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七草粥は日本の伝統的な食習慣! 七草生産地を守るJAふじ伊豆の生産者と、繁忙期を支える500人ものアルバイト

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七草粥は日本の伝統的な食習慣! 七草生産地を守るJAふじ伊豆の生産者と、繁忙期を支える500人ものアルバイト

1月7日に七草粥を食べて、一年の無病息災を願う。多くの家庭で当たり前のように行われているこの風習を支えているのは、年末年始も働き続ける七草生産者だ。今や七草は野山で摘むものではなく、スーパーに並ぶ「七草パック」として手に取られる時代。その裏側には、7種の野草を確実に生育させて、決められた時期に決められた数量を必ず出荷するという、極めて特殊で緊張感の高い農業生産が行われていた。

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七草粥の七草は「パックで買う」時代へ

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七草粥の起源は、平安時代に中国から伝わった「七種菜羹」と、日本古来の若菜摘みの風習が融合したものとされる。七種菜羹とは、中国の唐の時代に旧暦1月7日(人日の節句)に7種類の若菜を入れた汁物を食べて無病息災や立身出世を願った風習。日本古来の若菜摘みとは、平安時代に宮中で行われていた行事で、新春に雪の中から芽吹いた生命力あふれる若草(春の七草など)を摘み取り、汁物にして食べることで邪気を払い、無病息災や長寿を願う日本の伝統的な行事である。

かつては、特に地方では正月に野山から若菜を摘み、家族で七草を揃える光景が珍しくなかった。しかし、生活様式の変化とともに、その役割は産地へと移った。現在では、日本各地に七草の産地が形成されている。西日本では愛媛県西条市が年によっては約100万パックを出荷する日本有数の産地として知られ、東日本では神奈川県三浦市が大産地として名を連ねる。

一方、今回取材した静岡県三島市の七草産地は、出荷量こそ限られるものの、40年以上にわたって県内外に七草パックを出荷しており、確かな存在感を示している。当初は3戸で始めた七草生産だが、1戸は後継者不足から廃業したため現在は2戸に減少した。それでも静岡県内外のスーパーなどの店頭には、JAふじ伊豆の七草パックが並び続けている。

箱根西麓三島野菜はJAふじ伊豆のブランド!

最初に産地の概要を説明してくれたのは、富士伊豆農業協同組合(JAふじ伊豆) 三島農産物集出荷場で営農指導員を務める望月俊汰(もちづき・しゅんた)さんだ。

「JAふじ伊豆では、この箱根連山西麓に広がる地域で生産される野菜のなかで条件を満たしたものを 『箱根西麓三島野菜』としてブランド化しており、『七草パック』もその1つです。当地は、富士山の雪解け水、水はけの良い火山灰土壌、温暖な気候と寒暖差のある環境に恵まれており、それを生かすべく、行政と連携しながら産地づくりが進められてきました」

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地域の圃場は緩やかな斜面地が多く、圃場一枚一枚の面積は大きくない。それでも、水はけが良く南向き圃場が多いため、冬季でも日照を確保しやすい。また、地域内でも標高差が大きく、特に高地では昼夜の寒暖差が大きい。こうした特徴から、この地域は古くから「坂もの」と呼ばれてきた、根菜類の名産地だったという。

「七草について言えば、こうした適度なストレスが葉色や香りの良い七草を育てる条件となっています」

同地において七草は「箱根西麓三島野菜」の一品目に位置づけられ、産地の伝統作物として守られてきた。

JA職員を経て七草生産者へ。内藤さんの歩み

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内藤さん(左)と高木さん

話をうかがったのは、JAふじ伊豆で七草生産を担う内藤和也(ないとう・かずや)さん。三代続く農家に生まれ、大学卒業後は一度JAに勤務。24歳で就農して以来、農業に携わってきた。現在の経営規模は約3haで、今の時期は、そのほとんどを七草が占める。

「七草の生産は父の代から始めたもので、40年ほど前のことです。当初は田んぼの畔に取りに行き、細々と始めたと聞いています。周囲に一緒にやらないかと声を掛けたものの、正月くらいは休みたい、という方が多く、3戸で生産を始めました。その後、後継者不足のため1戸が離脱して、現在は当家ともう1戸のみが生産を続けています」

