめ、食料生産を取り巻く諸問題への関心が高く、その推進を重要な政策の一つとして掲げていたのです。
その想いを実現するための追い風となったのが、2021年5月に国が策定した「みどりの食料システム戦略」です。2050年までに有機農業の取組面積を耕地全体の25%まで拡大するという国の大きな方針は、小山市が本格的にかじを切るための後押しとなりました。

しかし、この挑戦は首長のリーダーシップだけではなく、10年以上にわたって地域に根付いてきた活動の上に成り立っています。
2012年、渡良瀬遊水地がラムサール条約に登録されることをきっかけに、小山市では「ふゆみずたんぼ」という取組みが始まっています。これは農薬や化学肥料を使わない米作りを通じて、豊かな生態系を育み、コウノトリを呼び込もうという取組みです。
「浅野市長も、当時は市長ではありませんでしたが、市民団体の立場でこの『ふゆみずたんぼ』の取組みに関わっていました」と、担当者は話します。
市長自身の長年の想いと、地域に育まれた土壌。そして、国が示した未来へのビジョン。この3つが噛み合ったことで、小山市はオーガニックビレッジ宣言に至りました。

有機農業への理解や普及

オーガニックビレッジ宣言を推進する上で重要なのが、担い手である農家をどう増やすかという点です。
長年慣行栽培を続けてきた農家にとって有機農業への転換は、収量減のリスクや作業負担の増加などが否めず、簡単に決断できることではありません。
それを踏まえ、小山市は新規就農者や新しい農業法人を積極的に受け入れ、彼らが安心して有機農業に取り組める環境づくりに力を入れました。

挑戦のハードルを下げる具体的な支援策

小山市では、新たに有機農業を志す人たちが一歩を踏み出しやすいよう、具体的な支援策を整えています。
その一つが、生産された有機米を小山市有機農業推進協議会(以下「市協議会」という。)が全量買い取るという、農家に心強い支援策です。
販路の確保は、有機農業に挑戦する上で最も大きな不安要素の一つ。小山市では、市内の学校給食での利用を目標に、市協議会を通じて生産された有機米を全量買い取ることで、農家が安心して生産に集中できる環境を整えています。

さらに、高価な農業機械のレンタル制度も大きな支えとなっています。例えば、有機稲作で雑草を抑制するのに効果的な「水田除草機」は、導入コストが課題となりますが、市協議会がこれを導入し、農家は必要なときに借りることが可能です。これにより、新しい技術に挑戦する際の負担を軽減する環境が整えられています。

小山市の戦略が生んだ新たな担い手

こうした小山市の戦略が、実際に新たな担い手を生み出しています。そのひとりが、今回取材に協力してくれた株式会社蒼水ファームです。

蒼水ファーム 小林さん1
株式会社蒼水ファーム・代表取締役の小林方人(こばやし・まさと)さん

市のオーガニックビレッジ宣言を機に、本格的に有機稲作に参入した同社。特筆すべきは、従業員のほとんどが農業未経験者であることです。YouTubeを見てトラクターの運転を覚えたという従業員もいる中、彼らは現在9ヘクタールを超える広大な圃場(ほじょう)で有機米作りに挑戦しています。
新しい挑戦者を支えるという小山市の姿勢が、蒼水ファームのような新たな活力を地域に誕生させたのです。

商品の出口はどう作ったか?アンテナショップと学校給食の両輪

有機農業に取り組む農家にとって、最大の関心事の一つが販路の確保です。小山市では、生産者が安心して栽培に集中できるよう、多角的な出口戦略を実行しています。

アンテナショップ「HARETARA」の設立

その象徴的な取組みが、有機農産物の販売に特化したアンテナショップ「HARETARA」です。
「市民団体の方から『有機農産物を手に入れる場所が少ないから、拠点があった方がいい』という提案があったんです」と、担当者が語るように、このショップは市民の声を形にしたもの。宣言直前の2023年2月という早い段階でオープンし、生産者と消費者をつなぐ重要な拠点となっています。

運営は市協議会に参画する市民団体が担い、市内の農産物だけでなく、量が揃わない部分を補うために栃木県内の有機農産物や加工品も幅広く取り扱っています。こうした柔軟な運営が功を奏し、イオンなど地域のスーパーへも月に1〜2回出店し、より多くの市民が有機農産物に触れる機会を創出しています。

学校給食と広がる連携の輪

現在進行形で力を入れているのが、学校給食への有機米の導入です。小山市の重点プロジェクトとして位置づけ、安定供給など課題は多いものの、子どもたちの食育にもつながるこの挑戦は、市の本気度を示しています。
こうした市の積極的な動きは、地域全体の意識にも変化をもたらしています。市の担当者によると「小山市が有機農業に力を入れているから」という理由で、新規就農を希望する相談が増えているとのこと。オーガニックビレッジ宣言が、「有機農業をやりたい」と考える人々にとっての、受け皿として機能し始めていることがうかがえます。