七種類を揃える難しさと「契約栽培」という責任

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「7種の野草を同時進行で育て、出荷を年末年始に揃える。それが七草栽培の難しさであり、面白さでもある」と内藤さん

「七草生産の最大の難しさは、7種類の作物を同時進行で育てて、必ず決まった時期に決められた量を出荷しなければならない、という点にあります。播種は9月下旬から始まり、11月上旬まで段階的に行っています。収穫は12月25日頃から始まり、出荷は年末から1月4日まで続きます」(内藤さん)

出荷の最終日は決まっているから、内藤さんはそのタイミングで収穫できるように、天候を予測して播種時期を決めている、と話す。

「今年の気温は暖冬なのか平年並みなのか、雨量はどうか。数日の判断ミスが欠品につながりかねません。毎年、父と相談しながら数日単位で播種時期をずらしていますが、父は『40年やってきて完璧だった年は一度もない』と話しています」と、内藤さんは教えてくれた。

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七草は「契約栽培」である点も特殊だ。市場や取引先と事前に数量を契約により決めているから、「できませんでした」は許されない。場合によっては賠償問題にもなりかねない。数量を守ることは、品質と同じくらい重要な責任なのだ。

「数量を守るため、一部の野菜では、必要量の数倍を作付しています。一枚の畑が不作でも契約を守れるように、リスクを織り込んで生産しているんですよ」と、2026年春の出荷を見据えて、引き締まった表情で説明してくれた。

年末年始を支えるのは約500人の短期アルバイト

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2戸で雇用する短期アルバイトは500人!アルバイト説明会を開催して、地域住民と学生を集めている

七草生産を語るうえで欠かせないのが、短期アルバイトの存在だ。年末年始限定の短期間で、内藤さんと高木さんで合わせて約500人規模の人員を確保している。毎年恒例の行事という感じで地域に定着しており、約半数はリピーター。残りの半分程度が高校生や大学生であるという。

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「地元の高校7校ほどと連携しており、学校公認のアルバイトとして受け入れているんですよ。毎年、アルバイト説明会を開催して集まっていただくのですが、学校で学生さんに案内を出してくれています。部活単位で応募してくれる高校生もいて、活動費に充てているようです。作業そのものは単純ですが、寒さに耐えねばならず、体力勝負の面があります。初めてアルバイトを経験する高校生も多くいますが、説明会で作業内容を動画で事前に見てもらったり、各現場に責任者を配置するなどして、受け入れ体制の整備にも力を入れています」(内藤さん)

七草粥という食文化を未来に繋いで行くために

内藤さんは、こうして毎年、約20万個の七草パックを出荷している。JAに全量出荷しており、売先は県内が約4割、県外が6割。県外では、中京地区と京浜地区を中心に流通しており、スーパーや青果店の売り場を支えている。

それでも内藤さんは「人口減少や生活様式の変化により、七草粥を食べない家庭が増えている可能性があります。そのため将来的な拡大は見込みにくい。それでも、産地として生産を減らさないことが重要です」と語る。また、日本全国で必要とされる七草パックの数量はほぼ把握されており、それを産地間で分担している、と教えてくれた。

「産地間でコミュニケーションをとっていて、どこかが撤退すれば、その穴を誰かが埋めようとしています。当家もコロナ前は20万パック以上を出荷していましたが、人員を確保できる確信が持てず、若干減らしていました。今は再び、その水準まで対応できます」と話した。

「JAふじ伊豆では、市内の小中学校に七草を無償提供するなど、食育活動にも取り組んでいるんですよ。また、私は学校での七草鉢植え体験の講師を務めているのですが、この活動だけは、どんなに忙しくても断らないと決めています。春の七草を通じて、日本の伝統文化であり、地域の農業文化を伝えて行きたいのです。こうした活動の成果もあってか、三島市内の子どもたちは七草の名前をすべて言えるんですよ」と教えてくれた内藤さんは、少し誇らし気だった。

春の七草は、単なる季節商材ではない。地域の農業、雇用、食育、そして日本の食文化を支える存在であるのだ。三島の地で続く七草生産は、効率や規模では測れない「農業の価値」を、今も確かに示し続けている。

取材協力:JAふじ伊豆

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