生産者を支える一貫したサポート体制

生産から出荷まで一貫したサポート体制も、現場の農家の安心材料となっています。
生産された有機米は、学校給食用として蒼水ファームが管理する倉庫に集められます。そして市の調整のもと、検査機関の担当者が直接倉庫を訪れ、その場で等級検査が行われます。この一貫したサポート体制により、農家が栽培という本来の仕事に集中できる環境を生み出しているのです。

令和7年に収穫された有機米。蒼水ファームの倉庫に集められ、検査が行われる
令和7年に収穫された有機米。蒼水ファームの倉庫に集められ、検査が行われる

オーガニックビレッジ宣言のリアル。立ちはだかる壁と挑戦

順調に歩みを進めているように見える小山市のオーガニックビレッジ宣言。しかし、その道のりは決して平坦ではなく、行く手を阻む壁が存在します。

想定外だった米価高騰

まず直面したのが、市場価格の急激な変動です。
市協議会では当初、有機米を1俵3万円という、当時の慣行米の倍近い価格で買い取ることで、農家にとって大きな魅力を提示していました。
しかし、近年の世界的な情勢を受け、慣行米の価格が急騰。担当者は「1俵3万円という価格が、まったくインセンティブにならなくなってきてしまった。これは本当に想定外でした」と、その苦しい胸の内を明かしてくれました。
市場という自分たちではコントロールできない波に対し、どうすれば農家の努力に報い、取組みを継続していけるのか。小山市は今、新たな付加価値の創出という難しい課題に直面しています。

防除できないイネカメムシの猛威

有機農業である以上、避けて通れないのが病害虫との戦いです。
特に近年、全国的に問題となっているのがイネカメムシの大量発生。慣行栽培では薬剤散布で対応できますが、有機栽培ではそれができません。
昨年、小山市の有機稲作農家も大きな被害を受け、米の品質等級が下がってしまうケースが相次ぎました。栽培時期をずらすなどの工夫で被害を軽減しようと試みてはいるものの、決定的な対策がないのが現状です。自然の猛威とどう共存していくか、現場の試行錯誤は続きます。

新規参入者が直面する、より根深い課題

そして、市の努力だけでは乗り越えがたい壁も存在します。今回取材した蒼水ファームの小林社長は、「銀行は農業には全然融資してくれないですよ」と、新規参入時の資金調達の苦労を語ります。国の支援制度はあるものの、実績のない新規参入者にとって、行政や金融機関の支援を得るハードルが高いのが現実です。
それでも蒼水ファームは、独自の資金調達でこの壁を乗り越え、今では市のオーガニック推進に欠かせないプレーヤーとなっています。
蒼水ファームの有機米のほ場
彼らのような挑戦者の存在は、制度そのものが変わっていく必要性を示唆すると同時に、困難な状況下でも道を切り拓く担い手は確かに生まれている、という希望を感じさせます。

小山市が目指す未来とメッセージ

数々の挑戦と、乗り越えるべき壁。その道の先に小山市は、どのような未来を描いているのでしょうか。担当者は、そのビジョンを次のように語ってくれました。
「私たちが目指すのは、当たり前の選択肢として有機農業が存在する社会です。農業をやる方も、消費する側も、それぞれが自分の考えに基づいて、当たり前に有機を選べる。今はまだ有機を求める方が手にしづらい環境ですが、需要に応じて供給できる体制を整えるのが理想です。
そして、それらを実現するためにも、小山市では生産者の安定した販路の確保を目的に、公共調達として学校給食への有機農産物等の導入を進めており、来年7月には『第3回全国オーガニック給食フォーラム』を小山で開催。市の取組みをより一層推進するとともに、全国にもこの流れを波及できればと考えています」

特定の価値観を押し付けるのではなく、誰もが自由に選べる豊かな食の未来。それが、小山市が目指すゴールです。
「宣言しただけ」で終わらない。小山市の挑戦はこれからも続きます。そしてその歩みは、全国で同じ志を持つ仲間たちにとって、一つの道しるべとなるでしょう。

読者の声

  1. 杉山羊一 より:

    先々週に埼玉県小川町に視察に行きました。やはり50年苦労して、ようやく有機農業の団地を細々維持している、決してもうけを第一に考えるという理念ではなく、自然の循環の中で、農業や再生可能エネルギーを活用した生活がある、というゆるぎない信念(意志)を強く感じました。大区画の方向性とは逆と思われる経営面積で営む別の農業の存在を知ることができ、いい経験になりました。

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